152話:皇帝のサロン2
僕は夕方モリーの店に向かった。
店と工場、さらには仕入れなんかで実はモリー一つ所に長くいない。
けれど今日は店の倉庫でもなく、商会の主としての執務室にいてくれた。
ヘルコフと一緒に執務室に入ると、立派な机に両肘をついて項垂れてるけど。
「…………どういうこと?」
顔も上げずに聞くモリーの前には、見るからに上質な封筒が鎮座している。
レナート、テレンティ、エラストの小熊三人もいるけど、まるで怯えるように封筒から距離を取ってた。
今日はその件で僕も来たし、モリーもそのために呼び出す形で執務室にいたんだけどね。
うん、そんな噛みつくわけでもないんだから怖がらなくてもいいのに。
「使者つきで送られたはずだけど、説明されなかった?」
僕の確認にモリーがようやく顔を上げた。
そこにはまるで追い詰められたような表情が浮かんでいる。
「説明されたわよ! 皇帝のサロンの招待状だってね!」
「うん、そうだよ」
「いや、なんでだよ。ディンカー言ってないんだろ?」
紫被毛のエラストに続いて橙のレナートも声を上げる。
「なんか各界の著名人っていうか、成功者? そういうのを集めるとか言ってたけど」
「場所、はっきり宮殿って言ってたし。そんな所行ける身分じゃないって」
黄色いテレンティが、部分的に白い手を横に振り回した。
「サロンって平民招いた例もあるって聞いたけど?」
「そ、れ、は! 元から貴族をパトロンに持ってる人よ。あたしは貴族を客にはしてるけど、腕一本でやって来たの」
思ったよりも異例なことらしい。
妃殿下がいいって言ったからいいのかと思ってた。
マナーや貴族の慣習を勉強しているモリー曰く、平民は客として直接招かれるわけじゃなく客のお供という位置づけからが順当なんだって。
「つまり、正客は貴族。だから平民が参加するには貴族の目に留まる成功と伝手が必要ってことだろ」
「その上で親しく付き合って、お供させてもらう。そこからさらに主催者と今度は仲良くなる」
「まぁ、そしたら宮殿に行けるようになる頃には貴族相手に顔が売れてるってことだろうな」
三つ子が説明を補足してくれたので、僕とヘルコフも納得して頷く。
確かに正客は貴族で、お供で連れていける人数の調整とか色々言ってた。
その上で平民でも成功者として市井の者を招くことも決まってる。
異例だろうけど、十年サロン開かなかった皇帝だし、前例もない状態ならそういうものと押し通しても文句は出ないだろう。
ただ一人、異常さを先にわかってしまっていたモリーだけが、疲れたように項垂れた。
「皇帝とか宮殿とか言っても、僕のこと知ってるんだしそんなに気にしないかと思ったんだけど」
「気に、する!」
力強く言い切られちゃった。
ヘルコフを見ると思いの外拒否感が強くて困ってるようだ。
「まぁ、ぶっちゃけるとだ。お前さん推したのはディンカーだ」
「なーんーでーよー。秘密なんじゃなかったの? 金策してることばれたら落ち込むんじゃなかったのー?」
駄々っ子のように嫌々し始めるモリー。
「もちろん言ってないよ。だから、ヘルコフ関連ってことにしてる。なんか、ごく短い期間だけど、同じ時期にヘルコフの下にいたって聞いたけど。そんなに嫌?」
「一カ月もない感じよ? そもそも向こうは尉官だし、一緒って言っても職分違いすぎてチラ見した程度。話したこともないわよ」
よくわからないけど、父とは直接の関わりはなかったそうだ。
そして父とは入れ違うように、モリーは軍を辞めて店を開いているらしい。
ヘルコフ伝いに皇帝のことや家庭教師のことは漏れ聞いていたけど、僕が直接来るまで遠い世界と記憶の隅に追いやっていたとかなんとか。
「場違い感ひどすぎる。無理」
それを言うために、この執務室に呼んだようだ。
「他にも市井でこの十年の内に名を挙げた人を招待してるよ」
「人数多ければいいってもんじゃないのよ」
うーん、これは簡単には頷いてくれそうにないな。
僕が困ってるとテレンティが寄って来た。
「そんなに誘うって。何か考えがあってモリーさん呼んだのか?」
「けどディンカーがディンク酒作ってたことは言わないんだろ?」
