141話:留学下ごしらえ1
ルキウサリア王国では、入学体験から大変だった。
到着初日からハドスと再会するし、次の日の入学体験は打ち切りで国王とお話することになるし。
翌日にはディオラと息抜きのつもりが、封印図書館を発見し、もう一度次の日に行ったら頑固爺がやらかしていた。
そしてディオラに王城で会えることを伝えた翌日。
僕には今日も予定ができてしまっている。
「もう滞在予定半分なのに、次から次に決めなきゃいけないことが」
僕は宿泊先の屋敷でぼやいた。
周りにはヘルコフとイクト、そしてノマリオラが控えているだけで、ウェアレルは今日も不在だ。
今回は昨日みせた伝声機のさらに詳細を求められて王城に上がっている。
ついでにいくらか打ち合わせを任せてもいた。
その上でルキウサリア側からの懸案事項なんかを聞き取って持ち帰ってくれる予定だ。
「問題があるようでしたら、やはり一度再封印すべきでは? その上でアーシャ殿下がいない時の立ち入りを禁止してはいかがでしょう」
イクトが僕のぼやきに応じて提案する。
確かに決めなきゃいけないことで増えたのは、封印図書館についてだ。
封印図書館の文物に関して、基本的に持ち出し禁止はルキウサリア国王と約束した。
だから研究したい者は水底へ降ることになるけど、自力だと抜けられる者が現状僕しかいない。
だからと言って常に素通しは危険だし、宝物庫の時点で八百年前の歴史的遺産だ。
研究者だからこそ、手に取って調べたい、保全したいという欲求にかられ、また罠を発動する恐れがある。
そのために僕が留学してくるまで調査研究は停止を提案してある。
ルキウサリア国王も慎重だけど、その分封印図書館にある危険を把握できていないまま放置というのは、国家元首としてできないとも言っていた。
その点で意見が割れているから、イクトもいっそ再封印と言うのだろう。
「というか、殿下は興味ないんですか? 一番に本に手を出しそうだと思ったんですが」
ヘルコフが内実に触れることを口にするので、僕は一度ノマリオラに理由をつけて退室をしてもらった。
気づかわしげな視線だけど、ノマリオラは侍女らしく口答えせずに応じる。
僕はヘルコフに向き直って空中に手を出した。
するとセフィラが光の玉になって現れる。
「予想はついてると思うけど、二回の来館でセフィラがほとんどの情報をコピーしてるよ」
「「やっぱり」」
うん、そう言うと思った。
っていうか、セフィラがあんな好奇心刺激される場所で大人しいわけないしね。
「そう言えば僕も気になってたんだ。二人とも、あとウェアレルもそうだけど、あんまり驚かなかったよね。あそこに危険があるって聞いても」
最初の時にはナイラの銃の存在を知り、次は疫病を引き起こす研究について知った。
ただそれらに驚きはしても、どれにも騒がず静かにしていた印象だ。
僕の問いにヘルコフとイクトは顔を見合わせる。
「まぁ、すでにお聞きしてましたんで」
「高度な錬金術は世界を滅ぼすと」
「はい?」
驚く僕に、二人のほうがわからない顔をする。
つまり聞いたって、僕から?
