167話:初めての引っ越し2
「やっぱり情熱ってすごいって思いました」
長くもない滞在の間に、テスタたちは徹夜でぶっ倒れたりしながら手漕ぎ馬車を改造。
結果、転輪馬と名付けられた自転車を開発した。
「いえ、は? なんと?」
「いや、本当になんか、すごかったんだ」
困惑するストラテーグ侯爵に、繰り返す。
その場にいたレーヴァンも、ゾンビの如きテスタたちのハイテンションを思い出したらしく言葉に詰まっていた。
ここは左翼棟の青の間。
なんか本館から退いたら、ストラテーグ侯爵ついて来たんだよ。
理由はルキウサリア国王と同じで、話は僕を怒らせたというテスタが何をしたかになった。
もちろん内容は言わない。
どうもルキウサリア国王にも、テスタたち三人は黙秘したらしいし。
ストラテーグ侯爵に知られたら、それこそ大問題にされかねない。
だから僕はのらりくらりとかわした。
そこから話が転がって、テスタたちに丸投げした移動手段に移っている。
「ちなみにアーシャさまの構想とどれほど違いますか?」
「似てるようでだいぶ違うよ」
会話が途切れたのでウェアレルが確認してくる。
ストラテーグ侯爵はレーヴァンから様子を聞いてるけど、転輪馬を想像できてない。
かくいうウェアレルは学園関係で不在が多かったけど、完成した転輪馬の試乗は一緒に見たんだ。
名前の通り馬がモデルの転輪馬。
だからまたがって動かすようになっていて、手綱代わりの縦持ちのハンドルがついていた。
開発の中で回転が距離に直結すると説明したところ、巨大な車輪にペダルをじかに取りつけたのも、チャップリンが乗ってる初期の自転車に近いからいい。
ただ、形態はどう見ても三輪車なんだよねぇ。
「俺も結果みただけなんですが、第一皇子殿下がおっしゃるとおり足のほうがとか言ってるのは聞こえました。その上で馬と同じだけの距離を同じ時間で移動できるそうです」
レーヴァンが説明の聞きかじりをストラテーグ侯爵に話してる。
あの時も、お城の人たちは興味深そうに巨大な前輪を持つ三輪車を見てて、僕にだけすっごいシュールな光景に見えるという状況だったんだよね。
しかも転輪馬って、後ろの二輪の部分に馬車をおいおい連結する予定だとか。
つまり、実質一輪車で馬車牽こうとしてるんだよ。
「それで、第一皇子殿下。かつての技術の改良品としては完成なのですかな?」
「実用にはまだまだ先は長いと思うよ?」
ようは白黒映画の喜劇王チャップリンが乗り回すギアなし、チェーンなしの自転車に近いんだ。
あれでも結局は人間が走るよりも早く、馬のように補給はいらない。
だから試作品見たルキウサリアの人たちもそれなりに期待感を持っていたように思う。
「たぶん今頃改良に手を付けてるとは思うけど、薬学の権威が何やってるんだろうね」
「それを引き込んだあなたが言いますか?」
「勝手に来たんだよ。知ってるでしょ、ストラテーグ侯爵」
遺憾の意を表すと、ストラテーグ侯爵も言い返せない。
「けど、本当に僕のせいじゃないよ。帝都の錬金術とは系統が違いすぎて、正直説明が難しいんだ」
「系統ですか? それは、どれほどの違いが?」
「こっちは土地の改良と共に錬金術が発達してる。そのために大勢を広範囲に動かすために、相応の監督役が基礎を身に着けて派遣される形だった。けど向こうは個人の思いつきで発明してる感じ? その上基礎もないからまず素地が理論立って残されていない」
ミサイルにホムンクルスに病原。
この時点で前世だったら科学で括るのも乱暴なほど他分野だ。
でも考えてみれば根底には化学がある。
いや、でも、そもそも医学と病理学も違うだろうし…………うーん?
