137話:共同管理2
共同管理を実現するため、僕はもう一度ダム湖に行くことになった。
ただ今回は国同士のことになるので、権限のないお姫さまは除外されディオラはいない。
その上で、帝国側の人間としてストラテーグ侯爵が同行している。
この人選は確実にルキウサリア国王の信頼があってこそで、それだけルキウサリアに不利なことはしないと思われてる。
帝国の侯爵のはずなんだけどなぁ、たぶんルキウサリアでの貴族位か領地を持ってるんだろうな。
「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません」
そしてダム湖の島で、昨日一緒だった助手に謝り倒された。
その後ろで腕を組んでふてくされてるおじいさん、この人が封印図書館研究の第一人者だそうだ。
助手もそれなりの歳なのに、おじいさんを御しきれなかったからって僕に頭を下げてる。
昨日に引き続き一緒に来た城の学者もいたたまれない様子だった。
「謝罪すべきは君ではないからもういいよ」
助手を止めると、助手以外にもいた第一人者の部下たちが顔を引き攣らせる。
もちろん言外に、謝るべきは勝手なことしたお前だとおじいさんに言ってるからね。
けど頑固爺らしい第一人者は謝るつもりはないとばかりに腕を組んで動かない。
相手にするだけ時間の無駄か。
「ではまず、罠に囚われた人の救助をしよう。その後は僕たちだけで下に…………」
「馬鹿を言ってもらっては困る。同行するに決まっているだろう」
「却下です」
「何!?」
ようやく口を開いた頑固爺は、自分の立場をわかってないようだ。
「僕たちはルキウサリア国王からの依頼で来ています。その際に同行者はすでに決めました。ことの重要性から数を絞ることも通達済みです。その上であなたは同行者として許可されていない。もし同行を強弁するのであれば、城へ行ってルキウサリア国王の許諾を得てください」
言うだけ言って僕は放棄された教会の中へ向かった。
頑固爺はうるさく文句を言いながらついてくる。
助手はなんとか止めようと声をかけるけど、怒鳴り返されて黙ってしまった。
「どうします、あの第一人者の先生」
レーヴァンが他人ごとで聞いてくる。
「残って相手しておきたいなんて人もいないだろうし、いっそ勝手についてくるなら今の地上のレベルはこれだってナイラに見せるかな」
「それは、少々待っていただきたい」
ストラテーグ侯爵が危機感を覚えたらしく待ったをかけた。
「まさかそれで司書にルキウサリアを見放させるおつもりか?」
「それでもいいよ。そうしたらナイラのほうで、また封印してくれるかもしれない。ストラテーグ侯爵、僕は少なくともルキウサリアの存続を願って行動している」
地下の台所について、改めて告げる。
「図書館に保管された実物を暴走させた時、一番に犠牲になるのはこの国だ。一人の人間の欲望で、一国が簡単に滅ぶほどの可能性がこの下には眠っている。何があるかもわからないから好奇心のままに弄るなんて、そんな子供のようなことをする人の手でこの国が消えるのはさすがに止めたい」
言って振り返ると、ついて来ていた頑固爺が僕を睨む。
どんなに頭がいい人でも間違う実例を知ってるから、睨まれたところで考えは変わらないよ。
っていうか、ダメ人間のサンプルケースにするって言ってるのに、まだついてくる気?
