136話:共同管理1
ルキウサリアの封印図書館を発見してしまった。
正直、大発見すぎて僕個人の手に余る。
ルキウサリア国内にとどまらず、僕という外国勢力に知られてるのも問題だ。
強大な力をルキウサリアが手に入れたとなれば、先んじて滅ぼされかねない危険がある。
そんな説明に、大発見に水を差された国王周辺はお通夜状態。
一度仕切り直しということで、僕はくれぐれも今以上に知る者を増やさないよう忠告して帰った。
「つまり、何やらご主人さまの知謀によって世紀の大発見を成したものの、ルキウサリアでは扱いきれないことをご忠告あそばしたと」
「ノマリオラ、ふんわり説明したのは悪かったけど、そんな盛大に勘違いしないで」
戻った僕たちの様子に気づいたノマリオラが心配するので、軽く説明をした。
僕が釘刺した分詳しくは言わなかったけど、どうしてそうなったの?
「違わないんじゃないですかね? 結局あれ、殿下でなきゃ理解できない類でしょう?」
ヘルコフが逆に肯定すると、イクトも頷く。
「あの司書もアーシャ殿下こそと一目を置いていました。ルキウサリアの者だけで独占しようとしても取り合わないかと」
「それだけならいいけど、最悪、あの図書館自壊させる可能性もあるしさ」
「まぁ、もったいない。勤勉なご主人さまにとっては大変な損失でしょう」
よくわかってないながら、ノマリオラは僕を思って顔を顰めた。
ちなみにもう夕食の時間で、僕は食前の休憩中だ。
この後は引き連れて来た皇帝派子弟との食事会予定で、学問への意欲がどう変化したか、この同行を生かせるかどうかのお話をしなくちゃいけない。
「アーシャさま、ただいま戻りました。いったい今度は何があったのですか?」
そんな時に別行動をしていたウェアレルがようやく戻った。
そして開口一番僕がやらかした前提で聞いてくる。
僕が王城に行った後、酷い騒ぎで緘口令が出ているという噂が回って来たそうだ。
「詳しくわからないからこそ、先日の入学体験と合わせて、アーシャさまが無理難題を吹っ掛けたと噂になっておりました」
「はぁ、それだったら僕でも対処できたんだけどなぁ」
「はい? アーシャさまが対処できないとは、いったいどれほどの問題が?」
ウェアレルは途端に警戒するんだけど、言えないよね。
だから翌日、仕切り直しの話し合いに連れて行くことにした。
もちろん夕食会では皇帝派子弟に同じ噂が広がってることを指摘されました。
「え? 早朝勝手に封印図書館に行こうとして、失敗した上に封鎖された?」
翌日王城に行くと、ルキウサリア国王が渋面で状況を報告してくる。
もちろん僕は警告したし、水底へ抜けるだけでも大変だからと伝えた。
なのに、詳しく聞けば一緒に行った助手の上役が暴走したらしい。
封印図書館研究の第一人者の学者先生が、逸って突撃した結果だという。
一部始終を見ていた助手を急き立てて地下台所はクリアしたけど、降りた先の宝物庫で、宝を持ちだそうとしてアウトになったそうだ。
「今も、一人が罠に腕を捕らえられた状態で動けず…………」
どうやら宝物庫の中には罠があったらしい。
それで捕まった上に、すぐさま宝は別の部屋に移動。
何もなくなった部屋は勝手に狭まり先へ進む扉を塞いだ上で、出口も人一人しか通れない幅にされてしまったとか。
「色々言いたいことありますけど、そんな初歩的な罠に引っかかるほど自制心がない人を、何故行かせたんですか?」
「第一人者として、最初に事の対応を協議する上では一番に相談すべき人物であり、個人的にも封印図書館に関する資料を収集している者でもあったので」
長年の悲願の先を越された上に、僕が継承者指名されたことまで教えたらしい。
その話を聞いた時点で大騒ぎで、さすがにルキウサリア国王も失敗したと思ったようだ。
さらにはその第一人者周辺では、封印図書館が開いたとすでに噂になっているという。
人の口に戸は立てられないというけど、うん、まぁ…………やっぱり人間は同じ過ちを繰り返すんだなぁ。
原爆を考えた科学者たちも、本当に頭のいい人たちだったはずなのに、大量殺人兵器になると知っていて原爆を作った。
その上で実際に人間が死ぬまで後悔しなかったという、楽観と、信頼と、最悪を恐れるからこそ見ないふりをする自衛と。
「その者を外すという選択は?」
「無理だ。外すとなれば今以上の騒ぎになる」
「…………僕の忠告は、意味をなさなかったようですね」
「いや、人品を考慮できなかったこちらの落ち度で…………申し訳ない」
ルキウサリア国王は沈痛に謝罪を繰り返す。
娘と同じ歳の子供に叱られるんだから当たり前だろう。
