144話:留学下ごしらえ4
「というわけで、どうしようか?」
「…………何故こちらに持ち込むのです?」
ルキウサリアの王城に滞在していたストラテーグ侯爵が、僕とテスタの訪問を受けて項垂れている。
「ルキウサリアとの繋ぎ役だし?」
ストラテーグ侯爵は現在、ルキウサリアの貴族として王城で動いていた。
帝国の侯爵家は入り婿なので、侯爵家としてではなくあくまで帝都に居住するルキウサリア貴族として動く方がやりやすいとかなんとか。
そういう身分の使い分けは、高位貴族として当たり前だそうだ。
皇帝も色んな称号を持っているから、行った先の土地で知名度の高い称号を併記するとか過去ではやっていた。
まぁ、僕の父は国外に行かないからやっていないんだけど。
というか、皇子なのに領地も持たず、爵位も預けられずと言った僕の状況が前例から外れる。
そしてそんな前例から外された僕と、同じ扱いに留められているテリーたちもまた皇子という身分以外にない状態に置かれていた。
父の配慮なんだけど、テリーたちは帝室に残る分、実績と経験は必要だと思うんだけど。
「あ」
「「「え?」」」
「うわ…………」
「なんだ、どうした?」
僕が声を漏らすと、側近三人が警戒感を出す。
それを見てレーヴァンが嫌そうな顔をすれば、ストラテーグ侯爵も嫌な予感ありありの顔でレーヴァンに聞き返した。
「皇子さまが、面倒ごと思いついたんだと思います」
「面倒ごとを解決する手段だよ」
訂正してもストラテーグ侯爵は眉間を揉んですでに悩んでいる。
「殿下、現状あなたが提案したもろもろの留学に際しての調整で、こちらの王城は手いっぱいの状況でしてね」
実は留学や図書館閲覧以外にも、その後の封印図書館の扱いを話す中で、色々留学中にしてほしいことを提案してしまっている。
ルキウサリア側も、危険物を安全に利益に変えるには僕の助言必須と理解していた。
なので全面的に受け入れ状態なんだけど、やっぱり急にことは動かない。
その上、八方美人が国是の国なので、あからさまに便宜を図っていると他から睨まれる。
そのため今から、急いで根回し下準備をした上で動くという、お国柄故の手間がかかっていた。
「うん、だからそれの一助もできるかなって。まずテスタの帝国行きは、了承してるの?」
僕の問いにストラテーグ侯爵は、九十代老人をじっとりと見つめる。
「その申し出はすでに聞いてはおります。しかし、学園は今テスタ老の学派が一斉に片づけを始めていてそれどころではない。こちらとしても調整や処罰で手が回っておりません」
おっと、そう言えば派閥持ちの頑固爺だった。
昨日の今日で王城側の手も回っていない内に動いているらしい。
そして国王側より僕のほうが発言権強いと見て直談判してるな、これ。
そう言えば、封印図書館の解放を聞いて翌日には乗り込みに行くようなアグレッシブさ。
錬金術学びたいから帝都へ行こう! なんて、乗りと勢いで実現させてしまえる性格と権限があるんだろう。
「今、封印図書館は毒が発生してるって理由で立ち入り禁じて厳重警戒でしょ? だったら、いっそこの人をルキウサリアから出せば、毒で入れない、今は研究できないって言い訳の駄目押しにならない?」
「なるでしょうな。わしは残った生涯を封印図書館の発見に費やすと公言し、私費を投じて今日まで研究をしていることは、ルキウサリアの学者の間では有名な話ですしのう」
本人が肯定して、何やら深く頷く。
「良い案であると思いますぞ。わしが引けばそれだけの理由があると周知されるでしょう。また錬金術がなければ先に進めないとでも流布すれば、誰もがまず学園に問い合わせる」
このルキウサリアでも錬金術は衰退していて、公的な学術機関は学園だけ。
だけどそこに所属する教師も一人という状態だ。
眉唾な錬金術のイメージから、下手な相手に頼っても成果はない。
だったら学園に残ってる教師一人しか、確実な錬金術の使い手はいないと判断される。
「確かに錬金術を身に着けるところからと、テスタ老が方針転換をすれば目が逸れる。王城も毒からテスタ老の命と知性を守るため、国外に出したと説明すれば、信憑性も増しますな」
「けど錬金術にそれほどの価値見出す理由づけ、なんにします?」
ストラテーグ侯爵が納得しかけたところに、レーヴァンが疑問を呈す。
「八百年前は錬金術の黎明期。その頃の技術的な歴史考証を理由にすれば納得もされよう」
テスタが言うように、錬金術って八百年前は現役で、その頃帝国も錬金術で土地を改良していた。
隠されてた天才よりも、大々的にやってた帝国のほうが世間的な認識では錬金術が盛んだったんじゃないだろうか。
その黎明期から最盛期、そして凋落までが百年くらいで、錬金術は急速に消えている印象だ。
実際は各地に名残があるけど、薬師のように専門化されてて錬金術とは違うと思われてる可能性は高い。
今となっては再現不可能で伝説扱いだけど、考えてみれば黒犬病で人口自体が減ってる。
あれでもしかしたら、錬金術師自体の数も相当減ってしまったのかもしれない。
(薬作るのも錬金術だし、封印図書館の人員みたいに疫病地域に派遣されて帰らない錬金術師多かったのかな)
(由々しき事態です。主人にはその知識を全て文献として書き残すことを推奨)
(それすると、宮殿に帰ってから封印図書館で手に入れた錬金術の再現作業もできなくなるけど?)