どれだけ封印図書館に執着してるんだか。
(あぁ、そうか。執着してるんだ。ここで国王の不興を買っても、帝国に睨まれてもいいって思い詰めるほど)
いっそそれは国や人々を思わない、本当に危険な考えだ。
「面倒だな」
「では、その面倒を少し軽減しましょう。少々お時間をいただきます」
ストラテーグ侯爵が動くと、合わせてレーヴァンも動く。
そして頑固爺を助手たちから引き離して台所から連れ出した。
「…………なんか怒鳴り声聞こえるね」
ほどなく地下への階段から頑固爺の怒鳴り声が漏れて来る。
ストラテーグ侯爵の声は聞こえないけど、言い争う様子はわかった。
気になってセフィラに様子を見に行かせたところ、どうやら説得という名の脅しをしているとのこと。
僕と同じように執着に気づき、だからこそ軟禁して研究さえもできなくするぞ、できる権限があるんだぞと脅しかけてるそうだ。
短い余生を他人が封印図書館を調べるだけ、その話を聞くだけでいいのか。
ここで短気を起こして逸っても、結局短い時間を浪費するだけだぞと怒らせる方向で。
「お待たせしました。同行はそこな昨日と同じ助手。そしてこちらの方一名のみを追加で」
「ストラテーグ侯爵の名において面倒見てくれるの?」
「そのためにも、少々レーヴァンは私の元に戻していただけますか?」
「もちろん、宮中警護の長官はストラテーグ侯爵だ」
不服の上に怒鳴りすぎて、体力がなくなり静かになった頑固爺を連れて、ストラテーグ侯爵が面倒みて責任とるという。
どうせ僕は情報抜いた後で封印推奨だし、問題はない。
武器の実物もあるほどの技術力なのに、封印されたことにはきっと理由がある。
天才だって間違うし、間違ってこそ後悔もする。
つまりは、ここを封じたからには契機があったはずだ。
「本当に腕が捕まってるね」
台所から地下に降りると、狭くなった通路を塞ぐように、腕を壁にめり込ませた男が泣き疲れて悄然としていた。
隠された仕掛けが腕を捕らえ、その後に左右から壁が迫って腕を覆われてしまったとか。
「解除の仕方を探すより先に…………ナイラ、図書館へ行きたい。勝手はさせないと誓うから、道を開いてくれないかな?」
声をかけると、応じるように壁が動いて腕を捕らえた仕掛けが見える。
どうやら台座の上の物を取ると、その腕を固定してしまう作りだったようだ。
そして台座の仕掛けも解除されると、改めて囚われていた男は大泣きして、一生このままかと思ったと恐怖を叫び、地上へと運び出される。
「あの機械人形、何処かにいるんですか?」
ヘルコフが熊の耳を動かしながら周囲を警戒するけどナイラの姿はない。
「いや、たぶん声を聞いてるだけだよ。それでも名乗らずに僕だと特定する他の仕掛けもあるんだろうけど」
監視カメラがあっても驚かないかな。
僕たちはそんなことを話しながら、宝物庫の次、覚悟を問う部屋が続く扉に手をかけた。
「ナイラ、今日同行するのはここにいる人だけだ。台所の暖炉だけを封鎖することはできる?」
応じるように上方で重い物が動く音がしたので、たぶんやってくれたんだろう。
そうして覚悟を問う階層、止まると罠が発動する階層、真っ暗な狭い廊下とどんどん下っていく。
「逆に、何故殿下はこれだけの異様な空間で真っ直ぐ進めるのか」
ストラテーグ侯爵が疲れたように零す。
答えはセフィラが罠が動くのを感知するからだ。
その上で答えを知って、問いの意味を答えから考えているに過ぎない。
だからこそ見えて来る相手の意図もある。
「覚悟を問う文言を一々掲げた部屋あったでしょ? あそこがこの先の仕掛けのヒントであり、それくらい先には進んでほしくないから帰ってくれって言う、ここを封じた人のお願いなんだよ」
「嫌がらせかと思っていました」
「それもあるだろうけどね」
イクトが言うとおり、やる気を削ぐのもまた目的だろう。
「先にそれだけのものがあるとわかっていれば、この闇の先にも道があると確信して進めるわけですね」
初見だけど騒がずついて来てたウェアレルが言うと、ちょうど暗闇を抜けて、幾つもの質問を掲げた部屋に辿り着く。
「なんだこれは? 『暴走する馬車を止める石を持つ者がいる。右の車輪に噛ませるか、左の車輪に噛ませるか。しかし馬車の先、右には見知らぬ五人、左には友人一人。どちらを犠牲に助けるか?』 答えなどでない問いばかりではないか」
頑固爺が一つを読み上げて不快感をあらわにする。
溺れる自分が縋る板に他の人間が掴まろうとしているが、板は二人も支えられないがどうする?
最愛の人が不治の伝染病にかかったが、他はまだ健常な家族が生きているけれど、誰を殺す?
「答えはありませんが、答えを出すしかない状況を掲示しているようですね」
ウェアレルは言葉を選ぶけど、まぁ、僕も意地が悪い質問だと思う。
ただ意地が悪いけど、きっとこれこそが封印した人たちが直面した問題なんだろう。
何か、これらの答えを出してほしいと願う失敗をした者こそが、封印図書館を作ったのではないかと僕は思っていた。
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