168話:初めての引っ越し3
僕は引っ越しのために片づけをしつつ、その合間にモリーたちのところへ顔を出した。
今までにもルキウサリア行きについては相談してて、留学が決まった時に報告はしてる。
ただ隠れて入学することは言ってない状態だ。
「引率お疲れさま、ディンカー」
そう僕に言うモリーは、受験の当事者じゃないと思っているからこその労いだ。
ただそう労われると、誘拐未遂に、テスタに、図書館としての不備にとまだまだ疲れることがあるのを思い出してしまう。
「気楽に弟と旅楽しみたかったよ…………」
「どうした、ディンカー? 客にイメージ違うとか、完成してから文句つけられたエラストみたいな顔して」
「何があったんだ? くそ彫刻に不向きな木材指定で、親方から面倒な仕事放り投げられたレナートみたいな顔だ」
「叔父さん、大丈夫だった? 徹夜であほみたいな数の発注さばいた後に誤発注だって言われたテレンティみたいになってるけど」
うーん、僕より大人な三つ子の具体例がすごい。
「まぁ、問題はあったな。ただ色々面倒だから聞くな」
ヘルコフも遠い目をして追及を拒否した。
貴族に死者も出てるから、土地では事件として知られてるだろうけど、まだ帝都は一部にしか情報は届いていないらしい。
というか貴族なら情報も回ってるかもしれないけど、平民には関係ない話だ。
知らないほうがいいこともあるしね。
その筆頭だったはずの僕の正体、もうモリーたち知らないふりもしなくなってるけど。
「今日は水車見に来たし、疲れる話はしたくない気分なんだよ」
「あたしたちじゃ聞く以外にできないし、それもそうね。いない間に完成しちゃった水車のほうが重要よ」
モリーは嬉々として案内をしてくれる。
水車とは、父のサロンの時に作りだしていた新しい蒸留装置のための動力だ。
新たな蒸留器を作り上げて、その動力を作る算段を立ててから、僕は往復二カ月不在。
その間も作業は続いていて、帰ったら完成していた形だ。
顔を隠して混合棟から外へ出ると、工場の横に回り込む。
そこには見上げるほどの水車が、すでに水流を受けて回っていた。
「わー、水車って近くでは初めて見た。案外水の音以外しないんだね」
「自分で動力にするなら水車って提案しておいて見たことないのか?」
紫被毛のエラストが呆れるように言うけど、そこはしょうがないと思うんだ。
「身近になかったから。用途は本なんかの情報でだけ知ってたんだよ」
実際、前世でも稼働してる水車なんて見たことはない。
けど結構重要な動力ということは知ってる。
田舎だと今もそば粉作るのに使ってるとか、観光になってた気もするし。
何より電力がないこの世界で、動力を考えると、どうしても自然頼りになる。
その中で安定して使用できるのが水車だった。
「わぁ、結構水跳ねるね」
「本当に初めて見る子供の反応だな。水路に足とられるなよ」
橙被毛のレナートに子供扱いされてしまった。
自分でもちょっと子供っぽいと思うので、ちゃんと技術的なことも言っておこう。
「中のほうはちゃんと稼働してる? 水路の定期点検の人員も必要だと思うけど」
「言われたとおり徹夜して様子見て、三日は稼働実験した。人員は水車作った職人に頼むぜ」
黄色い被毛のテレンティが、白い親指を立てる。
ちゃんと動く様子を観察して、手入れも考えているようだ。
今は作ったお酒の味を調えるために試行錯誤中なんだとか。
「そう、じゃあもう僕の手はいらないね」
言った途端、モリーも三つ子も僕を見て固まる。
「「「…………え!?」」」
「ちょっと、ディンカー? まさか帝都離れると同時に完全に手を引くとか言わないわよね!?」
思いの外驚かれたな。
「そこまでは考えてなかったけど、アイディアもだいたい出したし。お金も当面困らない額溜まったし」
「嘘うそ、ちょっと待って!」
「おい、話すなら中行くぞ」
外で騒ぐモリーにヘルコフが冷静に場所を変えることを提案する。
サロンのこともありモリーには今、注目が集まっていた。
敷地内とは言え、大声で慌てていたと噂されてはあらぬ疑いをかけられることもある。
「お願いだから見捨てないでー」
「そんなおおげさな」
中に移動したはいいけど、モリーに縋られる。