レナートも疑問をあげると、エラストも考え込む。
「ただの注目度っていうのも、ディンカーが推すには弱いしな」
「僕をなんだと思ってるの? …………まぁ、思惑あってのことだけど」
「「「「ほらー!」」」」
モリーと三つ子に指差された。
しょうがないからここは正面からお願いしよう。
「蒸留器、元が錬金術だってお披露目するのに一番派手な場所だと思ったんだよ」
僕の暴露にモリーが固まる。
三つ子はヒソヒソと顔を突き合わせた。
「や、確かに一番は一番だろうけど」
「皇帝の前でやるの?」
「派手に悪評広まるかもな」
「まぁ、待て。ディンカーもその辺りはちゃんと考えあってのことだ」
ヘルコフがフォローしてくれるので、続けて僕も腹蔵を開陳する。
「今、ルキウサリア王国から高名な学者が来てるって知ってる?」
「テスタ老ね。学術研究で来たからって、何処の誘いも断って引き篭もってるって噂よ。お酒好きらしいからって、うちにもガンガン今一番美味くて珍しい酒用意しろって無茶ぶりする貴族いるのよ」
「…………それ、ユーラシオン公爵とかいう?」
「…………え、そんなくそ注文受けられるかって、何倍も希釈してから言い訳叩き返したけど、駄目だった?」
深読みするモリーに、ヘルコフが笑う。
「いや、ユーラシオン公爵と言えば、ルキウサリア王国に縁あるからって殿下の入学邪魔する奴でな。今回サロン開いても、後追いでもっと派手にやって皇帝の面目潰そうとする可能性あるって話なんだよ」
「あぁ、ちょっとわかったわ。だからあえて平民で貴族でも業績の知られた者を呼ぶのね。絶対真似しないから」
モリーも少し理解して落ち着きを取り戻す。
公爵家が平民をわざわざ呼ぶなんてしない。
その上、やっぱり基礎学問や教養の違いで、平民で成功する人は一握りだ。
帝都でも百人もいないし、さらに後ろ暗いこと何もしてないで成り上がったとなれば三分の一にまで減る。
そのため一度呼べば、ユーラシオン公爵が真似しようと思っても二番煎じの同じ人しか呼べなくなるんだ。
「ちなみに、帝都に本拠を置くギルドのほとんどからは、今日の内に許諾の返事があったよ」
「なんで!? ギルドなんて所属する者たちの利益の保守が主眼で、それこそ皇帝に近づくなんてこと…………」
捲し立てようとしたモリーは止まる。
そして額を一つ打った。
「ルキウサリア行ったら、テスタ老と一緒に戻って来た。そういうこと?」
「正解。向こうで錬金術に興味持ったみたいで、ついてきちゃった。だから、ギルドにはテスタがすでに参加決定してるって一筆入れてある」
仲介のストラテーグ侯爵が困るほど、テスタは引く手あまたらしい。
だったらその注目度を利用させてもらう。
元々テスタの同行を許可するにあたって、皇帝である父に公式に挨拶するように言ってあった。
皇帝権威の補強くらいに思ってたんだけど、いっそサロンを開いて客寄せパンダになってもらおうと思ったから、父にもそう打診したんだ。
「提案したら本人が一も二もなく頷いたよ」
「頑固な老学者って感じだと聞いてたのに」
「うん、そんな感じ。だから、客寄せになってもらうためにちょっとモリーのこと話しちゃった。だからモリーに来てもらわないと困るんだ」
「…………え?」
「もちろん錬金術で美味い酒作る人として」
「なんでよ! それこそあたしじゃないっていうか、だったらこの三つ子にも!」
「「「お断り!」」」
「一人はエスコート役に連れて行けるのよ! 三人そろって一人分ってことで!」
「「「いやだー!」」」
高名な学者と絡むこと決定と知って、モリーは三つ子を巻き込もうと声を上げる。
「あ、テスタにも僕発案ってことは言ってないから。あくまでヘルコフ伝いに助言程度だから。僕の名前出さないでね」
注意した途端、ピタッと止まるモリーと三つ子。
「もちろん、ディンカーいるわよね?」
モリーの言葉に、ヘルコフは目を逸らして答えず、僕はただ笑って沈黙を貫いた。
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