142話:留学下ごしらえ2
ルキウサリアにある帝室の屋敷は、タウンハウスと言われる奥に長い建造物だ。
出入り口は馬車道に面しているけど、以前からの帝室の持ち物周辺なので、帝国貴族も憚って近くに入居はしない。
そのため壁がくっつくようにして建つ片側は空き家で、もう片方は空き地になっていた。
だからここに来るってことは、この屋敷に用があるわけで。
なのにアポなしの上に騒ぐという暴挙をしている人がいる。
相手はルキウサリアが誇る学園という組織を統括する学園長だとか。
「いえ、動きませぬ。動けませぬ。どうか殿下にお取り成しを。我々が学園内での騒動を抑止しきれなかったとお怒りになるのはごもっとも。ですからこうして謝罪をしにまいったのです。それさえままならぬとおっしゃるならば、こうしてお心和らげるまでを耐え、誠意をお見せせねば」
めちゃくちゃ喋るな、学園長。
もしかしてこっちでも学校の先生って話長いの?
「謝罪って言う割に一言も謝らないし、何が悪かったかも言わないね」
姿を見せず、僕は玄関奥で様子を窺った。
学園長に対応するのは、屋敷の管理をしている年かさの男性でこちらからは背中しかみえない。
屋敷の管理者がどんなに諭しても突っぱねても、学園長とその取り巻きは帰ろうとしないようだ。
僕らと一緒に玄関を眺めるノマリオラも、招かれざる客と見なしていた。
「憐れぶって周囲にアピールするだけ。完全にこちらを舐めています。今すぐルキウサリア国王に苦情を入れるべきです」
「それもありだが、あっちに罰下るのは目に見えてる。破れかぶれのパフォーマンスだったとして、下手に圧力かけたのが目に見えるとやりすぎだといい出す奴も出るだろう」
ヘルコフも気に食わないようだけど、関わらないほうがいいと判断するようだ。
「とは言え、あそこを塞がれては邪魔なのも事実。裏から出て、気づかれないよう王城に報告を上げるのが排除のためにも早いかと。レーヴァンがいれば走らせたんですが」
イクトが言うとおり、今日はレーヴァンもいない。
ストラテーグ侯爵には帝国に帰ってからやってもらうことできたから、そっちの応援に行ってもらってる。
今から手回ししないと、皇帝派閥扱いされそうだと愚痴をこぼしてた。
貴族で派閥確立するって大変だなー。
そう思ってると外の声が変化したことに気づいて、ノマリオラが様子を見にいく。
「どうやら付近に住む貴族の家から様子を窺う者たちが集まっているようです。中には学園長がいると知って自ら声をかける貴族が現われています」
調子に乗った学園長は、行き違いだの処分が厳しすぎるだの訴えているようだ。
それで同情の声を上げる者もおり、お蔭でこっちの屋敷の管理者が完全アウェー。
「そんなことしても、反省してないってことを証言する人間増やしてるだけなのにね」
これで頭を抱えることになるだろうルキウサリア国王がちょっと憐れだ。
学園の知名度を考えると、学園長という立場は国王一人の裁量で軽々に動かしていいとは思えない。
それでもルキウサリア国王としては封印図書館のことがあるから、帝室に配慮する必要がある。
そうなるとこの学園長を据えておくことは害にしかならないけど、国王の独断で首を切れるかはわからない。
その上でここまでやられたら処罰してもらわないとこっちも引けないので、やっぱり困るのはルキウサリア国王だ。
「っていうか、ディオラが学校長や学園長じゃなく国王に持って行ったのって、この人となり知ってたからかな?」
「あのお姫さま、聡明ですもんね」
ヘルコフは僕に相槌を打つと、耳をそばだてた。
「なんか大物来たみたいですよ?」
外の声が変わったらしいけど、大物ほど馬車移動をするものじゃない?