僕の脳裏にディオラが悲しむ顔が浮かぶ。
ここで強く諌めて主導権を握ることもできるけど、それは心苦しい。
僕は良心の呵責から、指を二本立てて示してみせた。
「こうなってはもはや噂として封印図書館発見は広がるため、選べるのは二択です。封じ直すか、大きな傘の下で守るかしかありません」
僕の提案にルキウサリア国王のみならず、周りに集まった重臣だろう人たちも反発の空気が立ち上る。
「他国の介入は…………」
「すでに僕が知っています。国に戻れば黙秘など、国防上できません」
「それでは、お国に帰すことができないとこちらも言うしかなくなる」
「どちらにしても帝国とことを構えるならば、安全を計るべきだとご忠告いたしましょう」
僕の返しに下手な脅しなんて意味はないと悟り、ルキウサリア国王も口を閉じる。
帝国を引き入れて、共同管理をする。
そうすればルキウサリア単独の名誉はなくなるが、その後村のたとえのように後手に回ることは回避できる。
(ただ、目の前の利益と、まだ訪れていない不利益への対処を天秤にかけるとなぁ。どちらを重要視するかと言えば、利益なんだよね)
(その利益も、保身なくば失われることはたやすく想像できます)
セフィラが言うとおりだけど、そこに人間が人間性を発揮する感情というファクターが存在するのを忘れている。
ルキウサリア国王個人が感情を抑えて、国のために尽くす決断をする。
けど国という総意は、目の前の利益を破棄した国王を憎むこともあるんだ。
選択をする国王個人にかかる重責は計り知れない。
その上でことが露見した時に納得させられるだけの理屈も、未知である今から用意しなくてはならなかった。
「僕が再封印を勧める理由をお教えしましょう」
悩む国王にそう声をかける。
「どんな素晴らしい道具も、使う人間は選べません。邪悪を打ち払う英雄の剣も、貧者が握れば売り払うだけの資源、商人が握れば至高の美術品。そして独裁者が持てば、無辜の民を虐殺する魔剣にもなる。あなたはそんなものを、握りたいですか?」
すでにセフィラが走査した封印図書館の概要は聞いてる。
錬金術と魔法を合わせて発展した技術は、ミサイル並みの飛距離を可能にする兵器はもちろん、火薬やガスなんて開発済みだった。
一発で今の歩兵が主流の戦争を一変させる力がある。
「魔剣となった時、誰もが言うでしょう。あの危険な封印を解いたのは誰だ? あんな許されざる物を世に放ったのは誰だ?」
ルキウサリア国王のみならず、重臣も息を飲む。
元より国々のバランスを見て八方美人を選ぶ国だ。
自らが糾弾される状況のまずさは、忌避感をもって想像できるだろう。
そして僕は前世でも覚えのある話がある。
ノーベル賞を作ったアルフレッド・ノーベルだ。
彼はダイナマイトの発明者で、巨万の富を築いた死の商人。
ノーベルは強力な兵器は人々の戦争を抑止すると考えたが、結果は激化であり、大量殺戮兵器の父として、生前すでに憎悪の的となっていた。
その不名誉を死後も負うことを恐れ、人種にこだわらない人類の発展を讃えるノーベル賞を創設したのは有名な話だ。
「きっと、一人が負うには重すぎる罪を押しつけられる」
僕の言葉に部屋は静まり返り、誰も顔色が悪い。
ちょっと脅しすぎたかな?
「…………君は、いつもそんなことを考えているのか?」
なんだかルキウサリア国王がすごく心配そうに聞いて来た。
「ご心配なく。今回は好奇心に負けて浅慮をしました。それ故に僕も自身の理性に疑念を持っています。ですが、今言ったことは決して誇大妄想ではありません」
「うむ、そうだろう。一人だろうが、一国だろうが、そうなった時にはもう負うことなどできない憎悪の的だ。そして、学者一人を御しきれなかったことで被るには、あまりにも重すぎる」
自覚はあるようで良かった。
「しかし、正直そこまでのことを説得する実物がない。その司書という者を連れてくることはできないだろうか?」
「たぶんナイラがあの図書館の自爆装置です。連れ出すのはお勧めしません」
「そ、そうだな。水底に沈めるほどなら、それくらいの仕掛けがあっても。うぅむ、どうやら私の想定は大変甘い。そうと認めた上で、願いを聞いてはくれないだろうか。どうか、危険をわかりやすく伝えるための方策を探るためにも今一度封印図書館へ向かってほしい」
言外に傘に入ることに応じている。
そのためにはまず、僕を主軸として動く体制を実績にするつもりのようだった。
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