158話:学園入試3
結論だけ言うと、誘拐未遂事件だった。
犯人は地方貴族の夫婦二人で、結果は被疑者死亡。
ナイフは自決用だった。
「それで…………?」
「は? それでとは?」
嫌な気分を押し込めている僕に、主催者である領主が間抜けな返事を返す。
僕は今回の事件の説明を受けているんだけど、相手はやる気なしだ。
刺激が強いからテリーは同席させてないんだけど、ルカイオス公爵の派閥とはいえ、そんな雑な説明で納得するわけないのもわからないのかな。
「言わなきゃわからないなんて、そんなことでよく今の地位にいるね? 皇子を招いていてナイフを持った人物を会場に迎えた責任は、どうとるつもり?」
僕の挑発に眉を跳ね上げたけど、続く言葉に肩が揺れる。
そして僕から視線をずらして後ろに立つ三人に目を向けた。
いるのはイクトとレーヴァン、そしてテリーの警護。
テリーの警護はルカイオス公爵派閥のはずだけど何も言わない。
つまりこの場でこの主催者の味方はなし。
当たり前だよ。
「犯人は死にました、僕の警護が取り押さえたもう一人も引き渡したら殺されました。それでおしまい? そんな言い訳でことの責任が取れると本当に思ってるの?」
「せ、責任などこちらに求められましてもお門違いというものでしょう」
「もう一度言わなきゃわからない? 皇子を呼んでおいて、危険人物も把握せず招き入れ、ナイフを抜かせた手際の悪さを、恥じ入るくらいの殊勝さ持ってもいいんじゃない?」
ナイフを持っていたのは招待客の夫妻だ。
妻はその場で自決し、夫はイクトとレーヴァンが自決前に取り押さえた。
けれどこの主催者に引き渡したら、その日の内に何者かに殺され口封じされている。
(つまり別に犯行に関わった人間いるでしょ! なんで死んで終わりみたいな態度なのさ!)
(狙いは主人ではなかったため害はありません)
セフィラが空気を読まず話しかけて来た。
(セフィラにしては甘いよ。問題は誘拐だ。つまり誘拐した後何かするつもりだったはずだ。なのに犯人は自決してる。だったらその先、それと同時に裏があるはずなんだ。その先か裏が僕らに関わりがないなんて言えない)
(主人の懸念を理解しました。しかし狙われたのは帝国国外の貴族令嬢。やはり可能性は低いと思われます)
(そのご令嬢の身元、テリーの警護が知ってたから聞いたんだけど。外交官の所の娘らしくて、父親は帝都にいるんだよ)
セフィラには情報収集に動いてもらってたから聞いてないはずだけどね。
駄目だな、僕も頭に血が上ってる。
呼んでおいて笊警備とかふざけるなって怒りが先走っちゃった。
テリーもショック受けちゃったし、初めての外遊がこれなんてかわいそうだ。
「君に話しても無駄なら、ありのまま帝都に早馬を走らせる。今回の件で目撃してしまったご令嬢たちが不調を訴えているから一日滞在は伸ばすよ。警備体制はこちらが主導で再編する。各所に協力を厳に言いつけること」
「何を勝手に。困りますなぁ」
イラッとした様子にこっちもイラッとする。
けどそこにレーヴァンが口を挟んだ。
「あぁ、あぁ、本当わかってませんね。ここはあなたの城でしょうがね。その城が建ってる土地は帝国なんですよ。そこで第一、第二皇子両殿下を招いて、さらには武器を持ち込んだ客まで招いた。その上まだ裏には誰かいる。その裏にいるの、あなたじゃないんですか?」
「な…………何たる愚弄!? 聞き捨てならん!」
「そう思われる状況をわかっていないから、こうしてアーシャ殿下がお教えしていると理解もできない。だからこそ、対処に相応しい者を帝都から呼び寄せると言っているのです」
イクトがつき離すように告げると、さらにレーヴァンが重ねた。
「この話、もちろんルカイオス公爵にも伝わりますよ。どころか、疑って人を派遣してくる可能性高いの誰か、考えつきませんか? 一日の猶予があるんですから、警備なんて人手のいることはこっちに任せて、やるべきことがあると思うんですけどね?」
「あなたの潔白を信じる者よりも、この状況を作り上げたと疑う者のほうが多いとわからないなら、遅かれ早かれここはあなたの城ではなくなるだけです」
教え諭すようなレーヴァンに、冷たく遠ざけるようなイクト。
主催者の領主は最終的に、真っ青になって震えていた。
「うん、北風と太陽だね」
「本当に、もう! その弟殿下絡むと途端にやる気出すのやめてくださいよぉ」
あてがわれた部屋に戻ったらレーヴァンが文句を言って来た。
一緒に来たテリーの警護が困ってるのを見て、レーヴァンが半端な笑みを浮かべる。
「あ、何? こういう第一皇子殿下初めて? 引くよねぇ」
「そ、そのようなことは…………。判断力があり、果敢な方であることは存じ上げています」
存じ上げられてた。
まぁ、大聖堂で襲われた時一緒だったしね。
左翼棟にテリーたちが来る時もずっと一緒だから、別に僕も鈍いふりしてないし。
「ただ、怒りを覚えられることがあるのだと、驚きはしましたが」
「えぇ? なんでみんな僕にそういう情緒がないと思ってるの?」
普通に怒ることあるよ?