そんな音しなかったけどな。
「何を騒いでおる! どなたがおられるかわかっているのか、バカ者ども!」
聞き覚えのある声は、頑固爺もとい、封印図書館研究の第一人者だった。
そして今日アポ取りをして訪ねて来る予定の人でもある。
「馬車じゃないのかな? 歳なのに健脚なのは知ってるけど」
「アーシャ殿下のお住まいに馬車を乗りつける非礼を避けたのでしょう」
イクトに言われてそんな礼儀あるんだと知る。
だって、宮殿住まいだからまず馬車で乗り込んでくる人がいないんだよね。
そして学園長が嘆願をしていたと、調子に乗って訴える声がかすかに聞こえた。
次の瞬間、雷が落ちたような怒鳴り声が響く。
「失態を犯した上にこれ以上恥の上塗りとはいい度胸だ! 貴様の怠慢のために学園どころかルキウサリア王国自体が一人の天才を逃しかけたのだぞ!? 報告も全て挙がっているにもかかわらず何一つその頭には入っていないのか、この欲の皮の突っ張った無能め! 魔法を使わず氷魔法と同じ効果を表す錬金術が行われたのだ! その稀有な有用性が何一つわかっておらんようだな!」
捲し立てる頑固爺に、学園長はしどろもどろになる。
しかもそういう目撃証言あったにもかかわらず、ハドスや一部見学生が訴える詐術という言葉を取り上げて信じてなかったことも自白しているらしい。
「もういい! 貴様のような馬鹿が上に立つ学園などなんの価値もない! わしの研究室の者たちは全て引き上げる! 共同で行っている研究も全て凍結する!」
「何を言っておられる!? そんなことできるわけがないでしょう。国も協賛しての研究なのですよ?」
「お前がこうして帝国の殿下を不快にさせたためと言えば、陛下は即座に応じてくださるわ! それほどのことをしでかしていることも自覚がないことが、何よりの問題だ!」
断言する頑固爺はそれなりの地位だったらしく、周囲も耳を傾け形勢が変わる。
「だいたい、お主はもう学園長であり続けることも難しい己の立場を全く理解しておらん。すでに殿下の申し入れの下、陛下は処分を決定して皇帝陛下へと早馬を送られた。皇帝陛下へと申し上げた処分が実行されないなど、あってはならん」
「ま、まさか、まさか私の更迭などを勝手に約束されたのではありますまいな!?」
「処分が下される間に自分が王城に呼ばれなかった事実を考えれば、こんなところで殿下を煩わせるなどという愚行もできまいが。そんなことも考え至らないとはな」
既に処分が下されているのに、本人には確認も通達もなし。
つまりもう話し合う価値もなく、切られる人材だという証左だと語られる。
ただこの頑固爺、実は処分内容知らないはずだ。
というか、処分も改善が見られなかった場合には段階を置いて厳しく処罰していくという形に治めたはずなんだけど。
まぁ、当の本人が処罰重くするようなことしていることには変わらないから、あながち嘘ではないかな。
「これさ、僕ならこのパフォーマンスで折れると思われたってことだよね?」
「殿下、表に出ないんで大人しいと思われてますからね」
「聡明で争われることがない姿勢を有利だと思い違ったのでしょう」
「そうして考えると、あの老学者はアーシャ殿下が黙っていないことをわかっていての発言なのではないかと」
ヘルコフに続いてノマリオラ、そしてイクトも私見を口にする。
なのでここはお任せをしようと思ったら、余計な声が聞こえて来た。
「これは一体何の騒ぎだ? そこにおられるのは学園長?」
「まぁ、それにそちらにいらっしゃるのはテスタ老?」
ソティリオスとウェルンタース子爵令嬢の声だ。
ユーラシオン公爵も近くに屋敷があり、どうやら行き合ってしまったらしい。
けどなんで公爵家子息なんかが歩いてるのさ。
致し方なく、ここは僕が出ることにした。
学園長に上から物が言える頑固爺も、大国の貴族に喧嘩売るなんてことはできない。
というか、お客なんだからいい加減中に入れてあげないとこっちが礼儀知らずだ。
「いらっしゃい」
僕は屋敷管理者の後ろから、テスタ老と呼ばれた頑固爺に声をかけた。
一緒にいるのは昨日、一昨日と一緒にいた助手。
そして他にもダム湖の島で見た面々がおり、たぶんあっちも助手とかだろう。
「これは殿下、お耳汚しを失礼いたしました」
ソティリオスたちもいるから、喋らず頷くと、ノマリオラが案内に出る。
もちろん僕に声かけようとする学園長は無視。
テスタ老も牽制するし、ノマリオラもそっちには声の一つもかけない。
「テスタさまならびにお連れさま、ご予約いただいていた六名でお間違いないですね」
あえてアポ取りしていたことを明言すると、さすがにアポ取りもせず皇子の滞在する屋敷の前で騒いでいた事実に白い目が集まる。
ただ動こうとする者がいるので、やっぱり僕が喋ることになった。
「ソティリオス…………デート、楽しんでね」
「デ、デートなどでは!?」
「殿下もこうおっしゃっていますし! ソーさま、散歩と言わず遠出でも!」
どうやら付近のお散歩だったようだ。
案外したたかなウェルンタース子爵令嬢は、逃さないとばかりにソティリオスの腕に抱きつく。
僕はさっさと屋敷の中に引っ込むことにした。
ソティリオスは浮気なんてしてないで婚約者と仲良くしていてくれれば、僕も移動中ディオラと楽しくお喋りできたかもしれないのにな。
「さて、改めていらっしゃい。例のものは持って来てくれたかな?」
僕は屋敷内に入れたテスタに声をかける。
屋敷管理者もいるからぼかしたら、なんだか怪しい取引みたいな発言になってしまった。
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