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150話:留学準備5

「それでね、弟が成長してても可愛いんだぁ」

「ねぇ、ヘリー。これ、会えなかった反動か何か?」

「うーん、父親と乗りが同じだから血筋かもしれんのがなぁ」


 僕の惚気にモリーが首を傾げた。

 答えるヘルコフに、甥である三つ子の小熊が揃って首を捻る。


「親もってことは、この国大丈夫か?」

「ディンカーが金策してる時点で駄目だろ」

「けどそのお蔭で俺たち今だぜ?」

「「「うーん」」」


 小熊同士顔を見合わせて悩んでる。

 相変わらずぬいぐるみみたいで可愛いけど、僕の弟妹のほうが可愛い。


「それで、ルキウサリア王国の学園入学はどうなったの? 国同士で何かやるんでしょ?」


 モリーが軌道修正を計ってくる。


「あ、そうだよ。入学しないのに、なんで帝都離れるって話になるんだ?」


 紫色のエラストが気づいて声を上げた。


「そこは入学してもゆっくり学べそうにないから、いっそ特別待遇で留学なんだよ。ルキウサリアで有名な学者に目つけられたから、そっちが便宜計ってくれるんだ」


 もちろん帝都までついて来たテスタです。


「うーわー。やっぱり普通ディンカーみたいなの放っておかれないよな」

「なぁ、叔父さん。やっぱり宮殿の貴族っておかしくない?」


 レナートとテレンティから見あげられて、ヘルコフは牙を剥くように笑う。


「貴族ってのは、個人の実力よりもお家の力で権勢振るうもんだからな。家も持ってないんじゃ相手にすらされねぇの」


 しかもその家が貴族限定と来るんだよね。

 さらに今の皇帝である僕の父は、母親が農村上がりってことで相当下扱い。

 最近貴族の家一つ潰して、ようやく憚る貴族が出てきたくらいだ。


「派兵の時も大変だったって聞いてるのに、本当に大丈夫?」

「あの時とはだいぶ状況は変わったよ。それに、ルキウサリア王国のお姫さまとは友達なんだ。あっちでは王家が僕に対応してくれることは約束されてる」


 封印図書館のことを言えないので、ディオラを引き合いにだす。

 すると三つ子の小熊が丸い手で揃って頬杖を突いた。


「お姫さまとお友達って、初めて聞いた言葉だな」

「ちゃんと皇子さまやってんだなって感じがする」

「ディンカーの暮らしぶりって一回見てみたいよな」

「勉強してるか錬金術してるだけだから、面白くないと思うよ?」


 正直、僕は基本左翼棟から出られないことは今も同じだ。

 っていうか、勝手に出られるから特に文句言わないせいで、それが当たり前になってるんだよね。

 それでも皇子が独り歩きするとか、行き先告げずに移動するってことはテリーたちもしない。


「そうでもないだろ。まず学校に行くっていうのがもう俺たちと違うし」

「そうそう。っていうか、俺たちなんて行ける学校自体がそもそもないしなぁ」

「そんな所行ってる暇あったら、家業手伝うか手に職つけるもんな」


 確かに、ルキウサリアの学園も基本は貴族や金持ち向けだ。

 一次、二次産業で生計を立てる人たちには別世界の話に思えるんだろう。


「三人はどうやって今の職に?」


 レナートが木工、テレンティが鍛冶、エラストがガラスの職人だ。

 三つ子だからと言って同じ職にする必要もないけど、わざわざ北のロムルーシから出て来てばらばらの職に就いたのはなんでだろう?

 バラバラに伝手があったとか?


「まず近くの街で徒弟募集してるとこ入って」

「二年下働きしてクソだったから叔父さん頼って帝都来て」

「そこで人手の足りない工房見つけて今?」


 これで説明合ってるかと言わんばかりに僕を見る。

 けどなんでそうなるのかよくわからない。

 だから僕も説明を求めてヘルコフを見あげた。


「えーと…………まず職人系ってのは学校とかなくて、職人やってる奴の所に弟子入りして仕事教えてもらうのが普通なんですよ」

「あぁ、なるほど。徒弟奉公って聞いたことある」

「「「そこからか!?」」」


 驚く三つ子からすれば常識なんだろうけど、前世でもとっくに廃れた制度だから思い至らなかったんだよ。

 ただ僕は皇子だから知らないのを驚かれはしても、不思議がられない。

 だからモリーも一から説明してくれた。


「教えの分だけ数年働いたら独り立ちするか、正式に雇い人になるかね。この三人は自分から早く切り上げたの。だから地元に戻っても不義理働いた工房から睨まれる可能性高いのよ」


