173話:入学式3
アクラー校はラクス城校と同じ敷地にある。
けどお城そのもののラクス城校と違って、アクラー校の学舎は城を守る城壁塔と城門塔を校舎にしていた。
その中で、本来ラクス城校である錬金術科が教室を据えられたのは、端にある側塔だ。
「なんで二人ともそんなに堂々としてんだよ…………」
すっかり丸い耳が垂れてしまった、イタチ系獣人のネヴロフがぼやく。
ここに来るまでにラクス城校はもちろん、アクラー校の生徒にまで好奇の目を向けられたからだ。
「自分は国許を離れてからほぼあんなものだ」
「僕も注目されることには慣れてるから」
そんな話をしつつ教室として指定された一室へ向かう。
金属で補強された木の扉は、防衛施設を流用している雰囲気が残り、室内には厚い石壁と切り込んだような窓が印象的だ。
そんな部屋の中で、五つ並んだ机の内二つが埋まっていた。
「え、なんだよ。人間アズ一人?」
「まぁ、廃れ具合を思えばアズが変わっているんじゃないか?」
「あ、はは…………否定はしないよ」
ネヴロフとウー・ヤーと会話していると、先にいた猫の獣人が反応する。
「いやぁ、珍しさで言うとそっちの獣人、帝都でも見たことのない種族なんだけど? あ、俺はラトラスっていうんだ、よろしく」
錆柄で家猫らしい小柄な獣人の挨拶から互いに名乗り合うと、自然に視線は室内にいる紅一点へ。
話題にも上ったエルフの少女は、熱心に書籍を読み込んでいて顔も上げない。
そんなエルフに声をかける前に、僕たちの後ろに気配が現われた。
「全員揃っているな。席に着け。まずは入学おめでとう」
そう言いながら僕たちを急かして入室するのは、赤い被毛の獣人。
ただ人に近い姿に獣耳と尻尾が生えたハーフだった。
「錬金術科のヴラディル・カウリオだ。教鞭を取る者が私一人しかいないため、上級生との授業の兼ね合いで週での動きが変わってくる。良く連絡事項を聞き、掲示板を確認するように」
「はい、カウリオ先生」
猫の獣人であるラトラスが手を挙げる。
「入学式で緑色じゃなかったですか?」
「それはウェアレル・カウリオ。俺の双子の兄弟だ。だから呼び方も名前で構わん」
うん、ヴラディル先生、顔がウェアレルと同じなんだよ。
違うのは色と、後は口調くらいかな。
僕も最近になって聞きました。
しかも言い忘れてたってウェアレルが言ってた。
さらにはヘルコフもイクトもずいぶん前に言われて知ってたって言うし。
双子が錬金術科の教師だってこと、本当に僕だけに言い忘れてたとかひどいなぁ。
「まずは自己紹介だ。種族も違えば、国も違う。今後の学業における目標でも言ってみろ。誰が最初にする?」
「じゃ、俺」
見ず知らずの者に注目されることには気後れしていたのに、ネヴロフが声を上げた。
「俺はネヴロフ・ビエロスコフ。ロムルーシ、じゃなかった。えっと、二? いや、三年前に帝国のカルウ村になった所から来た。種族はクズリっていうんだ」
種族を気にしてたラトラスに向かって付け加える。
けどちょっと待ってほしい、聞き覚えのある地名なんだけど?