「そんな物騒な話ししたっけ?」
「殿下、エメラルド板とかいうのの内容について言ってましたよ」
「紙に書いた文字をインクに戻すようなものと説明をされました」
それは確かに言った。
なるほど、確かにそれは錬金術の神髄は世界を滅ぼすことと解釈できるね。
そこまでのことではないけど、いや、そこまでのことだな。
確か世界の始まりのビッグバンとか考えて話した覚えがある。
世界を作る強大な力は、つまり世界を滅ぼす強大な力でもあるんだから。
「その上で何故アーシャ殿下は今も封印図書館を封鎖しないことに同意なさったのです?」
イクトが言うとおり、僕は情報をすでに抜いている。
その上で帝国へ戻るから、放置状態が何より危険だとわかっていた。
「封鎖まで強く勧めないのは、封印図書館に遺された機材が大きいかな?」
使えないようにはされた博物館的なものだとわかったからこそだ。
機能しないようにされていても、完成品があるとないでは、研究にかかる時間が違う。
「モリーの所で作ってる蒸留器、あれ、コンセプトは一貫してるけど、完成には今一歩のままでしょ。できるはずってところから、できたっていうゴールまでの道のりを短縮できるのは大きいんだよ」
「殿下のお眼鏡にかなうなら、八百年前の天才の呼び名も伊達じゃないですなぁ」
「実際に成果を遺してるだけ、天才のほうが上だよ。ヘルコフ」
封印図書館は危険だけど、それでもなお利点は大きい。
言ってしまえばハイリスクハイリターンだからこそ、再封印に踏み込めない。
あそこがある限り僕はルキウサリア国王の首縄を握ってるも同じであると同時に、僕はルキウサリアと一緒に崖っぷちでもある。
「どう情報を開示していくかが問題なんだ。少なくとも今、帝国を動かすわけにはいかない」
「まぁ、宮殿の出入り長いんで、貴族どもが一枚岩じゃないことは俺でもわかりますしね」
「帝国貴族であると同時に他国の首長もいますから、我欲に走る者は多いでしょう」
ヘルコフとイクトも、僕の懸念を理解して頷く。
ようは僕とルキウサリアが高度な技術を秘匿し続けるためには、やっぱり防衛も兼ねて封印図書館は調べが必要だ。
封印図書館の有用性を知れば、僕らを排除して自ら手を伸ばす者が出る。
しかも技術を扱えるかどうかなんて埒外のまま。
それこそナイラが恐れていた事態になるだろうし、八百年前に封じられた技術は、さらに長く失われることになる。
「両公爵は取りに来ると思うんだよね」
帝国の政治で二大派閥なルカイオス公爵とユーラシオン公爵。
「どちらも他国に対する帝国優位を堅持する方針は同じですからね。帝国で抱え込むことを狙うでしょう」
「だが、それで今の皇帝陛下を奉戴し続けるか、もっと求心力のある奴が玉座を得るかって話だと真っ向から対立するけどな」
他国で他に人がいないからって、はっきり言葉にするイクトにヘルコフ。
ルカイオス公爵は帝国単独での管理をするため、ルキウサリアに任せることを邪魔する。
ユーラシオン公爵はルキウサリアと組んででも、今の帝室に任せることを邪魔する。
そのためにはまず相手を排除して主導権を握る争いが起こるだろう。
「どちらにしてもルキウサリア王国は今のままではいられない」
防ぐ方法を考えるなら国力の増強で、そのために手っ取り早く使えるのが封印図書館になる。
今は僕に賛同姿勢だけど、帝国側の動き如何でルキウサリア国王も変わってくるだろう。
「やっぱり封じたほうが早いのかなぁ」
「非推奨、非推奨、非推奨」
またセフィラが自己主張し、さらには主張を激しくするように光も強める。
「ちょっと、セフィラ。落ち着いて。わかってるから。封じ直すのは問題の先送りでしかない。まだ情報が拡散してない内に手を打つ必要があるとわかってるから悩んでるんだよ」
毒だなんだで調査の遅れを理由にはできるけど、それも数年の誤魔化しにしかならない。
もう見つかったことは広まって止められないんだ。
だったら小出しにして平和利用を重視し、その路線を堅持しなくちゃ。
そのためには、やっぱりしっかりとルキウサリアと足並みを揃える必要がある。
僕はアルフレッド・ノーベルにはなりたくない。
弟たちに死の商人なんて言われる兄の姿を見せるわけにもいかないし、ディオラにその片棒を担がせるなんて絶対だめだ。
「その話し合いのために、今日はこっちに人来るんですよね」
ヘルコフが、なんだか声を低くする。
イクトを見ると、動くヘルコフの熊耳を見ていた。
どうやら外の物音に反応してるようだ。
「客人が来られた、という感じではなさそうですね」
イクトはヘルコフの警戒を読み取って、僕に動かないよう手で指示する。
「あぁ、なんか入り口から動かない上に、どうも言い合いしてて声が高くなってるようですよ、殿下」
ヘルコフが言うと、ちょうどノマリオラがノックをして様子を報せに現れた。
「ご主人さま、予定外の来訪者が参っております。すでにアポイントメントをいただいたお客さまがおりますのでお断りいたしましたが、騒ぎ始めてしまい」
淡々と報告するんだけど、うっすら不快感が漂っている。
「相手は?」
「学園の学園長を名乗る者とその取り巻きが」
雑な言い方だけど相手はわかったし、アポなしで来るべきでない相手であることもわかる。
僕は相手にする気はないものの、様子を見に行くことにした。
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