「安定供給は目途付きそうだけど、やっぱり基本はディンカーの発想なんだ」
「俺ら思いつきでやっても失敗ばっかりだしさ、アイディアはいくらあってもいいって」
「まだ錬金術わかってないこと多いんだよ。ディンカーいないと今以上になれねぇよ」
「そこは独自技術ってことで試行錯誤?」
三つ子にまで縋られた。
困ってヘルコフを見ると、叱るように僕に縋る大人たちへと声をかける。
「いつまでもディンカーに頼ってられない身の上だってのはわかってんだろうが」
一人一人引きはがして助けてくれた上で、もうモリーたちは僕が皇子だと認識していることを誤魔化しもしない。
そこは派兵の時にばれてたし今さらだけど、その後はモリーたちも考えてなかったようだ。
「家族仲いいならそのまま残れるんじゃないの?」
「あぁ、えっとね、モリー。僕が帝都で成人すると、困るんだ」
そこは地位が違いすぎて想像できてなかったらしい。
僕は第一皇子で、長子相続が基本の帝室では一番の継承という名目が立つ、立ってしまう。
唯一成人した皇子となると、妃の子ではないと弟たちの下に置かれた今の状況は結構危うい。
「長子相続を変えられない状況で、成人して跡を継ぐことができる年齢になる。そして、跡継ぎが指名されてない状態だ。そこに成人した子供が一人だけってなると、ね?」
なるべくぼかして伝えてみる。
ぽろっと言っちゃうこともあるけどあまり言わないようにはしないと。
これはルキウサリアでも気をつけなきゃいけないことだ。
「ディンカーがいるんだからディンカー継げって言う奴がいるのか?」
「でも駄目って言われてんだろ? 公爵だかの孫がいるんだし」
「ディンカーも嫌がってるなら、それでないんじゃないのか?」
この辺りの政治的な機微は三つ子もわからないようだ。
跡継ぎ問題は平民でもあるけど、そこに政治が絡んでると騒ぐだけでも意味ができてしまうんだよ。
「つまり、ディンカーの存在が言い訳にされて、父親や弟を攻撃する足掛かりにされるってことかしら?」
「それが近いかな」
モリーは貴族相手に商売もするので想像できたらしい。
長男で成人してる唯一の子供が僕だけという期間ができると、今以上に僕が優位に立つ。
それを公爵たちは見逃さないし、ルカイオス公爵を攻撃したい人からすれば恰好の的にされるだろう。
そうなるとルカイオス公爵も僕を排除する名目が立つ。
それに子供だからで許されていたことも許されなくなるんだ。
「そこはこっちの問題。だから、注目の集まってる状態だし、ちょうど距離もできるし。独自にやっていくことを念頭に準備をしてほしいんだよ」
僕と関わり続けることの不利を語ってみたけど、不服そうだ。
その上でモリーは白い髪を掻き上げて、応諾は口にした。
「いいわ。けどね、もし家を離れるようなことになったら真っ先にいってちょうだい。まだ、二年前に言ったこと、私諦めてないんだから」
二年前って、派兵の時の…………もしかして養子とか言ってた、あれ?
僕は思わぬ誘いに笑ってしまう。
それでモリーも一息吐いて、手を叩いた。
「それじゃ、ルキウサリアでの商売相手を紹介しましょうか。と言っても、この工場にも出入りしてるし見たことあるでしょうけど」
そう言ってモリーが呼んだのは、錆柄の猫の獣人。
僕と同じくらいの身長は小柄なので、猫と言うか家猫の獣人だ。
卸業者のようなことをしており、確かに顔見知りでもあるモリーのところの関係者だった。
「どうも、お世話になります。熊の旦那さんもルキウサリアへむかうそうで。どうぞよしなに。それで、今日はルキウサリアでの酒の扱いについての説明と、輸送のご相談ができれば」
猫の商人は、モリーの代理としてルキウサリアでディンク酒を扱う店を任される。
その上で、ヘルコフも第一皇子についてルキウサリアに移るという言い訳で、改めて現地でも連絡を取るよう顔合わせをするという名目だ。
実際は僕も皇子として行くんだけど、そこはディンカーが謎の貴族子弟だからね。
僕はディンク酒の扱いについてのオブザーバーのような位置で、ルキウサリアでの出店についての説明を聞くことになった。
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