140話:共同管理5
どうやらルキウサリア国王としては、もう僕を抱え込むほうが国を守れると判断した。
けど帝国貴族のストラテーグ侯爵は、敵対を鮮明にするほうが危険だと言う。
なので僕からも言っておこう。
「これは帝国との密約とは言え、お互いに牽制し合う形が良いでしょう。そのため、帝国からは見張っているから使うようなことあったら滅ぼすぞというような文言を入れてもらいます」
途端に、ルキウサリア国王とストラテーグ侯爵が僕を信じられないと言わんばかりに見つめる。
「応じて、ルキウサリア側からも、学術にしか使わないから戦争に投入するなんて命令は一切拒否して、それを受諾しろと強気に申し入れてほしいんです」
ちょっと過激な言葉選びで僕は訴える。
ただそれが効いたらしく、ルキウサリア国王とストラテーグ侯爵は落ち着いた。
「なるほど、密約で手を組むのではなく、お互い牽制する形で結ぶのか。そうなれば、密約が露見しても、強きに与したとは思われない」
「あえて敵対的な文言を残すことで、私欲ではなく公益を優先した清廉な姿勢を貫く。確かにそれならば、ルキウサリアの主権は保持できる、か」
唸って考え込むのでもう一押ししてみようか。
「その際の取り持ちは、ストラテーグ侯爵でお願いします。ここまで口を挟んでおいて、第三者気取るつもりはないよね?」
「うぐ…………」
もはやルキウサリア王室関係者といっても過言ではない立ち位置だし、帝国側で実務してくれる人いてくれたほうが、たぶん父も助かる。
帝国は諸国の寄り集まりだから、そういう立場の貴族は珍しくない。
とは言え、今回あからさますぎたので、帝国での面倒ごとを抱え込んでもらう形で不問にする。
もちろん露見すれば一手に引き受けていたストラテーグ侯爵にも非難が行くだろう。
言い訳を用意していても面白くないと絡む者は出るだろう。
そうなった時、皇帝の独断と言われないための盾になってもらう。
ルキウサリアが大事なら、そこでバランス取らないといけない立場を逃げるわけにもいかない。
「…………誠心誠意、務めさせて、いただきます」
ストラテーグ侯爵は絞り出すように応じる。
ここで断ったら帝国を慮る者が取り持つ可能性もあるし、そうなると元より国力で圧倒的に劣るルキウサリアが割を食うのは目に見えていた。
これで今回の件に関して、陛下に足りない政治力は補えた。
あとは放任にしないためにも帝国側から少数でいいから人を送り込まないと。
ただそれほどの知識を持つ者を僕は一人しか知らない。
「ウェアレル、封印図書館を研究してみる気はある?」
名目上は皇帝に雇われた僕の家庭教師だ。
けど僕がルキウサリアに留学すればその地位はなくなる。
ウェアレルが発言の許可を求めたので、ルキウサリア国王にも尋ねて応諾を得た。
「名目が必要であればかまいません。ただ、現状のルキウサリアでは捗々しい成果は得られないでしょう。それを証明すべく一つ、私がアーシャさまの元で学んだ成果をお見せいたします」
何やらウェアレルには考えがあるらしく、小一時間準備に要した。
その間に僕はルキウサリア国王とストラテーグ侯爵と密約の内容を詰める。
本格的には父の許可を得てからだけど、今の内に青写真を描いておかないとね。
そして、ウェアレルの準備が終わって僕はディオラの所へ向かうことに。
「ディオラ、ごめん。少し新技術の実験のために部屋を使わせてほしいんだ」
「まぁ、いったいどのような? 私も見学してよろしいでしょうか?」
ダム湖へ一緒に行けなかったから、僕が来るのを待っていてくれたディオラ。
王室の女性専用のサロン室だそうで、ルキウサリア国王と面会していた部屋とは直線距離で百メートルは余裕で離れてる。
そこに一緒に来たウェアレルが、人の頭くらいの大きさがある水晶を設置した。
僕はさっそく起動を始めるウェアレルの後ろで、ディオラに沈黙をお願いする。
そしてほどなく、水晶の中で魔法陣が浮かび上がり魔力を纏って光り出した。
「こちら緑尾。聞こえるか?」
『こ…………ち、赤、尾…………』
随分と音声が悪いけど、水晶からは答えが返る。
「波長が乱れすぎている。落ち着け」
普段僕には丁寧なウェアレルが、気安く声をかける。
ウェアレルが調整する間、僕はディオラに遠くの人間と会話するための装置だと教えた。
途端にディオラは口を手で覆うけど、目はキラキラと好奇心に輝くようだ。
『なんで留学なんだ! これ発表するならいっそもう大々的に入学でいいだろ!』
「落ち着け。そちらには尊貴な方々がいるだろう。その話は後だ」
