138話:共同管理3
正直封印図書館については、開けてしまった責任を感じている。
それと同時に、これはルキウサリアでは手に余るという確信もあった。
学園への入学は、貴族にとってわかりやすいステータスだ。
ラクス城校に入れるなら、一目置かれることも確約される。
嫡子なのに未だ立太子ができていないテリーが、勉強を詰め込んでるのも、現状を打開するためラクス城校入学を目指しているからだった。
(その前にルキウサリア壊滅とか、強力な武器があることが知れて周辺国が敵対とかしないでほしい。できれば今の権威保ってて、テリーたちのためにも)
暗い廊下を進みつつ、僕は先のことを祈るように考える。
さらに行く先に光が見えた時、頭をよぎったのはディオラの顔だった。
使える知識があるなら、この封印図書館の発見を活用もしてほしい気持ちはある。
それでディオラへの不義理の償いにはならないだろうけど、できれば、楽しく封印を解いた思い出にけちはついてほしくない。
(もしかしたら、この場で一番我儘に利用しようとしてるの、僕かもな)
(相応の資格があり、危険性を忘れない理性もある主人であればこそ許容されることであると推測)
(そこは僕を律するような言葉が欲しいなぁ)
(…………必要であるとは思えません)
(必要だよ。僕だって感情もあれば間違いもする人間だ。なんだっけ、確か、想像しうる危険はいつでも実現されることを待っている? なんかそんなことを書き残した人がいたような)
(閲覧図書に該当文言なし)
おっと、前世で見た本か。
僕は出典を誤魔化すため、セフィラを封印図書館へと先行させた。
「お待ちしておりました」
封印図書館には、すでに司書のオートマタ、ナイラが待機している。
「おぉ、これはゴーレムか。見たことのない形だ。いったいなんの動力を? すぐに詳細に調べて…………!」
「レーヴァン、止めて」
大股でナイラに近寄ろうとする頑固爺を、レーヴァンが後ろから押さえ込む。
「何をする!? 学術を高めるための行いを妨げるのならば、ルキウサリアに対する反逆もいいところだぞ!」
「ナイラ、こちらが今この土地を所有するルキウサリア王国で、ここの研究において最も権威がある第一人者。一般的な知者のサンプルケースだよ」
「失望を禁じえません」
「なんだこの無礼なゴーレムは! 碌な文言を録音されておらんのか!?」
頑固爺から飛び出した思わぬ言葉に、僕は振り返る。
「録音、音声を先に吹き込んである物だと思ってるの?」
「ゴーレムにそうした機能を有している実物はルキウサリアに現存し…………」
「機密!」
ストラテーグ侯爵が一言叫んで頑固爺の口を塞ぐ。
そして僕を窺い何故か顔を歪めた。
それを見てレーヴァンも呆れぎみに確認してくる。
「殿下? 全く動じてませんが、心当たりは?」
「あるよ。というか、音声が振動だとわかっていれば、振動を起こして増幅する装置さえ作ることができれば再現可能だし」
レコードがそれだったはずだ。
表面には凹凸があり、それを針で読み込み、増幅装置とラッパのような音響装置で音声として聞こえるようにする。
「それと、オートマタのナイラは全く違うよ。自分で判断して回答する知能を有している。昨日喋っているの見ていた人はわかってたと思うけど?」
僕は昨日同行した助手に問いかけた。
けれどそっちも録音ゴーレムだと思っていたというと、ヘルコフが首を横に振った。
「いや、それはさすがに俺でもわかるぞ。なんで事前に喋った内容の中に、『驚くべき方、早すぎる才子、神童たる殿下』なんてある? 誰が吹き込むんだ」
「その上で、アーシャ殿下の質問に的確に解答。さらにはアーシャ殿下へ質問を返すこともしていましたから、いっそ中に生体が入っているのではとさえ思いましたね」
イクトはさらに別の予想を告げた。
それを聞いてウェアレルは、学者たちの思い込みを指摘する。
「逆に、喋るゴーレムという実例を知っていたからこそ、そこで思考が止まったのでしょう」
「どうしてそう、落ち着いているのだ?」
ストラテーグ侯爵が僕の側近たちに聞き直した。
たぶん、セフィラって言う喋る何かを知ってるからだと思うけど、言えるわけないから笑ってごまかしておく。
「ナイラ、このとおり今日も見るだけになる。けれど一つ聞きたいことがあるんだ」
「なんなりと。やはりあなたさま以上に、この行き過ぎた知性の発露を扱える者はいないようです」
下手に持ち上げないでほしいんだけど。
「どうしてこの図書館は封印されたの? そもそも、これだけの物を作るには相当な資源と人材が必要なはずだ。なのに今日まで誰も見つけられなかったのは不自然に思う。ここに関わった人たちは何処へ消えたの?」
