165話:水底探査5
ファーキン組の不穏な話が、僕にとっては本題だった。
けどルキウサリア国王にとっては封印図書館の様子も同じくらい重大事で。
「そのテスタ老についてですが、何やら第一皇子殿下の不興を買ったとは…………。差し支えない程度でお教えいただければ」
どうやらセフィラがあばかれた日、その場に同席することになったノイアンとネーグが、僕が帰った後すごい顔してテスタを引きずって王城に来たらしい。
そして僕の意向で詳しくは言えないけれど、相当な不興を買ったと報告したそうだ。
けど今後も僕には封印図書館と関わってもらう予定のルキウサリアとしては、詳細を話してもらえれば対処も考えるとのこと。
「詳しくは言いたくないというのが本心です。簡単に申し上げれば、僕が独自に開発途中の錬金術の技術の一端を無理矢理あばかれた」
「そ…………れは…………」
学園があるからこそ、研究内容の漏洩がどれだけ問題かわかるようだ。
後ろから音がしたから見ると、イクトの手が動いてた。
そして改めて見れば、ルキウサリア国王と同席してるレーヴァンの顔色が悪い。
(セフィラ、イクト何したの?)
(腰の剣をそれとなく触りました)
つまり、威嚇したようだ。
殺すのもやむなしと思うほどのことだったと言外に伝えるために。
他国の王の前でとんでもないことしてるんだけど?
「ご不快であれば人員の交代も考えましょう」
「逆にテスタをフリーにする方が今は怖い状況ですよ。帝都でもずいぶんストラテーグ侯爵を困らせたようで?」
レーヴァンを見ると、ルキウサリア国王に向けてしっかり頷いて見せてる。
危機感を煽った上で、僕は封印図書館の概要を伝えた。
つまり、とんでもない技術があることは確定。
その上で基礎が残されていないので、ナイラとまず蔵書の整理からしなければいけないこと。
「今のままテスタが手当たり次第に習得しようとすれば、確実に八百年前の悲劇を別の形で再現します。それができる道筋だけは存在しているので」
「それは…………困ったことになるでしょうな」
だからまだテスタには本自体は読ませてないことも告げたし、出禁も問題なしと言質が取れる。
今は手漕ぎ馬車の改良を課題として与えていることも伝えて、簡単に説明もした。
「力学?」
「力が何に作用しどのような変化が生じるか、物体に働く力がどのように作用し、または特徴づけられるかを論じるものです」
言って僕は、出された紅茶に角砂糖を二つ落として見せる。
片方はほぼ正方形、もう一つはその半分に割れたもの。
どちらも同じ速度、同じタイミングで紅茶へと落ちた。
簡易のニュートンのリンゴ、もしくはピサの斜塔だ。
「僕は角砂糖を紅茶の上まで運んだ。これが力の作用と変化。そして、大きさの違う角砂糖を二つ同時に落とした。けれどどちらも落ちるという変化に差異はなかった。それは何故か? そういうことを考える学問です」
「それってなんの役に立つんです?」
見たままの事実でしかないと捉えるレーヴァンは首を傾げた。
「物を動かす、移動の基本だよ。言ったでしょ、天才が考えた移動手段。あれを改良するには、発想力も必要だけど、まずは移動するとは何かを考えないと効率化は計れない」
学者じゃないレーヴァンにはピンときてない。
けれどルキウサリア国王は興味を引かれたらしい。
「その牛馬を使わない移動手段、それを実用段階にできると?」
「実用まではちょっと素材の問題がありますね。それでも理屈の上では馬と同じ速さは可能です。それこそ馬車がそうですし」
わからない顔をされたので、ちょっとしたお勉強の時間だ。
「今ご覧になったとおり、条件さえ揃えれば同じ速さで物は落ちる。つまり、馬車の車体が自走すれば馬と同じ速度を維持できる理屈はあるんです」
言ってしまえば、坂で馬車の車体を暴走させれば馬と同じ速度での移動が可能だ。
問題は制御、そして走り続けるための動力となる。
「あぁ、そういう考え方。けどそれ、殿下が帝都に戻るまでに方向性示さないと、あのご老体は別に手を出すんじゃないです?」
「うん、まぁ。そうだろうね」
「だったら問題提起して、少しくらい手助け残したほうがいいと思いますけど」
なんかレーヴァンが情報引き出そうとしてる?
