134話:封印図書館4
階段を下りても、そう簡単に封印図書館には辿り着かなかった。
階段の先には宝物庫のような階層があり、そこで満足するとさらに下に行く階段を見つけられないようになっている。
宝物庫から降りると、先に本当に進むのかと覚悟を問う部屋が連なる階層が。
脅しに屈せず下へ進むと、今度は長く留まることで罠が動き出す仕掛けの階層。
そこも過ぎて降りると、明かりがない真の暗闇にひどく狭い廊下だけの精神を圧迫する階層になる。
それでも下に進めば、壁一面に恐ろしい数の石板があり、その中から正しい質問を見つけて正しい答えを選ぶという時間をひたすら削る方向性の階層だった。
「案外、難しかったな」
「感想それだけですか?」
なんだかレーヴァンが信じられないような顔で聞いてくる。
「ちゃんと答えに辿り着けるだけのヒントは用意されてたし」
「いやぁ、そのヒントに気づくのがまず無理な気がしてしょうがないですがね」
「アーシャ殿下、少し休みますか? さすがにだいぶ下ったのでお疲れでしょう」
ヘルコフとイクトが何処か慣れを感じさせる気軽さだ。
僕はディオラに目を向けて休むかを確認する。
「まだ先は長いでしょうか?」
「たぶん詩と連動してるから、六段目で終わりか、六段目を終えてから図書館かな」
僕が推測を伝えると、セフィラがもう下だと教えてきた。
よほど先に進みたいらしい。
それはディオラも同じだったようだ。
「では参りましょう。アーシャさまがおっしゃるとおりであるならば、下は明るいのでしょう?」
「たぶんね。もうここまで近づくと、駆動音聞こえてるし」
懐かしいような、初めてのような音が響いている。
壁の向こうで、大型トラックでも停車してるかのような音と振動がずっとしてるんだ。
随分深い水の底だから、ここまで空気を循環させる機構があるんだろう。
僕たちは休まず下の階段へ向かった。
すると、一本の明るい廊下に出て、その向こうには白い光がさらに煌々としている。
「行こう、ディオラ」
「はい!」
僕はディオラの手を取って、逸る好奇心のまま進んだ。
そして廊下を抜けると、広いガラスの大階段の上に出る。
目の前には宮殿の大聖堂並みに天井の高い建造物が広がり、そこを埋め尽くす高い本棚の列がまるでビル群のようだ。
電気の白く強い光に照らされて、全てが光り輝いて見える。
「は、はへぇ…………しゅごい…………」
「本当に、あった…………あぁ、あったんだ」
変な声に振り返ると、三段目からは声もなくひたすらついて来てた助手と学者がへたり込んでいる。
そちらに意識を割いていると、ヘルコフとイクトが身構えた。
同時にヴィィという独特の駆動音が近づいて来る。
「ようこそいらっしゃいました」
硬質な声を発するのは、電動立ち乗り二輪車のような形のロボット。
人を模したらしい丸い頭部はあるけど、どう見ても無機物でできたボディだ。
「うわ、すごい。応答できるの? そうだよね、封印するなら司書おけないし、機械化ここまで進んでたんだ」
「ア、アーシャさま、あれも、錬金術なのですか?」
「錬金術からさらに進んだ技術だよ。まさか実物が動いているところを見られるとは思わなかった。君はなんと呼ばれていたの?」
僕の質問にロボットは的確に応じる。
「個体識別名称はナイラ。規格としての総称はオートマタ。知識なき方々にお伝えするならば、機械人形となります」
オートマタのナイラは、人間に似せて作られたヒューマノイドとはまた違うようだ。
そして生体を利用するホムンクルスとも違うし、ゴーレムの発展形ってところかな?