「ネヴロフってワービリの出身なの?」
「おう、そうそう。それと、目標? えっと、すごいもん作ってすごいことした皇子さまと同じくらいすごい錬金術師になることだぜ」
思わず聞いた僕に、ネヴロフは満面の笑みで親指を立てて目標をぶち上げる。
言われてみれば、高山に住むイタチっぽい獣人がいたよ、あの村。
けど僕が対応していたのは大人ばかりで、正直ネヴロフのような子がいたかどうかも思い出せない。
「帝国第一皇子殿下か…………。そういう縁もあるのか。ふぅ、次に行こう」
そしてヴラディル先生は遠い目をするのを、他のクラスメイトはわからない顔で見る。
まぁ、うん…………僕も気づかないふりしよう。
次は顔見知りになったウー・ヤーが自己紹介に立つ。
「自分はウー・ヤー。チトス連邦から来た海人。目標は、ヒヒイロカネを作り出すこと」
何故か目を向けられたヴラディル先生は、理解した様子で説明した。
「そうか俺が所持していることを聞いて入学したわけか。こちらではアダマンタイトと呼ばれる赤い錬金術でのみ作れるという金属だ。俺も偶然子供の頃に手に入れてな。そこが錬金術に興味を持つ入り口だった」
僕も本で見ただけの物なんだけど、まさか実物があるなんて驚きだ。
これは嬉しい発見じゃないかな。
科学知識のある僕を、周囲は持ち上げるけど、実際はやれることも知れることも子供の動ける範囲のこと。
やっぱり別の知見はあるほうがいいよね。
「それじゃ、次は俺がもらおうか。ラトラス・デオン・クーロン。帝都の商家生まれ。今帝都で話題沸騰、宮殿御用達、皇帝陛下愛飲のディンク酒をルキウサリアに卸す店舗を親が任されることになったから、外せない贈答品をお求めなら是非!」
こっちも親指を立ててるんだけど…………僕は声を上げそうになるのを堪えるのに必死だ。
聞いてないよ、モリー!?
あのルキウサリアで働くっていう猫獣人の息子?
そう言えば工場周辺で見たことあるね!
錬金術科に入学するなら教えてよ!
「で、そろそろイルメルガルトもこっちの話聞いたほうがいいと思うんだけど?」
元気いっぱい宣伝したラトラスに名前を呼ばれて、エルフはようやく顔を上げる。
一応状況は理解しているらしくさっさと立って自己紹介を始めた。
「イルメルガルト・コーバル・クリツィーニー。エルフ。長いから、イルメでいいわ。錬金術と精霊の関係を知りたい」
素っ気なく言うと、本に戻ってしまう。
(個性豊かっていうか、半分が顔知ってる相手だったー)
(主人は何を目標にするのでしょう?)
知り合いがいたとかには興味のないセフィラがそんなことを聞いてくる。
応えようとした次の瞬間、一度座ったイルメが椅子を蹴立てる勢いで立ち上がった。
「どうした?」
ヴラディル先生も驚き声をかける。
けど、イルメは黙れと言わんばかりに手を突き出した。
ただならぬ雰囲気に、僕たちは息をひそめる。
けれど待っても何も変化はない。
「今、精霊の声が…………」
「精霊?」
「なんだそれ?」
「帝国はそう言えば、精霊信仰はないのか」
ラトラスとネヴロフが疑問を口にすると、大陸東のチトス連邦出身のウー・ヤーが反応する。
(エルフには精霊の声が聞こえる人いるって聞いたことあったけど、イルメがそうなんだ。セフィラ、何かいる?)
(検知不能。音声情報を収集します)
セフィラも調べようとするようだけれど、そこでまたイルメが叫んだ。
「また! また聞こえた。何かをしようとしている?」
イルメは長くとがった耳をさらにそばだてて真剣な表情だ。
ヴラディル先生も興味を引かれたらしく、錬金術から見た精霊について語る。
「錬金術における精霊は、地水火風の四属性に応じたものと言われる。噂程度だが、精霊の存在を感じる時に実験を行うと上手くいくそうだ。まぁ、私が赴任してからそんな話は聞かないが」
ジンクス的なことかな。
帝室図書館の本にも精霊について語るものはあったけど、属性や様態の比喩だと思ってた。
もし本当にいるなら、僕も手を出していない錬金術だし、前世でも説明のつかない部分だ。
ただ僕はさっきのイルメの反応から、ちょっと気になることがある。
(…………セフィラごく短く返事してみて?)
(はい)
途端にまたイルメが頬を上気させて反応した。
「やっぱり聞こえる!」
イルメと僕以外は何が起きてるかわからず、困惑と興味半々と言ったところ。
けど僕は思わぬ事態に直面して顔が引きつりそうだ。
まさかセフィラの声が意図せず聞こえる能力があるなんて、思ってもみなかった。
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