139話:共同管理4
ナイラが語るのは、八百年前にあった国の後継者を名乗るルキウサリア王国にとって、大変な瑕疵となる事件だった。
ディオラも最初、封印図書館は危険な研究から封じられたとも伝わると言っていたが、そのとおりだったようだ。
八百年前は日本で言えば鎌倉時代かな?
そんな頃に大罪を犯したなんて今さら罰することでもないけど、今のルキウサリア王国は他国から人を呼んで栄えている国だ。
罰されないにしてもマイナスイメージが致命的になる可能性もある。
ましてや学園を抱えて人を呼んでいるのに、知性を高めた末に当時の人口を激減させたとなれば、ルキウサリア王国が学園を抱えることに疑義を呈す者も出るだろう。
「なんと恐ろしい…………」
頑固爺が弱々しい声で呟く姿から、さすがに執着もしぼむ事実だったようだ。
国も越えた種族に対しての危機であり、さすがにそんな業背負えないくらいは想像がつくだろう。
助手も学者も、突然ここがお化け屋敷にでもなったような怯えようで辺りを見回す。
ストラテーグ侯爵、レーヴァンは目を見交わして何やら相談中。
僕の側近たちもさすがに渋い顔になるのは、ここが危険すぎると判断したためだろう。
「あれ、ちょっと待って。一人の情動で失敗したと言って封印したなら、もしかしてここに遺されてる実物って、機能しないようにされてる?」
「はい。展示品と思っていただいてけっこうです。ですが書籍には相応の理論が遺されています。読み解ける者がいるのならば再現も可能です」
ナイラはオートマタだからか淡々と喋るけど、本当に悔いた過ちの上で封印なんだから、打てる手は打ってるようだ。
失望したと言うくらいには志向性があり、将来に託せるように準備もしているのだから、独自判断もやはり可能なのだろう。
「現状の安全確保を優先したいけど、どう?」
僕は大人たちを振り返って方針を問う。
「本当にどうしてそこまで落ち着いていられるのか。どれほど先を考え、おっしゃっているのかお聞きしても?」
ストラテーグ侯爵が、安全確保の目標を聞き返した。
「まずはルキウサリア国王にナイラの語った内容をお知らせして、帝国との共同管理を申し入れる」
「共同管理って、それ結局ここのこと広めることになるでしょ。危険じゃないですか」
レーヴァンの懸念どおり、僕だってむざむざ関わる人員を増やすつもりはない。
「名目上は帝国との共同管理だ。けど、お知らせするのは皇帝陛下止まりにする。その上で、後から他所に知られても、すでに帝国と共同管理って言い訳できる密約を交わしておく」
「つまり、実質的にはルキウサリア王国が人を出しての管理。それを皇帝が知っていたという形で帝国との共同管理を謳って事後に備えるということですか」
ウェアレルが言うとおり、他所の国や権力者が手を伸ばしても帝国という盾を構えられるよう備えるんだ。
その上で皇帝だけに責任を被せるには重いので、もちろんここまで同行したストラテーグ侯爵にも連帯責任は負ってもらう。
「すでに封印図書館が発見されたことは広まるだろうし、ルキウサリア王国だけで管理するなんて、現実的じゃないのはわかってるよね?」
僕は気になって、ナイラを振り返った。
「まずはここから物品の持ち出しを全面禁止にしたいけど、ナイラのほうで対策できる?」
「可能です」
ナイラは人らしい顔はないけど、顔と思しき丸い頭部はある。
そこに赤い光が走った瞬間、轟音が図書館に響いた。
ガラスの階段下に広がる書架を見れば、全てに金属の金網が降りて取り出せないよう固定し、さらには展示品があるだろう小部屋の全てにも柵が降りていた。
「もしかしてこれ、ナイラが破損した場合も?」
「はい、私は司書として管理の全てを委任されています。私を廃棄する場合にはこの図書館全てが水泡に帰すとお考え下さい」
つまりは自爆かな?
まぁ、疫病蔓延させて後悔して封印したなら、残すにしてももう一度過ちを犯す可能性は極力避ける方法、つまりは全壊も視野に入れるよね。
となると、もう一つ手を打ってもらって、好奇心に駆られるような頑固爺がまた現れないようにしたい。
「ナイラ、ここ研究所だったなら、ちょっと作業する場所ってあるかな? ちょっとした仕込みをしたいんだ」
僕がやることを説明すると、ナイラは応諾して図書館として設備された学習室に案内してくれた。
そして保管されていた錬金術の道具一式も貸してくれる。
「これが錬金術…………。おぉ、皇子殿下はさすが手際がいい」
頑固爺が僕の手元を見て瞬きさえしないのはちょっと怖い。
「そんなじっくり見られても、全然初歩なんだけど」
「これどうやったら、この機械人形に発展するんです?」
「レーヴァン、関係ないとは言わないけど、技術の系統が違うから」
今僕がやってるのは化学で、ナイラは工学かな?