向こうにいるのは、実は学園の錬金術科の教師で、僕に錬金術の道具をくれた人。
会ってはいないけど、実験のためにウェアレルが呼んだのは聞いてる。
よほど僕の入学を期待してくれていたようだけど、この調子だとちょっと情報漏洩が怖いな。
学園の錬金術科には色々秘密にする方向にしよう。
「赤尾の才人ですか? 入学体験でアーシャさまに失礼があったと知ると、すぐに学園から謝罪をするべきだと各方面に声を上げられた方ですね」
「そんなことしてくれてたの?」
今は錬金術科で日陰者扱いだけど、元は魔術科で優秀な成績を修めたため、顔は広いそうだ。
王宮にも伝手があったとかで、ディオラにも聞こえたらしい。
「実験成功の確認を…………だから、その話は…………ヘルコフどの、止めてください」
僕たちが話してる間もウェアレルが大変そう。
赤尾の才人は相当ご立腹らしく、国王がいるなら直談判とばかりに騒ぐ声が聞こえた。
動けないとかなんとか聞こえるのは、たぶん水晶の前から立たないようヘルコフが押さえてるんだろう。
「お騒がせして申し訳ありません。実験は成功ですので、私はこれからルキウサリアの陛下と技術的なお話を」
ウェアレルが噛むにしても相応の成果がないと認められないし、僕の家庭教師やってる間何も発表してないから、この伝声装置を実績として世に出すそうだ。
「音のほう持って来れば良かったね」
「いえ、あれは私の成果ではありませんので。これも、アーシャさまのお知恵がなければ完成しなかったものです。…………それに、この程度がたたき台にはちょうどいい」
何やらニヒルに笑ってウェアレルは退室し、残る僕にディオラが首を傾げる。
「もうお話はよろしいのですか?」
「うん、今日は一旦ね。だからディオラにも今日の話をしに来たんだ。ごめん、せっかく見つけたのにディオラを除け者にするような形で」
「いえ、見つけられたのはアーシャさまあってこそ。私はその瞬間に立ち会えただけでも光栄です」
八百年前のことは言わず、それでも封印されるに至った失敗があり危険性が高いことを説明した。
その上で、帝国との共同管理を模索していることも。
「まぁ、ではアーシャさまは大々的に関わることに?」
「うん、発見者として名前が挙がってしまっているしね。錬金術の知識が必要なことを喧伝すれば、ルキウサリアで錬金術を奨励する一助にもなる」
実は僕の関わりはこっそりひっそりのつもりだったんだけど、ルキウサリア国王や学者たちが粘って、留学中空いた時間は封印図書館の解明に力を貸すことになった。
表面上は時期もあって、学園での不始末の結果、僕に箔付の一助として関わってもらうという言い訳を使う。
学園を擁するルキウサリアらしい、何処かに喧嘩を売ることがないやり方を取り繕ったようにみせる。
ルキウサリア側の学者から文句が出たら、錬金術が必要なことを説明する予定だ。
それでも絡んでくるなら頑固爺こと第一人者が対応すると請け負ってくれた。
「良かった。我が国は、アーシャさまの一助になれるのですね。正直、学園で学ぶことはないと言われているようで、否定もできず…………」
ディオラは姫として国を愛し、その国を支える学園にも愛着があるようだ。
ただ錬金術は衰退しており、僕が独学で身につけたため、学園の意義を疑われても仕方がないと落ち込んでしまう。
独学というか実際は前世で、多くの人と時間、過ちを経た知識の上澄みなんだけどね。
「ディオラ、僕は興味あることだけやって、煩わしいことから逃げていると言ってもいい。君はやるべきことをやった上で努力も怠らない。何も下を向く必要はないよ」
他にも言うべきことがあるので、僕は緊張を和らげるため呼吸を整える。
「それで、封印図書館の共同管理はルキウサリア国王が実質頂点に立つ。僕も報告や相談で留学中もここへ足を運ぶ予定だ。…………だから、その、一方的に会わないほうがいいとか言っておいて、申し訳ないんだけど」
「お会いしていただけるのですか!」
先に言われてしまったし、頬を上気させて期待感いっぱいの顔を向けられる。
そんなディオラの素直さに、つられて笑みが浮かんだ。
「うん…………僕とまた、会ってもらえる?」
「もちろんです」
恰好はつかないけど、お互い笑い合うと重かったような気持ちが晴れる。
思えば僕たちは、出会ってからこの日初めて、来年も会うという約束を交わしたのだった。
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