154話:皇帝のサロン4
庭園で皇帝の初サロンが行われている。
招かれたのは三分の一に平民を入れた、格としては微妙なところ。
けれど嫉妬と偵察で、周囲に貴族たちが集まっているほどの注目度があるのは確かだ。
何故ならルキウサリア王国随一の学者が即座に参加表明を行い、さらには各種ギルドからギルド上層者と貴族でも知ってるネームバリューのある随行人が来ているからだ。
「なんか、逆に貴族よりも平民のお客のほうが有名人ばっかりだ」
「アニーウェ、まだー?」
またライアが飽きてしまったようなので、僕は手を考える。
(セフィラ、風を吹かせて噴水に虹を作って。虹も光だから、飛沫を細かくして角度調整すればできるはず)
(試行開始)
うん、そう言えば虹がどうしてできるとか話したことないな。
っていうか、セフィラ虹見たことあるのかな?
やる気満々のセフィラに指示をすると、噴水の一部が不自然に揺れ始めた。
いくらか試行した末に噴水に四分の一ほどの虹が現われる。
「ほら、ライア。噴水を見て」
「あ、虹が噴水に出てる」
「「きれーい」」
ライアはもちろんテリーと双子も喜ぶ。
サロンに半ば参加してない僕たちに注目する人はいない。
けど周りにはそれぞれの宮中警護が立ち並んでいて、さらには公式の場だからいつもより多めだった。
僕の部屋まで同行する見慣れた警護たちは気にしてないけど、あまりなじみのない警護たちの瞬きがあからさまに増えてる。
ちょっとやりすぎたかな?
まぁ、何してるかわからないだろうから大した報告もできないだろう。
「騒ぎすぎると虹も消えてしまうかもしれないよ。少し静かに見守ろうか」
そう注意したのは注目逸らしじゃない。
テスタを追い払ったのと同じ理由だ。
実は今、皇帝夫妻が客に声をかけて回っている。
そして地位の順番から今ようやく最後のほうに回って来ていた。
つまりギルドの後ろ盾はないけれど、名の知られた平民の成功者たちの元へ。
その中でも今、挨拶を行っているのはディンク酒を製造販売する商店店主、モリーだった。
「久しぶりだ。ヘルコフの元でともに従軍したな」
「覚えおきくださっているとはこれほどの栄誉がありましょうか」
表面上は優雅な風なんだけど、元軍人同士だからなんかお堅い気がする。
そして実はそんなに従軍期間が被ってないことも本人から聞いてるんだけどね。
「ヘルコフの甥だと聞いている。素晴らしい精度の酒を造るそうだな」
「「「こ、光栄です」」」
結局ヘルコフ経由で三つ子の参加を打診し、父は気軽に許可を出した。
貴族相手だと、この後室内に男女で別れて皇帝と皇妃がそれぞれ接待の継続サロン。
平民の参加者は庭園で解散だから比較的気楽なはずなんだけど、緊張しきっている。
三つ子からすれば叫んで嫌がるような状況だからしょうがないかもしれない。
場違い感で居心地悪そうだけど、そこは我慢してもらおう、モリーの緊張緩和のためにも。
「今日は陛下に喜ばしいご報告をいたせます。今新たにディンク酒を生産する技術の開発を推し進めており、ご披露できる算段が立ちました」
「ほう、素晴らしい。どのような技術を?」
モリーに応じて父が聞く。
途端に会場中の全員が意識を向けたのが、音となって聞こえるようだ。
(狙いどおり過ぎて逆に怖い…………)
(主人は酒類に対しての執着の度合いを計り間違っていることを危惧します)
(うーん、自分じゃ飲まないし。けどこの反応だと、上方修正する必要があるね)
(秘匿した故の付加価値があることを補足)
おっとこれは、セフィラが学術以外のところ学習してるっぽい?
