172話:入学式2
しょっぱなから、僕が知る留学や入学とは違う大人の話をされてしまった。
突然禁術を受けることになった帝国側の学者には申し訳ない。
ただその後、封印図書館連れて行ったら納得してたから、そこはもう気にしないでおこう。
ちなみにテスタは今も封印図書館出禁継続。
大人しく転輪馬の改良してたので、あっちは一回置いておく。
セフィラに探らせても、テスタから漏れる考えはどうやったら僕が錬金術教えてくれるかということだったらしいし。
どうも転輪馬でどれだけ薬の流通と需要が伸びるかを今は模索してるらしい。
その辺りは長年関わって来た功労者の思考なんだろう。
「うん、面白いくらい会わないな」
僕は今日入学式で、屋敷裏の学生寮から出て登校している。
部屋は意図的に他の学生を避けられる場所であること、それと同時に第一皇子を知る者とはすれ違いもしない経路が図られていた。
(警備と思われる人員二人目を捕捉)
(向こうもお仕事なんだから、知らないふりしてあげて)
セフィラが、ルキウサリア側に頼んだ覚えのない警備を見つけて報告してくる。
善意か警戒かはわからないけど、知らないふりで僕は歩いた。
ちなみにイクトは、僕が皇子として出てない限りは屋敷で待機。
ヘルコフも目立つから待機で、各所の連絡役をする。
ウェアレルは学園で待機って言うべきなのかな?
まぁ、だから確かに登校中の守りは表面上いない。
ただセフィラが他と動きが違うとか武装してるとかで見破ってしまっているので、警備なんていらない状況だった。
「新入生の方は真っ直ぐ進んで講堂へ向かってください」
学園の正門には案内が立ち、声を大にして新入生を誘導している。
馬車での入場は認められないので結構混んでるんだ。
それでも一人一人に入学パンフレットのようなものを配布する手際には慣れを感じた。
こういうパンフレットって、この世界ではなんだか懐かしい。
識字率低いから作るだけ無駄だからね。
けどルキウサリアの学園は最低限読み書きができる人の集まりだ。
だからこういう紙類も活用するんだろう。
「あ、またユキヒョウ…………今度は黒い?」
ラクス城校を目指すと入試の時と同じところにウェアレルがいる。
そして一緒にユキヒョウの獣人も同じかと思ったんだけど、色が違う。
以前は白に黒いまだらだったけど、今日は黒地に白いまだらという別の獣人っぽい。
ユキヒョウとして間違ってる気がするけど、隣にいる見慣れた獣耳は緑色なんだよね。
「色々いるんだなぁ」
なんだかんだ前世の価値観が抜けない。
だから謝罪で全財産差し上げますなんて言うテスタをはねつけて、ルキウサリア国王にまだ怒り心頭だと誤解されてしまったのはどうしたものか。
口束の魔法で表向きは封印図書館を禁句に指定した。
けど禁術を準備した裏で、セフィラ関係のことも禁句にしてる。
そこはルキウサリア国王も同席せずに完全にあの時知ってしまった人員だけでやった。
怒ってないどころか、セフィラなんてどれだけ魔法の効果があるか試行したいなんて言ってて内心冷や汗だった。
ばらしたら死ぬって魔法の術式読み解いてわかってるはずなのに。
「えー、世間には大切な袋が三つあると言われておりぃ…………」
入学式が退屈なのは前世と同じだし、話が長いのも同じようだ。
ただ所属ごとに生徒が並ぶなんてことはなく、講堂の座席の空いているところに座っている状態で入学式は進んでいく。
っていうか、そこで堪忍袋って言う辺り、この新学園長は貴族子弟たちに自制を求めてる?
以前押しかけて来た学園長とは違う、新学園長はしつこいくらいに汗をふきふき生徒に自制を求める言葉を婉曲に伝えていた。
「それでは、新任教諭の紹介を」
入学式にはラクス城校の全生徒が集まっている。
それに合わせて紹介される五人の教諭。
その中に、見慣れた緑の被毛の尻尾が揺れていた。
「ウェアレル・カウリオです。今一度このラクス城校で教鞭を取ることになりました」
はい、僕の家庭教師を辞任して、あっという間に教職復帰したウェアレルです。
なんか僕が封印図書館とかうろうろしている間に話つけてたらしい。
ルキウサリア国王にも、伝声装置の時に話通してたとかって言われて呆れたよ。
だって普通に就職でいいのに。
寝泊りする場所ルキウサリアの僕の屋敷にし続けてる上に、僕が卒業したら辞める約束までしてるそうだ。
(そんなに心配かな?)
