148話:留学準備3
「妹君、魔法の天才らしいですね」
「耳が早すぎない、レーヴァン?」
左翼棟の僕の居住区画で、レーヴァンがそんなことを言い出した。
ルキウサリア王国から帰国してすぐは来なかったけど、今日は用事があって僕から呼び出している。
僕も三日前に妃殿下に教えられたことを知ってるって、やっぱり活動範囲の差なのかな?
今までそんなの臭わせなかったけど、ストラテーグ侯爵の派閥の人間も妃殿下の近くにいるのかもしれない。
血縁や姻戚、交友関係なんかが貴族は複雑すぎて僕は把握し切れてないんだよね。
レーヴァンのこれも、もしかしたらかまかけだったかもなんて、今さら気づくし。
「妃殿下からご相談されたとか? 第一皇子殿下、魔法どれだけなんです?」
「どれだけって、別に? はったりみたいなものだよ」
言って僕はライアの真似をして、指から静電気を発生させてみせる。
「こんなんじゃ、ちょっと驚かすくらいしかできないし。実用的なことは何もできないから安心して」
「いやいやいやいや…………。え、それ魔法? 呪文も杖もなしに? 家庭教師何教えてるんですか?」
「別にウェアレルに教わったわけじゃないよ」
そう言っても、レーヴァンは否定するように首を横に振る。
そこにヘルコフがため息交じりに言った。
「殿下の思考の仕方はそこらの奴と違うのはもうわかってんだろ。ウェアレルも学園でやるように一から十まで縛るほうが、殿下の才能萎ませるってんで、呪文なんてほとんど教えてないぞ」
この世界、魔法はイメージや感情に左右されまくる。
つまりどんなストレス状態にあっても、魔法を放つという結果を表さなければ実用には適さない。
だからこの世界は呪文で魔法の効果や威力、見た目、有効範囲、挙動全てを制御する。
それによってぶれやすい人間の感情の介入を極力減らして安定を計ってるそうだ。
火の魔法なら熱い、水の魔法なら濡れる、風なら目にゴミが入る、地なら靴が汚れる。
そんな忌避感一つで、魔法は感情に左右されて顕現させられない。
僕は静電気を嫌がる気持ちを、画面越しのテレビで見るような心持ちを作ることで回避してた。
これは前世の経験がないとできないことだろう。
「呪文教えないとか、学園の安全規定にめちゃくちゃ抵触しますよ?」
「ここは学園ではないだろう。ましてや杖という武器も持ちえない魔法を、ことさら危険がるな」
「トトスさん、学園だって無手の生徒が魔法暴走させた例があるから、暴発防ぐ杖と呪文の徹底が決まってるんですー」
ルキウサリア出身らしく、レーヴァンが安全考慮の上では必須だと語る。
それならそれで、僕は魔法使わないからいいんだけど。
ウェアレルに基本は教えてもらって思ったのは、サッカーなんかのスポーツの基礎練みたいだなと。
まず体力作り、体作り、そして怪我の防止からルールの暗記。
これが魔力を使う練習だったり、暴発しないようにする精神の修練だったりする。
体を動かすならまだやることあるけど、魔法の前段階は目に見えないし、自分の感覚次第すぎて自分でもどれだけできてるか把握できず、達成感が微妙だった。
(あぁ、だから派手な魔法が好まれるのかな? なんにしても、魔法極めるよりも錬金術の実験してるほうが楽しいんだよね)
(であるならば、帝都の酒店へ向かい封印図書館で得た知識の実証を推奨)
(わかってるけど、まだ戻ったばかりだし、ルキウサリアとの交渉もあるんだから)
セフィラが封印図書館から写し取った知識は、僕もまだ未確認な部分が多い。
けれどその中に大型の蒸留装置のことがあったのは報告されていた。
もうお酒を造り始めて五年になるし、ちょうどいいから使おうとは言ったけど、隙あらば外に誘うようになったのはどうなんだか。
まだ宮殿でやることあるし、今日なんて用があってレーヴァン呼んだのに。
「今日呼んだのは、ハドリアーヌ王国への手紙の件だよ」
「あぁ、聞いてはいますけど…………亡命でもするんで?」
「何を疑ってるの」
「いやぁ、別にぃ?」
僕から目を逸らした先ではイクトが睨みをきかせていた。
レーヴァンはそれ以上何も言わないと示すように、目をしっかり閉じて口も閉じる。
亡命は本気じゃないだろうし、ハドリアーヌが今面倒な情勢なのはわかってるはずだ。
だからってルキウサリアはストラテーグ侯爵が懸念してたように、僕を抱え込んでも危険のほうが大きい。
牽制まがいのつもりだろうけど、まだ僕は皇子なんだからちょっと亡命は刺激的な言葉選びすぎる。
「今回は検めるのなしだから、封蝋もしてあるよ」