「改めまして、ようこそおいでくださいました。驚くべき方、早すぎる才子、神童たる殿下」
ナイラは僕を代表者として挨拶をする。
そしてその言葉選びは、僕たちがここまでの間話した内容を知っているもの。
「お聞かせください。地上は先人の行き過ぎた知恵を受け入れる土壌となっていますか?」
「この図書館を見ると、正直、退化してしまっているとしか言えないな。君が動いている理屈を理解できる者は多くない。錬金術はもう衰退しているんだ」
「想定外です。あなたの師となった者たちは、現代の知恵の粋を集めた方でしょうか?」
ナイラの問いに、ヘルコフが大急ぎで首を横に振った。
「殿下が特別だ。俺たちが教えられたことなんてほとんどない。錬金術なんて、古い本読み解いて独自に習得されたんだ」
「はい、アーシャさまがおっしゃるとおり、この図書館のある我が国でも、錬金術は重要性を認知されず、学ぶ者も年々減っています」
ディオラの答えにナイラは感情の窺えない声で別の問いを投げかける。
「では、倫理観はいかがでしょう?」
「君に独自にアルゴリズムを形成する機能があるなら、わかってるんじゃない? 生命の神秘、世界の原初を求める思想と共に、錬金術は衰退している。禁忌は学者ではなく教会のものだよ」
実はさっきからセフィラがすごい勢いで走査して図書館内部を飛び回ってる。
見えないけど、気になったものがあったら僕に聞きに戻って来るから、相当やばいものがあることを僕も知ってしまった。
どうやらここ、ホムンクルスを製造する機材から、大量破壊兵器の設計図まであるそうだ。
もしこれを使うことを良しと皇帝が言えば? ホムンクルスで人体を製造すれば? 大量破壊兵器で都市一つを焼き尽くせば?
それに異を唱えられるのは、神の領分を侵すという大義名分を掲げられる宗教だけ。
そしてそれほどの権威を持つ宗教というのも限られる。
「時代、思想、政治哲学。そんなものに左右されず、知的生命の尊厳を根底に、知性と理性を根幹とした倫理観は、存在しないのですね?」
「あってほしいとは思うけど、この場を罪ありきとして封じた人々ほどの慎み深さはないだろうね」
「あなたはいかがでしょう? 今なお帝国が存在するのであれば、第一皇子であられるあなたさまこそ、封印を解いた正しき継承者です」
ナイラの電子音を思わせる掠れのある声に、全員が息を止めたような緊張が広がった。
まず、ここはルキウサリアだ。
そして秘密ながら放置せざるを得なかった知識の宝で、そこに帝国皇子が継承者として現れるなんて、認められないし、認めては国として主権が揺らぐ。
そしてもう一つとても重要な思い違いがある。
たぶん、音声を収集してレーヴァン辺りが僕を第一皇子と呼んだことから推測したんだ。
とんでもない勘違いだけど、誰も指摘しにくい思い違いだから僕が言わないと。
「えっとね、ナイラ。残念だけど僕を継承者として指名することはお勧めしない。僕は確かに長い歴史を持つ帝国の、第一皇子だ。けれど、嫡子ではない」
「そ、そうですとも! ここはルキウサリアの国土! たとえ帝国と言えども財産を奪うような蛮行は看過できません!」
「全くですな! かつてルキウサリアが得た知を他国が恣にするなど! 継承するならば正しく王室の、そう、ディオラ姫に!」
助手と学者が大慌てでディオラを推す。
けどまだ腰抜けたまま立てないようだ。
(敵性反応)
知的好奇心を満たしていたはずのセフィラが、突然警告を発した。
「ナイラ、待った」
甲高い駆動音を立て始めたナイラに、僕は声をかける。
よく見ると、腕のような棒の部分が銃口のように穴があるじゃないか。
「君、ただの司書じゃなくて、ここの知識を悪用しそうな者に見つかった時の排除も役目みたいだね。その基準は誰が決めたの?」
「…………私にコピーされた人格を元にアルゴリズムを形成、対応するようプログラムされています」
「なら、まず今の時代に合わせてアルゴリズムを組み直すためにも、限られた人員をここに入れて、人品を確認することから始めてほしい」
「あなたほど、理性と知性に溢れた者ばかりであれば、この図書館を解放することも可能です」
「無理ですね」
即座にイクトが否定する。
僕もそう思うけどね。
というか、親の代から戦争に関わらず生きて来た記憶のある僕が、この世界では異例の倫理観を持ってるんだ。
戦争なんて碌なものじゃないなんて、この世界の人は思わないし、争わないことのほうが不思議がられる。
ましてや倫理や道徳を考えて生きるなんて、この世界でどれくらいの人がしてることか。
「見つけたからにはしかるべきところに報告はしなければいけない。そうでないとここにある知識は、僕たちだけでは扱えない。そうなるともう、抑え込むしかないんだ」
正直僕も、昔の人の知恵を舐めてた。
まさか科学文明の先を行ってるとは思わなかったんだ。
錬金術の書籍には確かに科学だけでは無理なことも書いてあったけど、何処かで信じてなかった。
まさかこんな、なんの準備も心構えもなく手に負えない問題を目の当たりにするなんて。
うん、これはやってしまった。
それが今の僕の心境だった。
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