(学科違いであっても主人のフォローができる立ち位置は有用かと)
(けど残念ながら校舎が違うし、そこまで頼る気はないよ)
(後からでも詳しい事情を調べ、後始末を請け負えるだけ有用性は変わらないと提言)
ラクス城校だけど、教室はアクラー校にある錬金術科。
ウェアレルはラクス城校の魔法学科に就職した。
そっちはさらに技術コースと学術コースに別れてる、学園でも花形な学科だ。
その上クラスを持たず、アクラー校にも顔を出す補助的役割を得たと聞いてる。
つまり色々動けるように手回ししてあるようだ。
「いい加減そこどけよ」
「口の利き方も知らないのか。これだから錬金術科にしか受かれなかったような奴は程度が知れるんだ」
入学式が終わって教室へ向け移動をしていたら、行く手から何やら不穏な声が聞こえた。
場所はラクス城校内の端で、生徒はまばら。
僕みたいに端に行く理由がある生徒以外はいないような場所だった。
僕から見えるのは、怒っているらしく太く白い尻尾の毛を逆立てる獣人の少年。
その隣には青みのある肌に紺色の髪の海人の少年が立っていた。
そして行く手を阻む、いじめっ子とその取り巻きの人間という構図。
うん、あれって入学体験の時のいじめっ子じゃないか。
「ハマート子爵令息」
思わず思い浮かんだ名前を口にした。
すると呼ばれた相手は僕を見てわからない顔をする。
入学体験であれだけ絡んで来たのにね。
教師に睨まれた僕というターゲットを弄る以上の意味はなかったからだろうけど、帝国貴族なんだから皇子って言う地位について、もっと考えても良かったんじゃないかな。
その上で痛い目見たくせに懲りてないのか、また同じようなことしてるっぽい。
あ、いや、ここにいるってことはちゃんと試験受けて合格はしてるんだ。
なのに馬鹿だなぁ。
「なんだまた無礼な奴だな。知らない相手に突然声をかけるなんて」
「いや、入学体験で錬金術に負けて泣いたって噂を聞いたから、呆れてしまって」
「え? うわ、ダセェ」
「だからこっちを見る人間たちが妙な顔をしていたのか」
イタチとタヌキを混ぜたような獣人の少年は怒りを忘れて笑う。
海人の少年は冷静だったらしくそんなことを言って頷いた。
周囲の反応なんて目に入ってなかったらしいいじめっ子は、今さら顔を真っ赤に怒鳴り出す。
「絶対何かずるをしていたんだ! それを暴くために…………!」
「も、もうやめましょうよ、エフィ。やっぱりこれまずいですって」
「そうですよ、入学したら勉学に邁進しろって言われてるじゃないですか」
周囲に認識されていたと知って、取り巻きのほうが弱気だ。
というか、入学体験より減ってるね、取り巻き。
「僕も噂で聞いたくらいだから、当分真面目に学業に専念したほうがお家のためにもいいと思うよ」
「うるさい! 誰だお前は!?」
入学体験で絡まれた僕としてはこっちの台詞だけど、ちょうどいいから練習してみよう。
「アズロスって言うんだ、同じラクス城校の同学年だよ。よろしく」
「うるさい! ち、行くぞ!」
「「は、はい」」
わかりやすく下に見れないと地団駄を踏んだ末に、エフィとやらは退散していった。
さすがにまた魔法を放ってくるような馬鹿な真似はしないか。
ただ問題は、やっぱり偽名が口馴染みがないことだな。
使い続ければ馴染むかな?
「それで、君は自分たちに用だろうか?」
海人の少年が警戒ぎみに聞いてくるので、僕は笑って肩を竦めてみせた。
「同じ学科試験で見たことのある二人だったからね」
「え、お前も錬金術科? 俺、ネヴロフってんだ、アズって呼んでいいか?」
「そういうことか。自分はウー・ヤー。よろしく、同輩」
名前の感じからしてネヴロフはロムルーシ出身、ウー・ヤーはチトスかな?
「俺、誰が受けてたなんて見てる余裕なかったぜ」
「そこは人間が多かったから、僕からすれば二人は目についたんだよ」
「それで言えば自分と並んで目立ってたあのエルフはどうだろう?」
ネヴロフとウー・ヤーと一緒に、ラクス城校を離れてアクラー校へ向かうことになりそんな話をする。
なんかこれってちょっと学生っぽいな。
「それは教室に行けばわかることだよ」
答えは知ってるけど、僕は知らないふりでそう言った。
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