さすがに長い付き合いだしモリーたちから学ぶこともあったのかな。
なんにしても皇帝から聞かれたら答えないわけにはいかない状況。
もちろん父がこんな不躾なこと聞いてるのは、打ち合わせあってこそだけどね。
「現在従来の技術を発展させ、一からこちらの職人たちと共に作り上げた生産機器を試験運用中でございます。これを使うことで今よりも三倍のディンク酒を一度に生産できると見込んでおり…………」
そこから周囲にも聞かせるためのモリーの演説が始まった。
最初は硬かったけど、その内商談中のような饒舌さを発揮し始める。
ちなみに新しい蒸留器の見た目はすっごい高い全金属製の什器。
見た目本当に肉まんとかはいってそうな形になった。
中の蒸留段階がわかるように区切ったことと、蒸留のための加熱と冷却を考えたら高さが必要になって、その形になったんだよね。
僕としてはビールのCMに出て来る丸っぽい容器を想像してたんだけど。
理屈と効率を考えたら、縦に長い什器に冷却装置や供給と排出の管を色々つけた五メートルくらいの物体になった。
「うむ、素晴らしい学識だ」
「今代の皇帝陛下であればご理解いただけると思っておりました」
「ほう、それはどうして? 酒については飲む専門でな」
「あちらの噴水を失伝した技術でもって復活を成されたとお聞きしております」
もちろん基幹技術なんか漏らさない。
けど元があって今改良機器作り上げたことは喧伝する。
そして示すのは、父が指示して修理した噴水。
ちなみにこの噴水の動力は水と空気のみだ。
水が注ぎこむことで内部の空気が圧縮され、噴水から出る分の水を押し上げて噴出させる。
そしてまた水盆にたまった水が落ちて空気を圧縮という構造をしていた。
「ほう、それはつまり」
「錬金術です」
モリーの言葉に何人もの人が大きく喉を鳴らした。
そして自分が飲んでいるグラスの中身を確認する。
モリーが参加することでディンク酒を提供し、参加者にも振る舞っているんだ。
もちろん皇帝と皇妃の手にもディンク酒の入ったグラスが握られている。
二人はこの機を見計らって、すぐさま飲んだ。
「ふむ、やはり錬金術は奥が深いな」
「えぇ、噴水の件からはまた別の技術なのでしょう」
そしてそこにさらなる刺客が現われる。
いや、単に錬金術大好きになったテスタなんだけどね。
「ほう、錬金術とおっしゃったか。蒸留技術は薬術にも通じるもの。もちろん酒から作るものもあるが、それは薬の一種で味など飲めたものでは。いったいどうやって?」
思いの外食いつきいいな。
っていうか、このやりとり終わるまでモリーに絡んでいかないよう言ってたからかぐいぐい行く。
けどそれはちょっと聞きすぎだ。
「さて、これはご高名なテスタ老でも…………。わたくしどもの研鑽と努力の結晶ですので」
「おぉ、これは失礼。いつも研究に対しては前に出過ぎる。それ故に年若く才覚ある者に叱られることもあるほどだ。悪癖は理解しているのだが、許されよ」
テスタが謝った途端に、父と妃殿下、さらにはモリーまでこっち見る。
やめて!
ライアまで見て来るのはいいけど、テリーと双子がなんか察したような顔してる気がするから、やめて!
せっかくすごいお兄ちゃん像あるっぽいのに!
「しかし錬金術はやはり奥深い。この庭園も謎が多そうですな」
「もちろん今もまだかつての技術を全て再現できたわけではないからな」
「ルキウサリア王国でも今錬金術が見直されているとお聞きしています」
テスタの振りに、父とモリーがさらに話を広げるべく乗る。
「左様。しかし悲しいかな学園でももはやかつてほど習熟した者がおりませぬ。ところが幸運なことに、帝都には帝室図書館の蔵書における錬金術関連書籍を網羅しているお方がいらっしゃる」
だからこっちを見ないでってば…………。
打ち合わせどおり錬金術の話するのはいいんだよ。
ルキウサリアでも今後手を付けるための種まき代わりだし。
僕が知らないふりを続けていると、モリーは三つ子に合図をした。
「テスタ老のお話は大変興味深い。しかし今はわたくしどもの技術の結集を献上させていただきます。どうぞ、麗しき妃殿下。スミレ色の女王と名付けた新作です」
コルクを抜いてグラスに注げば、錬金術で作った着色料で紫色に色づけた甘いカクテルが波立つ。
これはカシスっぽいこの世界の植物の、ワインみたいなお酒を蒸留して作ったものだ。
「そして陛下には、どうぞ今後ともわたくしどもの暮らす帝国を栄え導いてくださるように。少しでも日々の潤いとなれば」
そう言って差し出すのは一枚の名刺くらいの金属板。
それは新たな蒸留器で作る酒を月一定数確約する特別会員券。
モリーが用途を説明すると、今日一番のどよめきと欲に満ちたギラギラした視線が募る。
セフィラが言うとおり、どうやら僕はディンク酒にかかる付加価値を読み違えていたようだった。
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