「こっちも立場があるんで聞いておきますけど、不穏なもんじゃないですよね?」
「本当に何があると思ってるの? 言ったとおり、帰り際にナーシャ王女に謝罪の手紙を貰ったからそのお返しって」
「宛名も何もないこれ、世間じゃ密書って言うんですよ?」
「僕の印章使ったりしたら、王位継承に関する争いに悪用されかねないって忠告したのはストラテーグ侯爵でしょ」
もちろん中身も、ナーシャ以外には僕と特定されないようには書いてある。
そしてその怪しい密書を仲介するのは、ストラテーグ侯爵に縁がある者たちで、ルキウサリア経由でハドリアーヌ王国まで届けられる手はずだ。
来年には僕もルキウサリアに行くのでこの形を取った。
それをハドリアーヌ王国第二王女のナーシャにも伝える内容になっている。
「その割には楽しそうですね?」
「港ってどんな感じなのか楽しみだしね。海に出る船も絵でしか見たことないから実際のところ教えてもらえるのは得難い機会だよ」
「はぁ…………本当、そういうところは年相応なんですね」
結局何しても不満なのかな、この無礼者は。
けど残念ながら僕は好奇心を満たすこの機会を逃すつもりはない。
レーヴァンは手紙を受け取ると、何故かまだいる。
見れば、どうやら向こうも用事があったようだ。
「テスタ老の帝都入りを知って、各種ギルドにお貴族、学者が来賓として招きたいってラブコールしてます。が、あのご老人、第一皇子殿下を後にして受けるわけにはいかんと妙に頑固なこと言ってんですよ」
つまり僕からお呼びがかかるのを待ってるそうだ。
「えー? 人が違いすぎない? 最初もっとカリカリしてたのに」
「いやぁ、老い先短いのに夢見た研究できるようになったところが手詰まり長くてここ数年、あの調子だったそうで」
その上で八百年前の文物を当たって考古学者のようなことをしていたそうだ。
それによって歴史的発見もしており、元が薬学のほうで著名なため才能豊かと言われていたりするらしい。
ただそれに本人は満足せず、余計にカリカリしていたとか。
「で、そこに殿下ですよ。縄張り荒らされたと思ったところが、錬金術っていう新たな可能性突きつけて来られて」
「帝都に来たいっていうからついて来るのを容認しただけなのに」
「俺は門外漢なんで全くわかりませんが、どうも精神修養がどうの、錬金術に語られる神秘の解釈がどうのと、ストラテーグ侯爵のお宅で錬金術関連の書籍積み上げてお勉強してるそうです」
それ、僕をお断りの言い訳に使ってるだけじゃない?
父に掛け合って、先に帝室図書の閲覧ができるようにしたのまずかったかな?
「なので、ストラテーグ侯爵としても付き合いがあるんですから、いつまでもテスタ老を囲っておくと周りから突き上げ食らうんです。動くならいつ頃行けるか早めに教えていただけると助かります」
「まだ陛下は忙しいと思ってたけど」
「皇帝陛下動かすなら早めがいいんじゃないです?」
レーヴァンが言うことも一理ある。
僕が悩んでいるとイクトが提案した。
「妃殿下に、先にご相談なさってもよろしいのでは?」
「今回に関しちゃ、陛下の権威強める方向でルカイオス公爵も邪魔しないでしょうし」
ヘルコフも賛成してくれるなら、それで行こうかな。
「あ、それともう一つ。留学で誰連れて行くかも早めに教えてほしいとルキウサリアから」
「誰って、だいたいここにいる人を…………」
言いかけたら、壁際に待機してたノマリオラが滑るように近くにやって来た。
「どうか、私のご同行をお許しください。できれば妹も雇い、見習いとしての教育を、是非に」
「え、え?」
なんかしれっと妙なこと推して来た、っていうか跪かないで。
「私もどうか。ルキウサリアでも勉学をなさるならばやはりもろもろの物品の購入が必要になると思いますので同行のお許しをいただきたい。こちら同行に関しての関係書類になりますので」
「ウォルドも? 準備早すぎない? 部署的にいいの? …………って言ったら、一番だめなのイクトか」
見ればイクトは目を瞠って固まっていた。
どうやらついて行く気満々だったようだ。
けど宮中警護だし、一時的に行くならまだ特例で許されたけど、留学は年単位で住み込むから、たぶん無理だよ。
「すぐにストラテーグ侯爵に」
「ちょ、トトスさん。さすがに無理なもんは無理ですからね?」
動こうとするイクトにレーヴァンが待ったをかける。
どうやら帝都に帰って数日。
まだまだ入学準備は終わりそうになかった。
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