(…………比較不能)
おぉ、セフィラが答えを出せずに黙った。
どうやらセフィラにも葛藤というものがあるようだ。
セフィラが黙ると同時に、ストラテーグ侯爵とテスタの理由づけに関するすり合わせも終わった。
どうやら毒を理由に帝都行きは了承されるようだ。
「じゃあ、次は僕がさっき思いついたことを…………」
僕が語る間、ストラテーグ侯爵とレーヴァンは難しい顔。
テスタは帝都の様子を知らないので聞きに徹し、側近三人は、聞くごとに口元に苦笑いが浮かんでいた。
「…………ということで動くと、ルカイオス公爵って邪魔してくると思う?」
「何故それを…………私に持ち込むのです…………?」
がっくりとうなだれたストラテーグ侯爵が、同じ言葉を繰り返す。
「ユーラシオン公爵の動きの予測でもいいよ」
「うわぁ、やっぱり面倒ごとじゃないですか。そこ知らないふりしてもいいけど、上手くいかないと、公爵連中がルキウサリアに横やり入れて来た時庇えないぞってことでしょう?」
レーヴァンに笑顔だけ向けて、僕はストラテーグ侯爵の答えを待つ。
実権も何もない僕がバランサーとして動くよりも、派閥で足場を固めているストラテーグ侯爵がこなしたほうが確実だと思うんだよね。
その上で侯爵家の婿で、ルキウサリアの貴族という立場は、両国の関係において安全策を講じられる位置につけるから悪い話でもないだろう。
実務の面倒とそれをこなす体力と気力の面以外では。
「色々貸してる気がするんだけどな?」
「うぐ…………やはり早い内に返しておくべきだったか…………」
心当たりのあるストラテーグ侯爵は、呻くように呟いた。
もちろん僕も、ルキウサリア国王との交渉に口を挟んだことは忘れてない。
「まず、質問にお答えするならば、ルカイオス公爵は皇帝権力の強化には積極的ですので、皇帝陛下の利となるならば邪魔はしないでしょう」
そもそも父を皇帝に引き上げたのがルカイオス公爵だしね。
そして確実に次代のテリーの御代を見据えて行動している人物でもある。
父が今皇帝権力を強めれば、それは時と共に次の皇帝へ受け継がれるので邪魔することはない。
「…………第一皇子殿下が絡むこと以外では」
「そーだねー」
ストラテーグ侯爵の言葉に頷くしかなかった。
政治関係は基本的に父の宰相位置で、如才なく国家運営をしてる人だ。
なのに僕が絡むと途端に父と対立して妨害工作をしてくる人でもある。
そういう予想もあって、僕はストラテーグ侯爵に声をかけてもいるんだよ。
「問題減らすためにも僕は前に出ないことにして、そうなるとやっぱり問題はユーラシオン公爵? どんなことしてきそう?」
「すぐに思いつくのは、同じことをしつつ、皇帝陛下よりも盛大に行うことでしょうな」
つまり父よりも自分がすごいと見せつける方向で邪魔するようだ。
後発となれば、二番煎じと笑えないほどの規模にして同じことをしてみせるんだろう。
僕が考え込んでると、レーヴァンが溜め息を吐く。
「もう思いつくこと出し尽してください。後からまた借りがどうこう言われても面倒です」
考え込んでるのを何か悪だくみとでも思ってるのかな?
父の実績作りに頭を悩ませてるだけで、もうストラテーグ侯爵にしてもらうことなんて。
「…………あ」
「なんでしょう?」
「そんな嫌そうに聞かないでよ。大したことじゃないよ。ただちょっと、ハドリアーヌ王家に伝手があるかなと思って」
「あの短期間で何を…………いえ、人を紹介してその後はそちらでしていただけるなら」
ストラテーグ侯爵はそっちには触らないと言わんばかりで、どうやら今はルキウサリアのことに集中したいようだった。
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