そんな話をしつつ準備し、仕掛けをして後から悪い人間が入らないようにした。
その上で僕たちは急いで王城へ戻ることになる。
「何を、してきたのだろう?」
今朝会ったばかりのルキウサリア国王が、眉間に深く皺を刻んで問う。
その目は疲れ切ったストラテーグ侯爵やレーヴァンから、妙に静かな頑固爺に向かった。
「決して封印図書館から動かないと、登城も拒否していたはずだが?」
どうやら頑固爺、国王直々のお叱りも突っぱねてダム湖に居座ってたようだ。
「…………齢九十を過ぎて、己の偏狭な視野では決して到達しえない頂があったのだと、不明を恥じ、御前にまかり越しました」
なんか悄然として、…………って言いうか九十過ぎだったのか。
ずんぐりした体型から、ドワーフの血が入った長命さんなのかもしれない。
「そうか、うむ、今はいいだろう。それで、第一皇子殿下、何やら仕掛けを施したというが、それはいったい?」
共同管理のことも言ったんだけど、考えを整理するためか当たり障りのない所から。
八百年前のことは刺激が強すぎるって、先にストラテーグ侯爵とさしで話してもらった。
今のところナイラに聞いた僕たち以外で知ってるのはルキウサリア国王だけだ。
「すでに封印図書館が開いたことは噂として広まっているでしょう。そうなれば他にも逸って飛び込み荒らす者が出てくる恐れがあります。それを防ぐために、罠にはまって動けなくなった者のことを喧伝してほしいのです。その上で、救い出したけれど地下には毒が散布されたとも広めてください」
実は地下の台所部分に、薄めたアンモニアを撒いて来た。
八百年保存されていたアンモニアは固形だったから、道具を使って液体にして、ナイラに誰か来たらさらに追加で散布するようお願いして来てる。
あの刺激臭は実際毒となるし、台所は完全石造りだったから毒の成分が抜けないって人を遠ざける理由にもなるだろう。
「あとはあのダム湖の島が要なのはもう知れていることですから、できればダム湖の中に鎖を張ってほしいですね」
「確かに船で渡るしかない上に、盗人としては鎖に乗り上げれば転覆する小舟しか使えない。音もすれば見張りが気づきやすい。うむ、よく考えておられるようだ。すぐに手配しよう」
他にも毒のことを気にせず侵入を試みる悪い奴対策に、痺れ薬の類を散布することも伝える。
即座に死にはしないし足を止めるほどじゃない。
けど口や鼻と言った粘膜に触れれば一発で痺れと違和感を覚える成分だ。
そこに毒という嘘をあえて刷り込んでおくことで、恐怖を煽って足を止めさせる。
「それで直近は騙して足止め。その間にルキウサリア側で錬金術を修める者を増やしてください。あそこは魔法の知識だけじゃどうしようもない。表向きはこちらの学者が牛耳ると言って人員を制限し、八百年前に何が行われていたかの実相を確かめるべきだと周知してほしいのです」
「本当に、よく…………考えて…………」
錬金術は魔法と違って魔力という生まれながらの素質は必要ない。
安全に広がるならまだしも、危険物のある場所へ潜り込むことに悪用されてはかなわないから、先にルキウサリア側で手綱を引いてほしい。
ルキウサリア国王は考え込むと、僕を見据えて何やら違う考えが浮かんだようだ。
「それほどの功績があれば、入学いただいてもこちらで守る建前も保てる。今からでも再考していただけないだろうか?」
「いえ、僕の名前は極力出さない方向で。そうでなければ帝国からの介入が激化する恐れがあります。いずれ隠しきれないからこそ今から、準備のための時間を確保するんです」
ルキウサリア国王は膝に指を組んで力を籠めた。
「…………では、留学の上で、このルキウサリアに居を構えることは? もちろんこちらでも相応の住居を用意しましょう。援助も、地位も惜しみません。望むならば我が娘を」
「え!?」
「待った!」
強張った表情で捲し立てるルキウサリア国王をストラテーグ侯爵が止める。
「国の命脈を握られたに等しいが、抱え込んだが最後! 帝国の継承者争いに名乗りを上げるようなもの! それこそ戦争を招くようなものだぞ!?」
ルキウサリア国王の肩を掴んでとんでもない言いようだけど、非現実的と言えないんだよね。
昔はラッキーと思ったけど、嫡子じゃないのに長子相続の帝国第一皇子なんて、面倒な身の上だなぁ。
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