この世界はすべて人力で、この図書館のような建造物を造るにはもちろん大量の人間が必要になる。
この中にある実物も相応の機材と人員が必要だけど、この場所をルキウサリアも見つけられず、関わった人間の個人名さえ残っていなかった。
関わる人間が多ければその分話も広がるのだから、これほど痕跡を消すのは難しい。
さらには封印に関しても、これほどの技術力があるからこそ、封印という決断を下すのは難しいはずだ。
「こちらから聞かせることが、私にプログラムされた案内規定です。けれどその疑問を恐れず問われた殿下に敬意を表します」
前置きの上でナイラが話し出すのは、そもそもこの図書館となった研究施設を作るに至る一人の天才について。
八百年前突如として現れたその天才は、錬金術をきわめてその先を目指した。
貴族家に生まれていながら血統に重きは置かず、自ら語らって才知あると認めた者を側に集めてともに研鑽。
「幾つもの発明を発表せず自らの知的好奇心を満たすために生み出だしていました。そして国にその有用性を見出されたことで規模は増大。その上で、秘匿性も高くされました」
ルキウサリア王国は八百年前には存在しない。
建国は二百年ほどで、その前は自治制を保つためにあえて傀儡国家になってみたり、資産家の大公を国主としながら一度も国内に入れなかったりしていたという。
帝国の直轄にいた時期や、周辺強国の自治州となっていた時期もある。
その中でも八百年前は今のルキウサリアの国としての文化が定着した頃。
確か街規模の小国しかない中で同盟を結んで、小規模な連邦国になった辺りだったはず。
「今では無理でも、八百年も昔なら村一つを秘匿状態に置くこともできたということ?」
「そのとおりです。ダムに沈んだ村こそ、表向きは山間部の村でありながら、住人は全て天才の関係者及び秘密を守る兵でした」
作って秘匿したのは建物だけじゃない、村全てだったようだ。
それほど手間と労力に見合う研究であることは見ればわかる。
けれどそのほとんどを発表せず封印したなら、そうしなければならない理由があったんじゃないか。
いや、もしかしたら…………?
「そこまでして、何故封印をするなんてしなくちゃいけない失敗をしたの?」
「ご明察です。きっかけはただ一人の情動。その者は天才から才能を認められて研究に参加しました。しかし元の身分は低く、家族も生活に困窮しておりました」
秘匿されている上に、八百年も昔で家族への仕送りなんて考えもない。
それでも頼み込んで故郷へ働いた見返りの給金を持ち帰ったそうだ。
ところが、戻った故郷に家族はおらず、罰されて皆殺しに遭ったという。
若い娘である妹が領主の宴の手伝いに行き、その中で見染められて乱暴をされたが抵抗して、領主の息子に怪我を負わせた。
その咎で妹はその場で殺され、翌日には家族も殺され一月ほど村で晒されていたという。
失意のまま戻ったその者は、妹が大変な病気だと嘘をついてもう一度故郷へ戻った。
その時に持たされた薬とは別に、天才が発明した毒を持ちだしていたそうだ。
その毒を領主館に蔓延らせ、領主たちを殺害。
ただそれでは終わらず、毒は村にも広がってしまった。
「毒が勝手に広がるなんて。まさか、病原体? 病気の素を持って行ったの?」
「そのとおりです。使うつもりのなかった天才は治療薬も作っておらず、広まる速度も想定より早く、なんの手立てもないまま拡大を止められもしませんでした」
「まて…………待ってくれ。八百年前の、病気、疫病? それは、黒犬病なのか?」
僕とナイラの会話に頑固爺が震える声で問い質す。
黒犬病はその死ぬまでの早さから、死を具象化した犬が忍び寄るようだと言われる疫病。
帝国の歴史にもその猛威は記されるほどで、当時の人口が激減したとも言われる。
それがまさか人災だとは。
僕もあんまりな事実に二の句が継げない。
「疫病を撒いた者も自ら村で治療を続けました。それでも止めきれずに天才に助けを請い事態が発覚。ここにあった村から何人も疫病を止めようと派遣され、それでも戻る者は少なく」
結果的に、この村の存在を知る者から次々に亡くなったという。
けれど天才は最後まで生きた。
危険だという理由から、この研究施設から出ることを国から禁じられたからだ。
自らが作った毒で仲間が死ぬ、見知らぬ者が死ぬ、無辜の人々が死ぬ。
もちろん必死に特効薬を模索し、緩和できる薬を開発はしたけれど、その時にはもう各国で猛威を振るった後。
天才は思い悩みもがき苦しみ、そして、研究全ての封印を決定したのだった。
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