「何を悩んでいらっしゃるのだ?」
考え込んでると、ストラテーグ侯爵がレーヴァン含め、僕の側近にも聞く。
けど誰も答えられはしない。
「テスタの得意分野を振ると、勝手にやりそうで不安だなって」
端的に伝えれば、納得してしまう。
「やはり外させたらどうですかね?」
「今ならルキウサリアのほうでも対処すると思われます」
ヘルコフとイクトが、テスタの危険性を訴える。
「でも、病原から薬を作れるっていうのがね」
そこは完全に僕の範囲外の技術で、現状有益な技能だ。
(セフィラ、天才の手記には、やっぱり薬ないんだよね?)
(走査をし直し発見した手記、雑記、その他資料には完成品の記載なし)
水底に籠った天才は、白髪になる頃にナイアを作成したという。
そして研究を本にして図書館を作った。
その中でやはり気がかりは黒犬病で、手記などには毒として作ったとある。
病原とかいう基本知識はなし。
ただ毒として死に至らしめると言う点を発見して、結果、世界へと広がるほどの感染力を知らないまま持ち出されてしまっている。
「封印図書館に病原がまだある可能性があるんだ。その上で解毒剤なんてないし、黒犬病の特効薬は今でもない」
収まったのは感染して、死ぬだけ死んだからだ。
「テスタに作ってもらえればと思わなくもないけど、不安のほうが大きい」
「研究内容を暴くなどという暴挙をされたなら、致し方ありますまい」
ストラテーグ侯爵も理解してる様子だけど、僕の命にかかわるとは思ってないようだ。
「ってことは、殿下が作ります?」
「いや、僕薬学は門外漢だよ」
ヘルコフに言ったら変な顔された。
「あのテスタ老が驚くような薬を作っていたと聞いておりますが?」
「弟殿下の病気対処したでしょ」
ストラテーグ侯爵とレーヴァンは、どうやら僕は薬も行けると思っていたようだ。
「僕は広く浅くだから、薬学の専門家がいるならそっちのほうが確実だよ」
基本義務教育的な知識しかないし。
もう少し詳しくなってもいい気はする。
結局不完全エリクサーのまま、エリクサー作りにまでは手を出してないし。
考える僕にストラテーグ侯爵は取り成すように声をかけて来た。
「今の錬金術科がどれほど殿下の足しになるかは未知数。であれば、実績は確かなテスタ老から教わるのは確実な成果として持ち帰れることでは?」
「成果かぁ」
留学は表向きの理由だけど、封印図書館はまだまだ公表は未定だ。
というか僕が留学している期間で公表できるようになるか怪しい。
その上で留学期間が終われば僕は帝都へ戻る。
ただその後も、未定だ。
同時にモラトリアムは終わって、僕は成人する。
帝室に残るか、出て行くか決めなきゃいけないし、公爵たちも本気で排除にかかるだろう。
僕がテリーより先に成人するのが問題扱いなんだし。
「成果を示せれば、留学の延長も可能でしょうな」
ストラテーグ侯爵が、何げない風を装って、猶予を長引かせられると言ってくる。
その誘いは意地が悪いけど、誘惑としては魅力的だ。
「考えてはおくけど、今はハドリアーヌに手紙書かないと」
「何故?」
今度はすごい顔して聞いて来た。
「ファーキン組の本拠に近いから」
「陛下のお言葉をお忘れか?」
「それはそれとしてね」
「軍の派兵なんてしませんよ?」
「しないよ。僕をなんだと思ってるの、レーヴァン?」
疑いの眼差しが、なんか側近側からも感じる気がするなー。
見ると視線逸らされるけど。
しないったら、たぶんね。
そこは向こうが諦めれば問題ないんだよ。
「あぁ、そうだ。一応聞いておくけど、テスタって僕が春に封印図書館行ったらまだいるかな?」
「いるでしょう。表向きの権威を、殿下が決して口外するなと禁じた内容を理由に処罰はできません。ましてや、一冬で周囲に勘繰られずあの執着していた封印図書館から引きはがす理由も用意はできないでしょう」
「じゃあ、表向きの壁役として割り切るしかないか」
「…………高齢である故に、病死ということもあるかと」
「結果を残し続けた人を、ルキウサリアが? 僕のほうが邪魔者扱いされるだけだよ」
病死とか言って毒殺臭わせないでよ、そんなことやる国のほうが嫌だよ。
ただ成果、成果かぁ。
テスタにはちょっとした踏み絵でも、してもらうことにしようかな。
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