169話:初めての引っ越し4
前世での引っ越し経験は一度だけだったけど、それでも結構慌ただしかった記憶がある。
ただそれは自分一人で手配しなきゃいけなかったからで、皇子である今は弟たちと青の間でおしゃべりをする余裕があった。
「それで、ディオラ姫とお茶して…………」
話してるのはルキウサリアのことだけど、語っているのは僕じゃなくテリーだ。
「兄上と難しい話をしてても答えてて。僕はよくわからなかったけど、魔法を保存しておく道具? の、発見?」
「面白そう! 保存しておけるなら、いつでも誰でも魔法使える?」
「あ、そういうことか。ワーネルは聡いな」
「僕も会いたいな。物知りなんでしょ? お話楽しそう」
「フェル、こちらも同じように興味を持っていただける話をしないといけないんだ」
弟たちが可愛い。
僕は当分見られない光景をほくほくで眺めていた。
ルキウサリアでの入試にテリーが同行して、同じ屋敷に滞在していた。
けど僕ほぼ毎日出かけることになっていて、その中でディオラとのお茶会にはテリーも顔合わせで連れて行ったんだ。
そこはテリーに封印図書館のことを報せるための報告会でもあったからね。
テリーは僕の入学を黙っていて、ディオラは封印図書館の技術的価値を黙っているって言う、裏を知っている僕には心苦しい初顔合わせになってしまったけど。
「それで雪が降って来たんだ。一晩で足首が埋まるほど積もってしまって」
「えー、僕、寒いから雪嫌い。手足が痛くなるよ」
「えー、僕、冷たいから好き。痛くなるのは嫌いだけど」
ディオラと話してる時に雪が降ったことをテリーが話し出すと、双子で意見がわかれた。
ちなみに僕とテリーは好奇心に負けて外へ出て、冷え切る前にディオラに呼び戻されました。
ちょっと恥ずかしい。
「兄上、魔法を保存する道具は発見でいい?」
気になっていたのか、テリーが改めて確認して来た。
「そうらしいよ。ルキウサリアで小雷ランプっていう魔法と錬金術の混合技術が再現されたんだ。そこから錬金術の見直しをしようって話で。過去の文物を当たる中で亡くなった錬金術科の教師の遺品から、そういう試作品が発見されたんだって」
本当は、封印図書館を錬金術師が作ったってことで見直しの動きが出たんだけど。
双子にそこまで教えるにはまだ早いから、そうやって濁す。
それに実際この内容は、ディオラから入学体験後のこととして教えられた話だ。
小雷ランプのこともあり、魔法を保存する道具は錬金術科の教師が解析中だとか。
なんだか仕事増やしてる気がするけど、授業大丈夫かな?
カリキュラムとか、事前通知するようなことないらしいから、どんな授業か聞いてないけど。
「遺品? 昔の人が作ったんだね」
「誰も知らなかったなんて勿体ないね」
双子同士で言い合うところにテリーが少し考えてから教える。
「兄上はもっと昔の物を発見したんだ。それでルキウサリアの学者が助言を受けて改良して、お披露目をしていた」
あの一輪車だか三輪車だか微妙な転輪馬は、王城の庭でお披露目され、テリーもディオラも見ていた。
僕とテリーで馬を使わない移動手段だと説明すると、双子は目を輝かせる。
「他には? 兄上もっと面白いのない?」
「兄上なら知ってるでしょ、もっとすごいの」
期待満々でそんな強請るようなこと言われると、答えたくなるー。
「えー、うーん、じゃあ、ルキウサリア国王にも言ったけど」
ロープウェイについて説明し、好奇心旺盛で可愛い弟にはもちろん問題点も教えておく。
「そんな物が昔帝都にあった?」
「今じゃ遺構も残ってないけどね。帝室図書館の蔵書の挿絵だったよ。もしかしたら使わなくなって転用するために解体してしまったのかも」
テリーはそれでも感心した様子で目を輝かせた。
この世界によくあることだし、小雷ランプも使い回しされている。
ロープウェイの失伝は、それだけ大掛かりだと活用法がなければ転用するほうが使えたってことだろう。
たぶん何処かの建材とかになってるんじゃないかな?
