171話:入学式1
翌春、僕は十四歳になる。
そして予定どおり雪解けを待たずにルキウサリア王国へ向かった。
一カ月の旅で季節はすでに春先になったんだけど、山のほうはまだ雪がある。
留学名目で学園のある都市へ入るけど、行く先は帝室の持ち物の屋敷じゃない。
ルキウサリア国王側が用意してくれた新たな屋敷だ。
「帝国第一皇子殿下におかれましては、どうぞ我らをお使いください」
出迎えた執事っぽい人に挨拶を許したら、言葉と同時に居並ぶ使用人たちが綺麗にお辞儀。
その息の合った動きに練習の成果を感じる。
それだけ気合い入れてのお出迎えなのは、ルキウサリア国王直々の命令だからかな?
この人たちも用意してもらった人員で、僕の二重生活を支えてもらう予定だ。
「荷物は部屋に運んでくれればこっちで整理するから。後は内部の説明をして」
「承りました」
執事に連れられて、広い玄関ホールから左手のリビングとその奥にある階段へと導かれる。
次に、玄関ホールから右手には応接間としても利用する控えの間、その奥には二階までぶち抜きの高い天井があるダンスホールへと案内された。
いや、皇子だったらそういう設備も必要かもしれないけど、正直いらないなぁ。
さらに朝食室と晩餐室とか僕にはなじみがない施設の案内を受ける。
「そしてこちら二階には、主寝室と他二つの寝室として使える部屋がございます」
執事も僕の興味のなさを見て、さっさと二階へと案内してくれた。
二階は主寝室以外使う予定がないので、一つは書斎という名の錬金部屋予定。
そしてその錬金部屋の柱を執事が押すと隠し扉が開く。
「こちらが地下への隠し階段となっております」
「鍵の方式は?」
「内側から開くのか?」
僕より先にイクトとヘルコフのチェックが入る。
ウェアレルは先に学園へ行っており、今日はまだ入学式前なので僕に登校の予定はない。
この後僕は皇子として王城にもいかないといけないし、さらに明日はまた封印図書館だ。
テスタのこともあるし、やることが多いな。
「それではご案内をいたします。お声には気を付けていただけますよう」
「わかってる」
僕たちは柱に隠された狭い螺旋階段を下り、地下にある通路へと辿り着く。
通路の先、行きついたのは屋敷の裏手にある学生寮だった。
「こちらが、お部屋になります。他の学生とは離れておりますが、お気をつけて」
執事が簡単に位置関係を説明してくれるけど、声は控えめ。
出た部屋は皇子の主寝室よりも狭い一室で、防音対策がばれない程度にしかされてないからだろう。
宮殿の寝室に比べると広さが半分以下、簡素なベッドと机と椅子、箪笥が一つ。
確認して戻ってから、執事が改めて説明をしてくれた。
「入学される殿下のお部屋としてご用意いたしました。地方貴族の子弟の部屋であればあの程度で十分ですが、必要がございましたら」
「あぁ、わかってるから。文句なんてないよ。ありがとう」
正直家具家電がない分、前世の一人暮らしの部屋よりも広く感じたくらいだ。
皇子としてはおかしいだろうけど、僕としてはなんら問題ない。
二重生活のためにルキウサリアに用意してもらったのは、屋敷と使用人、そして裏の学生寮。
いるのは皇帝派の子弟と、政治色の薄い学生たち。
その中に僕も紛れる予定だ。
「それでは、先発でいらした方々がお待ちです。こちらへ」
さらに執事が案内したのは、執務室として用意された部屋。
そこには先に執政官や騎士、外交官、学者などが僕が来るのを待っていた。
僕に先立ってルキウサリア入りしてた帝国の人員で、父と妃殿下が厳選。
その上で帝都にいる間、セフィラを使ってそれぞれ監視もした。
結果問題なかった人たちを採用してもらっている。
「今さら紹介はいらないんだけど、その机はどうしたのか聞いてもいいかな?」
ちなみにこの人員は僕の入学を知らない。
表向きの留学を支える人員なので、一応他国に留学した皇子としての僕の体面を保つメンバーだ。
なのに執務室の机の上にはすでに書類束が積まれている。
「第一皇子殿下がなされる学問研究における取り交わしの下書きになります」
「先年の非礼を詫びるとの名目で送られた品々の目録でございます」
「第一皇子殿下が求められた図書館閲覧に際しての注意事項と目録がこちらに」
「錬金術に関する考察と計画、その提案に関する提案書です」
あ、はい。
全部僕関係です。
国同士のやり取りは僕が仲介する形で父に回すんだけど、先年の非礼ってたぶんテスタのやらかしだよね。
詫びで何贈られたかすごく確認したくない…………あの量の書類ってことはこれ、先手を打たれたな。
去年ルキウサリアにいる内に考えを纏めておかなきゃいけなかったか。
あと図書館幾つあるの? 目録って蔵書内容だけ?