それはそれでテスタの手が空きそうで怖いんだけど。
でもレーヴァン的にはできる限りルキウサリアに恩恵を残したいってところかな。
その上で引き出せそうだと踏んで話を振ってるわけか。
だったら別の問題を放り投げてみようか。
ルキウサリアならではの移動法で、ちょっと考えてたんだよね。
「問題は道が荒いことかな。もちろん道を無視する方法もあるけど」
「ほう、それは?」
ルキウサリア国王のほうが食いついた。
整地というかインフラ整備って、前世の日本でも結構長くかかる事業だったしね。
道を無視できる移動方法ってことで惹かれたのかもしれない。
「上ですよ。人々の頭の上を移動すればいい」
ちょっと意地悪く言ってみると、室内は静まり返ってしまった。
もしかしてこれは想像できない感じかな?
「別に荒唐無稽なことを言ってるわけではありません。古い絵図に、残っているんです。帝都の宮殿を造営するために造られた、空の道が」
簡単に言ってしまえば、ロープウェイだ。
あったんだよね、絵に。
ちょっと帝都の造営が伝説扱いだって言うんで、セフィラと一緒になって色々探した中で見つけた。
ただ僕は知ってるからロープウェイってわかるけど、絵に描かれた上空を走る線と、見切れた籠のような何かをセフィラも用途不明と言っている。
関係する記載はないし、関連するようなことも何も書き残されてはいなかったから、失伝技術なんだよ、ロープウェイ。
「紙とペンを借りても? …………こう、固定するためのもろもろ省いて図示してしまうと、結構簡単な滑車とロープの機構で。そうそう、井戸の滑車と理屈は同じですよ」
滑車二つを縄で繋いだ絵を描いて、それをさらに横倒しで高低差のある場所に固定する図も書き添える。
「で、重みで下に行くと、反対のロープは引っ張られて巻き上がる。これで下に下がるという力を上に上がる力に変換するんです」
説明してもまだ無反応だ。
ルキウサリア国王を見ると口をぽっかり開けている。
周りを見ても唖然としており、目が合った側近たちはなんだか諦めるような目をしてた。
(何が駄目だった?)
(主人はこの件について、宮殿で漏らしたことがありません。突然降って湧いた発言と取られている可能性があります)
いや、宮殿の造営って言ったよ?
「あの、これは、秘匿技術では?」
「え、いえ。詳しい機構は帝室図書館にも残っていませんし、それらしい遺構も見つかっていないんです。だから完全に失伝しています。なのでやりたいなら安全確認と強度の問題を一から試行錯誤する必要があるんです」
「は、それで、第一皇子殿下は?」
「僕? 僕は帝都に戻りますし、その後は忙しくなるので手は出しませんよ」
「いえ、発案者であるならば名を連ねる権利が」
「いや、目立つことはしませんから。やるならどうぞ。たぶん平地の帝都では宮殿造営以外に使わなかったけれど、こちらなら需要はずっとあるでしょう」
帝都のように需要喪失で失伝しないだろうからと思ったら、また唖然とされた。
レーヴァンが渋い顔で確認をしてくる。
「一応聞いておきますけど、もしかして宮殿でそういうこと一言も漏らさなかったのって、目立たないためです?」
「違うよ。普通に作っても研究にかかる年月と需要が割に合わないなって」
「いや、結構需要はあるでしょう。あそこ登り降り大変ですし」
「つまりは人を乗せるってことだよね? そこまでやると本当安全性の問題で結構な費用かけて造りこまなきゃいけないと思うんだよ。帝都で活用されたのは、あくまで荷の上げ下ろしだけだ」
レーヴァンに答えてたら国王が身を乗り出した。
「つまりすでにそこまでの具体案がおありか?」
「あくまで机上の空論です。それでもできるならやってみてもらいたいとは思いますけど。金属で縄、作れます?」
また沈黙が落ちた。
今度はさすがにわかる。
ドン引きされてるよね、これ?
ルキウサリア国王は一度大きく呼吸を整えて、僕を正面から見据えた。
「やはりこのまま冬を越すつもりは?」
「弟も連れてるんで帰ります」
即座に答える僕に、室内に待機してる人たちからため息が漏れるのが聞こえる。
もちろん留学名目は封印図書館だからロープウェイには手を出さないよ。
興味があるなら頑張ってください。
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