143話:留学下ごしらえ3
頑固爺改め、封印図書館研究の第一人者テスタがやって来た。
「大変、ご不快を招いたかと思いますれば、皺首差し出しても謝罪となりませぬ。しかし、どうかルキウサリア王国に今一度チャンスを」
「なんかすごい下手なんだけどどうしたの?」
思わず僕は言葉を遮ってでも、顔を知る助手に聞いてしまった。
こっちはイェドローという家名だそうだけど、テスタはノイアンと名前で呼んでる。
(なんか言いにくい家名だけど、だからこそ聞き覚えがあるような?)
(帝国貴族名鑑に該当あり。また帝国王族名鑑にも該当あり)
セフィラは好奇心旺盛な上、その知的取集に分野を問わない。
だから専門職ぐらいしか開くことのない分厚い名鑑なんかも、走査しているようだ。
そして僕も一応は王族相手に接待をしたことあるので、王族名鑑を開いたことがあった。
どうやら助手のノイアンは、帝国傘下の国の王家に所縁ある人物だったようだ。
まぁ、帝国皇子とルキウサリアのお姫さまの随行員任されるだけの血筋の良さがあったんだろう。
腰抜かしたり、テスタの暴走に謝り倒してたイメージしかないけど。
「皇子殿下のゆるぎない慧眼は、我々凡夫にとっては一日の検証を擁してようやく飲み込めるものでした。さらには、先日の機械人形の語った黒犬病は、我が国の王に危険を説かれた内容と合致するほど。その先見はもはや疑いようもなく…………」
封印図書館発見で逸ってたテスタも、黒犬病が人災と知って興奮が冷めたらしい。
その後に僕とルキウサリア国王との密約の話を聞いて、国を守るため学術を続けるためには僕になんとしても謝り倒さなければと、こうしてきたようだ。
ちなみに頑固爺だったテスタ、実は帝国でも著名な学者だと、昨日ウェアレルに聞いた。
今でこそ長年の夢である封印図書館の発見に心血注いでいたが、回復薬の安定供給のための基礎理論を発表した人だとか。
それで得た名声と金で封印図書館研究をしていたという。
「生を受けて九十四年。死を明日に見て焦り惑い、先人の忠告も、賢人の助言も耳に入らぬ無様を晒しました」
テスタはどうやら本当に反省してるらしい。
「この老骨を関わらせることへのご不審は、重々。その上で、封印図書館の神秘と悔恨を一瞥で看破された皇子殿下の薫陶いただけたら」
うん? 謝罪と後悔の言葉はわかるけど、今なんか?
僕が戸惑ってる間に、テスタは一枚の羊皮紙を差し出した。
「こちらが、皇子殿下がお望みの傷病回復薬、通称ポーションのレシピとなっております」
上質な羊皮紙に、金箔の縁飾り、上質な黒のインクで書きつけられたポーション作成の材料と手順。
「お願いしておいてなんだけど、これルキウサリアの秘匿技術でしょ。本当に良かったの?」
実は昨日、すでにテスタは謝罪とそれを表すためにできることはないかと言って来てた。
それでウェアレルに経歴を聞いて、試しにお願いしてみたんだ。
ポーションのレシピを見せてくれないかと。
まさか本当に持ってくるとは。
良くて製作途中の実物と思ったのに、大事に保管する専用のレシピの実物だなんて。
「我が国の陛下からもご許可を得ておりますのでご安心を。何より、あの緑尾の才人が技術革新とも言える伝声装置を皇子殿下の薫陶を受けて開発した事実があります」
ウェアレルは伝声装置を披露して実験もしてみせた。
僕は実験後、ディオラとお茶して帰ったけど。
どうやら僕がいない間に、ウェアレルが作った伝声装置にはすでに改良版があることを匂わせたようだ。
それでルキウサリア国王も、改良点が見つかるならばとポーションのレシピの開示を承諾したらしい。
もちろん秘匿技術だから、他言無用はお願いされた。
「うん、そうだね…………。ノマリオラ、持って来て」
「かしこまりました」
僕はレシピを確認して、控えていたノマリオラに合図を出す。
ノマリオラはポケットから一つの瓶を取り出し、もう一つ折りたたんだ紙を並べて机に置く。
それは僕もノマリオラも見慣れた不完全エリクサー。
毒物としか言えない鉱物ばかりを使って作るエリキシルを真似して、毒性がないように薬草を使って作った薬だ。
「これは僕が錬金術の手法で作った回復薬。不完全エリクサーって僕は呼んでる。効能はこのノマリオラの妹にお願いして確認済みだよ」
その薬草も宮殿で手に入る範囲だ。
庭師たちに廃材からもらうんだけど、最近ではもらいに行くとわざわざ切ってくれたりする。