錬金術に関する提案書を僕に送るのはどうなの? 結構書いてある内容国家事業になる規模な気がするよ。
「言いたいことは色々あるけど、内容の確認は?」
「全て第一皇子殿下以外の閲覧を禁じられております」
「あぁ、そうか。そうだよね」
執政官の返答を受けて、机に向かって確かめると、確かにすべてに表紙がつけられて閲覧を禁じる文字が書いてある。
あと魔法までかかってるな?
(ウェアレルがいてくれたらわかるのに)
(硬化の魔法です。魔法陣に刻まれた人物以外が触れると、破壊しなければ動かせなくなる仕様です)
セフィラはさすが、魔法も書籍を読み漁ってるだけある。
そう言えばテスタがやらかした後に、対処するからってルキウサリア国王の前で魔力採集されたな。
魔法薬に魔力を流し込むって形で、あれってたしか個人の魔力を識別するためのものだよね。
(僕の魔力を識別できるようにされてる?)
(すでに若干の主人の魔力を検出しております)
どうやら採取された魔力が使われた魔法らしい。
だったらこれは後でも僕以外は見られない。
次に詫びの目録を開くとずらっと項目が並んでいた。
要約すると、テスタの年金と金目のもの全部あげる。
ついでにノイアンとネーグを左遷する権利もあげる。
テスタが主導で行って来た試薬実験施設の利用許可や、各種薬草園への入場許可、新薬レシピの閲覧許可に、薬術試験における参加枠確約などなど、ずらっと。
「いらない…………って微妙に言いづらい…………」
「は? なんと?」
「あぁ、本音が漏れた。これは後でルキウサリア国王ご本人と詰めるべきだから、王城へ持っていくよ」
絶対これルキウサリア国王も噛んでるしね。
これだけ向こうが謝罪表明してくれてると、間にルキウサリア国王挟んでいる分、僕の側からさらに条件を申し出るのはいっそ借りを作ることになりかねない。
ちょっとよくわからない項目も目録にあるし、これはもうルキウサリア国王とじかに詰めるべきだろう。
一番惹かれる図書館関係は後回しにして、僕は嫌々ながら提案書を改めて捲る。
「…………いや、多いよ」
転輪馬とロープウェイくらいはわかるけど、馬車の改良案とか、金属で作る縄の試作品の論評とか僕に求めないで。
試験場所の相談や安全点検に関する相談まであるし、合金の比率についてとか専門家でやってほしい。
しかも全部ルキウサリア王国側のシークレット扱い。
執事はすまし顔だけど、帝国側の人員が興味を引かれてる様子は肌で感じた。
「これもルキウサリア国王と直接ご相談」
学問研究という名の封印図書館関連についてを最後に確認すると、書かれているのは冬帰る前に相談した封印図書館の調査方式について。
(口束の魔法? え、うわ、禁術なんだぁ)
(類似あり。沈黙の呪いと言われる伝承について)
テスタのことを重く見て、ルキウサリア王国は封印図書館調査に関して禁術を持ちだして来た。
効果は決められた内容を口にすると死ぬというものらしい。
それをテスタ、ノイアン、ネーグの三人がルキウサリア王国代表としてかけさせられるそうだ。
こちらも僕以外の学者三人を代表として選抜するようにという内容。
先手を取られたと言うよりも、僕が後手に回ってる間に口を挟めないようちょっとやりすぎなくらいの提案を投げられてしまった。
(国同士だし、漏れたら大変っていう状況を重く見た采配、なんだろうけど)
(主人が任意に決められる口外禁止の項目は、私についてにしますか? それとも封印図書館の内容全般にしますか?)
そこはセフィラのことだと思ったけど、どうやらセフィラ自身、いっそ封印図書館全般禁じて、書籍の内容を整理する人員にしてしまえと言う。
うーん、効率重視。
けど人の命がかかっているとなると、軽々に決められない。
初日にずいぶん重い問題を突きつけられてしまった気がする。
しかもこれを僕が精査して、書き直して父に報告という作業も待っているのだった。
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