「ルキウサリアに教えてるなら、向こう行ったら乗れる?」
「ちょっと開発に時間とお金かかるだろうから、フェルが学園行く頃だとどうだろう?」
「兄上、宮殿でできることないの? 移動手段で乗れるの」
ワーネルに強請るように問われ、その隣でフェルも目を輝かせてた。
テリーも興味あるらしく止めようか迷ってるようだ。
うん、これはお兄ちゃんとして答えるしかないね。
「人の登り降りだとどうしても安全性が必要で、時間をかけて検証しなきゃいけない。それでも可能な手ならあるけど」
「「何なに?」」
「それも昔の技術?」
テリーの質問には笑顔で誤魔化す。
だって僕が知ってるのは、古代ローマのコロッセオにあったというエレベーターだ。
檻とロープと滑車と押し車の人力上下移動。
僕は図に描いて、どういう移動手段かを説明した。
「興味があるなら一度井戸の水くみを体験させてもらうといい。滑車の有用性と力の向きがわかるよ」
言ったら、テリーも双子も首を傾げた。
井戸の水くみなんてしたことないというか、逆に僕が知ってるのがおかしいんだろうね。
それからルキウサリアの話を続け、ひと段落でノマリオラが用意してくれたジュースを飲む。
「そうだ、僕がルキウサリアに行っている間、エメラルドの間に残す実験器具は使っていいよ」
「え?」
「「本当!?」」
「もちろん、安全確認のための決まりごとは変わらないけどね?」
まだ早いと思わなくはない。
けど僕がいない間、興味あるのに何もできないのは可哀想だ。
そして錬金術の道具が揃ってるのはここだけ。
だったら、いっそ弟たちに活用してもらったほうがいい。
この件は父と妃殿下、ついでにストラテーグ侯爵にもすでに相談済み。
もちろん毒物なんかは廃棄か持ち出しで、弟たちの手に触れないようにする。
それでも本人たちがやりたい実験はやらせる方向だ。
安全確認を叩きこまれた宮中警護の同行も要件にしてるし、安全策は施していきますとも。
「この青の間とエメラルドの間は鍵を預けて行くから。実験のやり方をまとめたノートがそこにあるし、使い方も錬金術の道具を貰った時に入ってたものがある。良く読んで、理解を深めること。実験の際には、仮説を立てて、実験方法を立案、そして検証をして結果をまとめること」
ようは自由研究みたいなものだ。
かつてウォルドがやった感想を聞いて、さらに優しく説明したバージョン作って図書室の書架に入れておいた。
説明をすると、喜ぶかと思った双子は顔を見合わせる。
「兄上、お休みあるんでしょ?」
「帰ってくるんじゃないの?」
僕が答える前に、テリーが体験した実情を説明する。
「往復二カ月はかかりすぎて休みの間に移動できないだろう」
しかも今回、帰りは冬の雪の中を進むという経験もしてる。
どうしても天候で速度が変わるし、僕たちは移動するだけで人員が多く割かれる。
その分手間もあるけど、事前の準備も必要で、だからこそ問題なく移動できると言うことはあるけど、それが僕だけの行き帰りとなると大変さが先立つとわかるんだろう。
まぁ、一番は動かせる人手少なくて事前準備の段階で詰むんだけど。
「一応ルキウサリアで開発中の移動手段はあるし、それが早まれば少しは帰れるかも?」
馬は無理させられないので走らせない。
その時点で自転車のほうが時速は早い。
馬よりも気楽に交代できるし食糧も人間の分でいい。
形はできてるけど、本当に自分が使うことを考えると口出すのもありかな。
と言うか、こんな寂しそうな顔されて頑張らないわけがない。
今日はいないライアはまだ僕が居を移すことの意味をわかってないし、また忘れられても悲しいから留学で行きっぱなしは避けたいところ。
「だったら…………」
僕が考え込んでいると、テリーが正面から目を合わせて言い直す。
「だったら今度は僕たちが兄上に会いに行くよ」
「そうだね、行こう!」
「うん、会いに行くよ!」
思わぬ言葉に反応できないでいると、ワーネルとフェルも声を弾ませた。
二カ月の旅は大変だとか、まずは親に相談だとか浮かびはするけど。
僕は感動のあまりなんと返事をしたか自分でもわからなかった。
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