手が滑ったとか、切りすぎて整えるために切らなきゃいけないんだとか理由つけて融通してもらえた。
しかも庭園管理の貴族が、元近衛のお家取り潰しの余波を恐れて田舎に引っ込んだため、人員が変わったとか。
前よりも融通が利くと言っていた。
「ここに書いてあるのはこの不完全エリクサーの作り方。で、こっちが今見せてもらったポーションのレシピだ」
不完全エリクサーの作り方を書きつけた紙の隣に、立派なレシピの羊皮紙を並べる。
そうすると、使う材料こそ違えど処理する行程が驚くほど似ていた。
「ま、まさか…………。いや、これを皇子殿下が錬金術から作ったというのならば、ルキウサリアに伝わるポーションは?」
「たぶん錬金術を元に作られた技術だろうね」
普通に考えれば、毒の抽出に特化していると悪く言われる錬金術は、薬効成分の抽出に特化しているとも解釈できる。
つまり、錬金術の中でも今に伝わる薬作りの技術があるんだ。
「し、失礼をして」
テスタは興奮ぎみに不完全エリクサーを手に取り蓋を開けて匂いを嗅いだり、光にかざして色味を確かめる。
さらには指先に一滴取って舐めてもみた。
「…………むぅ、確かに処理の行程、そして処理の理由も同じようだ。その上で材料を異にして完成させていると。これはどのような効能で?」
封印図書館研究は言わば趣味で、テスタが世間に認知されているのはこのポーション造りであり、本職とも言える。
ノマリオラは懇切丁寧に妹の病状と回復の様子を語った。
こちらも妹を大事にしているため変化を詳細に、妹の感想も交えて説明をする。
「テスタ先生、これはもしや小児用ポーションとも呼べる新薬では?」
ノイアンが言うには、ポーションは効能も供給も安定したが、子供が服用すると重篤な副作用があるそうだ。
その上、子供に過剰に摂取させるなと注意しても、毎年事故報告が届くという。
「うむ、うむ。そう、確かに体力もなくなった子供にポーションは効きすぎる。しかしこれは症状の軽減からの回復の補助となれば、子供でも安全に服用できるだろう」
「もともと病弱と言われた弟のために作ってたから、刺激は強くないようにしてあるよ」
そのフェルも食べないということを徹底したお蔭で、今は双子のワーネルと同じくらい元気だ。
元から台所に近づくことがない上に、台所で働く人とも直接会わないので暗殺騒ぎに発展して以来アレルギーを起こしてもいない。
だからちょっと不完全エリクサーの研究は後回しにしてたんだけど。
せっかくルキウサリアに来たし検証できればいいな程度で出してみた。
ところが、どうやらテスタたちからすると大発見だったようだ。
錬金術の基礎を知らない状態で手探りだったため、ポーション作りはテスタ以前は全然進展してなかったとか。
「薬師も結局は錬金術の流れだと思うんだけど? そこはどうなの?」
「魔法を加えて短縮をする以外は、地道に丁寧に作る昔ながらのやり方ですな」
薬師は膨大な薬と材料の知識を詰め込む専門職。
需要はあるけど薬師自体の数は大きく増えず、そのため新たな開発や伝えられる薬の効能に関する研究は、テスタたちのような学者が担うんだとか。
その上で、蒸留器なんかは錬金術ではなく薬師の道具と認知されている。
だからかつて錬金術に縁のなかった酒店のモリーも、形と用途を聞いて手に入れることができた。
「皇子殿下、ご意見を頂けまいか。錬金術を学ぶことで薬術、それ以外の技術の向上に寄与することはあるでしょうか?」
「あると思うよ。魔法自体もたぶん、錬金術知ってるかどうかで変わるし」
僕はガスコンロをイメージして火を出す。
炎と言えば木を直接燃やすオレンジ色が主流だけど、僕はガスを燃焼させる青みがかったものを簡単にイメージできて、しかも揺るがない。
これは錬金術とは違うけど、どうしてこんな色の強い炎ができるかをわかっていれば、それは確実に魔法の威力に転嫁できる。
「皇子殿下が封印図書館を発見されたのは錬金術という他とは違う可能性を見据えたため。ましてやその精神のあり方は今後封印図書館に関わる者の先駆けとして見習うべきでありましょう。であればどうかこのおいぼれに錬金術の伝授をば」
「…………はい?」
真剣な顔で早口に迫られ、僕は聞き直す。
「どうか、帝国まで共に学びに行くことをお許しください」
うん、なんか変なことになったぞ!
ともかくその前のめりやめて!
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