 そう言えば地元に帰りたくないって、あれは都会暮らしがいいって言うのの他に、そんな理由があったのか。


 僕としては未だに蒸留器作りに熱を燃やしてくれてるから結果オーライ。

 そしてその蒸留器作りに一縷の兆しが生まれていた。


「それじゃ、こっちで成功して帰って来いなんて言われないようにしないとね」

「「「もちろん」」」

「それは当たり前だけど、来年からディンカーいないなら、やっぱり滞るわよ」


 モリーはシビアだ。

 どんなに三つ子に情熱があっても、蒸留器を作るための知識の点で足りないとわかってる。


 もちろんそれは僕も危惧していることだった。


「だから、ルキウサリアからのお土産。はい、大型蒸留器の解説図」


 僕は持ってきた紙を広げる。

 そこには蒸留器を縦に割った図解が書かれていて、何処にどんな機能があるかが文字で記されていた。


「何これ? 帝国の共通語じゃないわね。もしかして、ルキウサリア?」


 モリーが質問しながら正解をいい当てる。


 これは封印図書館にあったもので、セフィラが収集した情報から検索したものだ。

 やっぱり工業的な手法を行うには大型の機材が必要になる。

 そしてそのことについて語る書籍も残されていた。

 ただ文章内容はそこから精製できるものの説明が主で、機能は書かれているけど、材質には触れられていないし、細かな温度設定などもなし。


「ルキウサリアにあった、昔の錬金術師が使ってた道具の図解だよ。これを今作ってる途中の蒸留器に当てはめて、必要な設備を揃えれば…………」


 言いながら、僕は古いルキウサリア訛りの言葉を今の帝国語に書き変えていく。

 大量の文章をサンプリングしたセフィラの補助があってようやく僕も読める程度だ。

 八百年前なんて、前世の日本語でも読める気がしない。


「あ、なるほど。高さで温度差作るのか。で、上からこっちに移して」

「複数の槽で段階わけかぁ。だったら熱するのと冷ますの同時できるわけだ」

「上手く動かなくなるとか、蒸留が半端とかこれで解決できるかもな」


 三つ子は僕が書くのと同時にわいわい意見交換をする。

 だから僕はモリーに話を振った。


「それで、これが完成したら量産体制が今以上に整うと思うんだ」

「そうね、すでにディンク酒の知名度は浸透してると言っていい域よ。予約で数は希少ってところに意味もあるけど、もっと別の客層を掘り出すのもありね」

「それさ、別の国に輸入店出すのはあり?」


 僕の言葉にモリーは驚く。

 けどすぐ後に口の端を持ち上げた。


「ルキウサリア?」

「そう、帝都と定期的にやり取りする必要ができるかなって」

「やり取りする中に、ディンカーの特別枠でも用意しておく?」

「何かあった時にね。売る相手は僕限定でもいい。ちゃんと買うよ。消費相手はルキウサリアの王室かその関係者になるけど」


 言った途端、モリーが硬く拳を握りしめる。


「乗った。王室に直でとか、そんな美味しい話ほかにないわ!」

「成功して初めて美味しい話になるんじゃないの?」


 以前出会った時に言われた台詞だ。

 するとモリーはからかうような笑みを浮かべて僕に迫る。


「なぁに? ルキウサリア王国からの特別待遇で留学は嘘なの?」

「嘘ではないねぇ。錬金術でこんなことできるよっていういい宣伝になると思うんだ」

「あら、すでにルキウサリア側に錬金術認めさせてるのね。だったらなおのこと、ディンカーが留学中に何するか知っておきたいわ。出店のために、まずルキウサリアの土地に詳しい人捜さないと」


 僕が紹介できるのは貴族ばかり、そう思って黙ってたらヘルコフが面倒そうに呟く。


「レーヴァンの奴こことの関わり疑ってるみたいなんで、いっそあいつ巻き込みましょうや。今度店に来たの見たら捕まえてモリーに引き合わせときます」

「そうなの? じゃあ、そうしようか。ルキウサリアに行くまでに蒸留器形にしなきゃいけないし。できれば僕がいる内に、お披露目まで済ませたいんだよね」

「えぇ、完成したら絶対盛大にお披露目するわ」


 拳を握るモリーの言葉に僕は大きく頷いてみせた。


定期更新

次回:皇帝のサロン1

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回までは確定事項とはいえ決定的な単語は出さずに濁していたのにとうとう皇子という単語が……!
[一言] その制度は海外ではそのままで残って居るし、日本でも待遇面で変わったけど工芸や刀鍛冶の工房、料理人、酒蔵、技術研修(問題になっているあれ)と名前が変わりましたが、企業や農業の一部ではまだ残って…
[一言] レーヴァン・・・あ、うん
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