147話:留学準備2
父と難しいお話を終えて、僕は妃殿下に帰還の挨拶を行った。
もちろんついでに弟たちとも会う下心は多分にある。
けど僕が妃殿下のサロンへ行った時に出迎えたのは妹だった。
「アニーウェ!」
「ライア」
四歳の美少女が興奮して舌っ足らずになりながら、満面の笑みを浮かべる。
駆け寄って抱きつく姿は双子のワーネルとフェルと同じだ。
ただ抱き止めると、双子なら腕に余るほどだったのに、僕自身の成長もあって、ライアは腕にすっぽり抱きしめられた。
「うふふ、うふふふふ、あはははは」
「ライアはご機嫌だね」
抱きつくのが気に入ったのか、上機嫌で笑い続ける。
別荘に行った時には僕を覚えておらず、警戒ぎみだったのが嘘みたいだ。
赤ん坊の頃の気難しさや、同母兄であるテリーが距離を詰めることに戸惑っていたこともあって、そういう性格かと思っていたけれど。
どうやら僕を兄と認識した今は、双子のような懐っこさを発揮している。
「アーシャがまたお出かけしていないと、数日前まではとても不機嫌でいたのですよ。本当に兄上が好きね、ライアは」
「うん!」
微笑ましく話しかける妃殿下に、ライアは元気に返事をする。
そんなやりとりに、僕は心の中で幸せを噛み締めた。
けど兄としてお手本も忘れずにいないとね。
「ライア、僕も会えて嬉しいよ。でも、もう少し落ち着こうか。ほら、座ろう?」
手を引いてソファに案内すると、ライアは上機嫌なままついてくる。
けど座る段になると止まった。
「兄上、抱っこ」
「う…………、いや、今は…………」
弟も可愛いけど妹はもっと可愛いかもしれない。
けど妃殿下の前だし、そこまでするのは。
そう思って見ると、妃殿下は疲れた様子でゆるく首を横に振っていた。
「ごめんなさいね。ライアはお膝に座るのがとても好きで。アーシャがいない間に、戻ってきたら座らせてもらえるようお願いしてもいいと言ってしまったの」
そうとうぐずったらしい。
その辺りは赤ん坊の頃と変わらないようだ。
「私のお膝で満足していてくれた時は短かったわ」
少し残念そうな妃殿下に見守られながら、僕は失礼してライアを膝に乗せる。
僕ももう十三歳で、四歳のライアを乗せてもしっかり支えられる。
とは言え、この状態だと大人ほどの背がない僕は椅子に徹するしかない。
…………ライアがとても上機嫌だしいいか。
ハーフアップにした金髪が、楽しげに僕の目の前で揺れてる姿は悪い気しないし。
「あのね、ライアね、兄上に見ててほしいの」
「何を見てほしいのかな?」
上機嫌なまま、急ぎすぎて言葉がつかえているのも可愛い。
ただ何をしてほしいかはわからないから、僕はライアに促す。
ライアの頭越しに、まだ小さな両手が、前に突き出されるのが見えた。
次の瞬間、小さな爪に覆われたライアの指先から、パチッと音を立てて紫電が短く発される。
「できた! アニーウェ見た!?」
「うん、見たよ。…………驚いたな。ライアは雷の魔法なんて使えるの?」
ライアに応じながら妃殿下を窺うと、困り顔で息を吐く。
「あなたがルキウサリア王国へ行っている間に、使えるようになったのです」
「怪我などは?」
「今のところドレスが焦げる程度ですから、本人に害はありませんよ」
「それは、思ったよりも威力のある雷を起こせるようですね」
今見せてくれたのは、強めの静電気程度だった。
それでも雷は風属性の魔法の上位に位置づけられる魔法だ。
僕の周りで使える人なんて、学園でも優秀と言われた風属性のウェアレルくらいのもの。
この世界の魔法の常識として、風属性の魔法を極めた末に到達しうるのが雷属性。
それをいきなりこれなら、ライアは魔法の天才児と言える。
「時折、子供の頃に強い魔法の適性を示す子がいるとは聞きますが」
「えぇ、ライアもそうなのでしょう。ただ、そういう子供は往々にして、成長すると魔法適性を失うのは知っていますか、アーシャ?」
僕も小器用に魔法を使うせいで、ウェアレルに心配されたことがある。
あまりにも幼い頃に強力な魔法を使うと、大きくなってからは上手く魔法が使えなくなることがあるそうだ。
そのため才能の前借りと揶揄されることもあるとか。
僕の場合は前世の記憶から、イメージが固定しているためだ。
逆に安全配慮の上で日常生活に使っていた範囲だから、強力なことはできない。
たぶん才能の前借りと言われる状態は、幼い故の疑いのなさと怖いもの知らずから。
成長してから使えなくなるのは、その幼い頃の感覚で使おうとして、成長して得た常識や理性と乖離してしまうからじゃないだろうか。
「ライアに魔法の家庭教師をつけることはすでにお考えですか?」
「今、陛下とルカイオス公爵閣下が相談の上で検討をしています」
血縁の孫にはしっかりしてそうだから、そっちは大丈夫かな。
テリーの元家庭教師のハドスは性格はあれだけど、ここを辞めてからルキウサリアの学園に再就職ができるくらいに実力はあった訳だし。
今回は父も噛んでいるなら、テリーの時ほどのことはないと思う。
「アーシャ、ライアにどうして雷の魔法を使えるのかを聞いた時に、あなたが使っていたと言っていたのだけれど」
「え、僕ですか? …………もしかして錬金術の実験、かもしれません」
ライアは水鉄砲で遊んだ時に、兄たちに置いて行かれたと猛抗議をした。
その後は時間が合えば僕の所に来るようになっている。
その中で電気を銅線に流してパチッとさせるのを見せたことがあった。
もしあれを見たせいで、ライアが雷を使えるようになったとしたら?
