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閑話27:とある学者

 ルキウサリアで城勤めを始めて早三十余年。

 五十を越えてこれほど驚いたことはない。

 いや、一生分驚いた。

 そう言っても過言ではない。


「…………封印図書館、ありましたね」


 私と一緒に控えの間で脱力しているのは、共に封印図書館発見の偉業に居合わせた学者。

 助手という身分ながら、本人もいっぱしの学術研究を行っているのは知っている。


 学会や研究会で話すこともあり知った相手で、その中で聞いた経歴を思い出した。


「ノイアンくん、君、このことはもちろんお国にも言ってはいけないことを、わかっているだろうね?」


 私はルキウサリアの子爵として釘を刺しておく。

 何より帝国第一皇子であり、封印図書館発見の功労者が、しつこく忠告を行ったことだ。


「いやぁ、私の家はルキウサリア王国と敵対するようなことはとてもとても。何よりそんなことをしては、研究に支障が出る未来しか見えませんよ」


 このノイアンくん、ルキウサリアに近い小国の出身だ。

 そして王位継承権を持つ王族でもある。

 ただし現国王の百人以上いるひ孫の一人で、継承権者と言っても上に百人いるも同じ状況だった。


 だからルキウサリアに定住して研究者の道を進んでいる。

 封印図書館研究の第一人者の助手という、それなりに学者としては手堅い地位だろう。

 大事にされない生国よりも、現在の生活が優先度は高いといったところか。


「そうか、すまない。神経質になりすぎたようだ。正直、今回は皇子殿下と姫君の付き添い程度にしか思っていなかったからね」

「私もそうですよ。たまたま今日空いてたのが私だったってだけでしたし」


 お互い溜め息が漏れる。

 本当に歴史的な場面に遭遇するとは夢にも思っておらず、心の準備すらしていなかったのだ。


 その上で恐ろしい地下への道をずんずん進んでいく皇子殿下と姫君について行っただけという、なんとも情けない結果。


「私は特別暗闇を恐れないと思っていたんだが、君、もう一度あそこ行けるか?」

「行き、たいですが…………。正直あの閉塞感は覚悟が必要ですね」


 私もそうだ。

 学者として、関わったからには眺めただけの知識の宝庫に手を出したい。

 ただそこには恐ろしい番人の機械人形がいる。

 さらにはそこに至るまで山一つ下るほどの距離が存在していた。

 そして明るいが壁に囲まれた状況という、閉塞感への恐怖は払拭できない。

 耳の奥から怪音がする体調不良の中、不吉な言葉を投げかける部屋など、思い出しただけでも気が滅入る。


「何より、あの皇子殿下の前でこれ以上失態を犯すことが怖いです、私は」

「まるで全てを見透かすようだったな。ただ、失態ならば腰を抜かす以上にないのではないか?」


 私たちは疲れもあって、封印図書館そのものに足を踏み入れたとわかった途端腰が抜けた。

 しかし皇子を守る者たちは揃って周囲に警戒を敷いており、自らの役目を心得る行いとして正しい。

 すさまじい大発見とは言え、私たちもあの場では子供であるお二人を守るために動かなければいけなかった。


 さらに皇子殿下と姫君は、大発見をわかっていた上で、見つけて終わりではないと冷静に対処をされている。


「あれが国を背負う者の姿だろうか」

「いえ、そう言われると、違うとも言い難いですが」


 王族であるノイアンくんは困ったように言葉を濁した。

 ただあのお二人が私たちよりも冷静で、頭が柔らかいことでは意見が一致する。


「ここだけの話、皇子殿下が錬金術を語る時には笑いそうになってしまった」

「私もです。あんななんの役にも立たないことに時間を無駄にするなんてと」


 言って、お互い自嘲を浮かべる。


「笑われるべきは私たちだったな。学者を名乗る自分が恥ずかしい。失われた技術を探せば正しく理解できると、あの皇子殿下は示しておられたというのに」

「小雷ランプの大掛かりなものという話を側近の方にしてたでしょう? 私あの時も何を言ってるんだと、仕掛けを解けたのも偶然だと疑っていたんですよ」


 ノイアンくんは懺悔でもするように指を組んで言う。


「あの図書館を照らす白っぽい独特の光。あれを見て、これが魔法ではなく錬金術で作られた光なのだとわかって愕然としました」

「小雷ランプは確か、学園の錬金術科が再現に成功したと言っていたな。だが、半分魔法理論と構造を用いており、やはり錬金術など大して役に立たないと言う声を聞いた」


 学園から発表された小雷ランプの再発見は、誰も取り上げはしなかった。

 一人だけ錬金術科に残る教師は、かつて魔法学科において赤尾の才人と言われた者だというのに。


 何故錬金術などに手を出して落ちぶれたのかと言われている。

 それと同時に並び称される緑尾の才人も、先のない皇子の家庭教師などを押しつけられて汲々としているらしいと勝手な噂を信じていた。


「…………私も、皇子殿下の前で失態を犯すのではないかと不安になって来たな」


 自分の不遜すぎる上に的外れな批判で悦に入っていたことを自覚し、恥ずかしくなる。

 顔を覆って俯くと、ノイアンくんが慰めるように声をかけて来た。


「まだいいですよ。私なんてこの後、テスタ先生に報告しなければいけないんですよ。なんて言います? すべて錬金術に精通しておられた帝国の皇子殿下の功績ですと?」


 ノイアンくんを見れば、遠い目をして疲れ切っている。

 もし私が助手にそんな報告をされたらどうだろう?