って思ったんだけど、何故か納得いかない顔で、レーヴァンとテリーの警護がイクトを見てる。
「…………もしかしてトトスさんの愛想ないところ見て育ったせいじゃ?」
「あぁ、なるほど」
「違う。アーシャ殿下は…………単に有象無象の囀りなど歯牙にもかけない大器であるだけだ」
「つまり、周りのお大尽たちが何してようと、馬鹿だなこいつらって思ってるんですね。いやぁ、そんな気はしてた」
「なるほど」
なんかイクトに飛び火したと思ったら僕に返って来たぞ?
「さすがにそこまでじゃないから、レーヴァンの悪口を真に受けないでね」
テリーの警護に言っておいて、僕は一人座って状況を考え直す。
「どう考えても実行犯の夫妻はやらされてた。その上で口を封じられてる。これで終わりじゃない」
僕の考えにイクトたちは真面目な顔に戻って頷く。
「そして狙われたのが外交官の娘だ。だったら誘拐の末に何をする?」
「ただの誘拐であれば金銭目的。ですが、今回は違うでしょう」
イクトに続いてテリーの警護も考えを口にする。
「しかし帝都から共に来た者の一人が狙われたとなれば、目的に通じるのは親の地位かと。さすがにこのルキウサリアへの移動を阻むような大それたことは…………」
そう、狙われた令嬢は外交官の父と共に他国から家族連れで赴任中だ。
そして娘は僕と同じ年齢で、つまりルキウサリアの学園入学に向けて今回同行している一人。
この時期にこの領地を通ることは予測可能で、狙われたなら親関係で令嬢単独。
これだけの数の貴族子女の将来を左右する行程を邪魔するなんて、敵対者が増えるリスクしかない。
「それに、どうしてこの時を狙ったかだよ。集団行動してる中で誘拐事件を起こす利点は?」
狙われにくいはずなのに、あえて人の目が多いところで誘拐を成そうとした。
「そこは逆に人数じゃないです? もし殿下が気づかなかったらどうなってたかを考えれば」
レーヴァンが言うとおり、僕と言うかセフィラが気づかなければ、たぶん夫妻は誰にも疑われず令嬢に接触していただろう。
木を隠すなら森の中と言うやつだ。
令嬢がどう出るかはわからないけど、誘拐が目的だったら問題なく接触して会場から誘い出せた可能性はある。
そして夫妻は招待されたちゃんとした客だから出入りなんて見咎められない。
となると、目的達成した後どうなるか?
「…………陛下の名前で組織された一行から行方不明者、か。しかも国際問題だ」
僕の指摘にレーヴァンさえ息を詰める。
テリーの警護は一拍遅れて慌て出した。
「第一皇子殿下、テリー殿下の警護に戻っても?」
「うん、お願い。ただ推測の域を出ないから、今回のことでここの警備が信用できないって理由で周辺固めて」
テリーの警護は僕の指示に頷くと、礼を取って退出していく。
それを見送ったレーヴァンがこれ見よがしな溜め息を吐いた。
「いつの間にあんなに手なずけたんです?」
「そんなつもりはないけど、もしかしたらレーヴァンも傍から見たらあんな感じかもよ」
「え…………!?」
ちょっと言い返したらすごい顔顰められた。
心底嫌そうだけど、けっこうレーヴァンも僕の言うこと信用する方向になってると思うよ?
疑いばっかり向けられて、探りで煽られるのも嫌だから言わないけどね。
僕はレーヴァンの反応には触れず、今後の動きを考え直す。
「…………やっぱりルカイオス公爵動かして、調べさせたほうが確実かな」
ここはルカイオス公爵派閥の領地だから、きっとそっちのほうが動きやすいだろう。
僕たちはこのままルキウサリア王国に行かなければいけないし、ことは帝都に波及させることを前提にしている可能性も高い。
他国の揉めごとが持ち込まれただけならいいけど、そこに帝国を巻き込む意図があったら後手に回るだけ悪手だ。
そのためにもやることを数えて、ちょっと自分の冷酷さに溜め息を吐きたくなった。
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