僕は銅線に模して、両手の人差し指をゆっくり近づける。
本来はプログラミング言語のような呪文を作るところからだけれど、今は思いつかないから省く。
後は確固たるイメージに頼るしかない。
違うイメージや、できないかもしれないなんて弱気は厳禁だ。
それと同時に魔力を操る感覚も必要で、どちらがぶれても魔法にならない。
だからこそ反復練習と、プログラミング言語のような呪文によるイメージの固定が魔法体系として定着している。
「…………あ」
「きゃー! アニーウェもパチって! 母さま! アニーウェもできるよ!」
指の間を走る静電気に、ライアは大喜びした。
ただ僕は本当に静電気をなんとか発生させた程度。
ライアは服が焦げるくらいとなると、スタンガンレベルだと思う。
僕は目を瞠る妃殿下に、考えられる説明をしてみた。
「僕が錬金術の実験で見せた雷を真似しているようです。実際見せたのは今くらいの弱いもの。けれどライアからすると、服を焦がすくらい衝撃的な威力であると誇大に想像して、魔法にしているのではないかと」
「つまり、理屈ではなくあくまで想像の上で? そうなると、成長するごとにやはり使えなくなりそうなのね」
妃殿下はちょっと残念そうだ。
けど子供の頃のままじゃいられないのは大人だからこそ想像がつくことで、大人は子供の頃何を考え行動したかを忘れ去ってしまっている。
「知っていることと知らないことでは魔法の精度に差がでます。それで言えば、ライアは、雷は空から落ちる以外にも存在すると知りましたから、他の魔法使いよりも使いやすいことに変わりはないかと」
「けれど、雷の魔法を教えられる魔法使いは、あまりいないわ。その上で、基礎を教えて行っても今のまま使うことはできないでしょうし」
「いえ、基礎を知った上でその後に使おうとライアが願い腕を磨くなら、きっと使えるようになるでしょう。まずはライアが魔法を恐れて使えなくなるようなことがないように気を付けるべきかと」
「そう、そうね。ライアが笑って楽しんでいてくれるなら、それが一番ね」
別に魔法を極める必要はないし、やりたいと思ったならやっぱり基本は大事だ。
妃殿下も安心してくれたようなので、後はドレスを傷める魔法への興味を別に向けよう。
「妃殿下、お花をいただけますか? …………ほら、ライア。こういう魔法はどう?」
僕は飾ってある花をもらって、がくから上を取る。
まだ花弁がまとまっている状態で掌の上に乗せてから集中をした。
使う風の魔法は初級だから、プログラミング言語的な呪文を覚えた上で、脳裏にしっかり思い描くだけでいい。
難しいのは、空気清浄機のように風が吹き出すイメージ頼りで制御することだ。
僕は焦らないように優しく掌から花の下に風を送り込んだ。
浮き上がる花は、がくが取れているので花弁はほどけ、円を描きながら風に舞い上がる。
「わぁ…………きれい、きれーい! やる、ライアもやるー!」
成功して気を抜く暇もなく、大喜びしたライアが膝の上で即座に身を返し、僕に抱きついてくる。
どうやら、危険な雷の魔法から意識を逸らすことには成功したようだった。
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