 自分が第一人者として声望を集める分野で、詐術や過去の幻想と断じられる錬金術が有用だった?

 ちゃんと報告しろと怒鳴りつけてしまいそうだ。


「大丈夫かね? まだかの大老が登城するには時間があるだろう。少し気つけでもどうだ?」


 私はこの城に研究室を与えられている。

 使用人に顔はきくので、声をかければ用意されるだろう。


「お心遣いありがとうございます。ですが、酒に逃げて余計にテスタ先生に理解してもらえないほうが恐ろしい」


 顔色が悪いのは疲れもあるだろうが、同時に皇子殿下の忠告も効いていそうだ。


 ルキウサリア王国の悲願、封印図書館は夢見たとおり知識の宝庫だった。

 伝説が事実だったのは実に喜ばしい。

 だが、同時に思慮深い皇子殿下が懸念を口にされている。


「家を一刀で切り払う剣、か。まるでおとぎ話だ」

「ですが、それが我が国にあるそうですよ」


 苦笑するノイアンくんに、私も乾いた笑いを漏らす。


 私たちは一切図書館の文物には触れていない。

 いつもなら皇子殿下の懸念など杞憂で一蹴して知識を求めただろう。

 だが、そう言えないほどに、あの殿下はあの場で確かな存在感を示していた。


「たぶん、私たちは皇子殿下に命を救われたんでしょうね?」


 ノイアンくんが疑問を交えてしまうのは、実感がないからだろう。


 気づいた時には機械人形が動いており、それを皇子殿下が止めた。

 それだけ。

 だがその後に続いた言葉は、知識の悪用者の排除という物騒なものだった。


「機械人形は排除の役目を担っていると言われて、否定しなかったな」

「否定する音声がなかった、などということはないでしょうね」


 あの時私たちは封印図書館が帝国に渡ることを恐れた。

 だからルキウサリアに主権があること、誰か個人に権利を付与するならばディオラ姫であるべきだと訴えた。

 しかしそれが禁句だったのか、機械人形に排除対象と見なされたらしいのだ。


 正直全くわからなかった。

 何故皇子殿下が排除を試みたとわかったのか、何故皇子殿下が攻撃手段をわかったのか。


「今思い返しても、どうやって殺されかけたのか全くわからんな」

「ですが、皇子殿下は私たちを庇うように機械人形との間に入ってくださいましたし」


 真剣な表情と声、何より守ろうとする動き。

 それらに偽りはなく、皇子殿下を守る者たちも揃って得物に手をかけていた。


「何故あの方、第一皇子なんでしょう? いっそ庶子なら、すぐにでも席を用意してルキウサリアに迎え入れるのに」

「ノイアンくん、それこそ帝国側もわかっているから手放さないのだろう。そうでなければ嫡子でもないのにいつまでも第一皇子に据えておくなんて害でしかない」


 手放しがたい才能だが、それを公にするのは憚られる血筋だ。

 そう考えると皇帝陛下自身が、どうして皇子として宮殿で育てられなかったのだという不満も湧く。

 ただ一人生き残った皇子が、最初から宮殿で生まれ育っていれば、長子に相応の地位を約束できただろう。


「きっとノイアンくんが言うように庶子であったならば、各国がこぞって取り合いをしていただろうなぁ」

「あぁ、でしょうね。その時、我が国の姫君は射止められるでしょうか? 仲は良かったようですが、お友達という雰囲気も」


 確かに二人の様子は仲睦まじいが、どう考えても皇子殿下は目の前の謎解きのほうに熱中していたように思う。

 今後皇子殿下の地位がどうなるかわからないが、私は姫君を応援したい気持ちでいっぱいになった。


ブクマ2700記念

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― 新着の感想 ―
[一言] アーシェの価値を知る者が、国外にも出て来ましたね。
[良い点] 封印図書館を実際に見る機会の無かった魔術科のお偉方は、 まーた、妄言幻覚詐術の類と一笑に付すのでしょうな。 封印図書館の事実を考えれば、 まともに取り合われないほうが平和ではありますが。…
[良い点] 恋実るといいですね。 [気になる点] 学者様が、やらかしそうで、楽しみです。 [一言] 感想、返信ありがとうございました。 想像以上の展開、ありがたいことです。
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