131話:封印図書館1
ルキウサリア国王は僕の申し出にまず保留を願い出た。
僕が父との手紙を仲介する必要性を重々承知した上で、僕の要望に応えるには協議が必要だと言う。
それはできる限り僕の意向に沿う上で、可否を明確にしなければ軽軽に答えられない内容だからと。
僕から送る手紙はすでに用意してあり、早馬はルキウサリア側が用意する。
何やらルキウサリア王家の早馬は、ちょっとした名物らしく一つ本気の現れということらしい。
処分に関する内容も確認が必要だから、動いてくれはするので僕は待つことになった。
そう言うわけでまだルキウサリアの王城にいる。
「まぁ、留学、ですか…………」
無為に時間を潰すのももったいない。
だから僕は気を揉んでいたディオラとお茶しながら、落としどころの一部を説明することになった。
僕を招けたと喜んでいたディオラは、途端に消沈してしまう。
正面から謝ると国に影響することはわかってるし、軽率に不満を零すこともできない。
そんな心情がわかるからこそ、僕はあえて軽く告げる。
「ちょっと狡いかもしれないけれど、できるだけルキウサリアの図書に目を通したかったんだ。今回はいい機会になったよ」
「それは、アーシャさまの求められる贖罪にしてはあまりにも軽いと思います」
ディオラも、今回のことがルキウサリアと帝国の政治バランスに影響することはわかっている。
そして留学と図書館利用だけでは、僕や帝国が退くには弱いことも。
皇帝としては第一皇子をここで馬鹿にされたままだと、さらに自分も馬鹿にされる。
今の帝室は嫌いだけど、帝国に強くいてほしい帝国貴族はやられっぱなしを良しとはしないんだ。
どうやら下手な誤魔化しは通じないらしい。
「帝国内部でもちょっと忙しくてね。できればこちらもルキウサリアとはことを構えたくないんだよ。それに、今回のことで数年先までルキウサリアは帝室に気を遣ってくれるでしょう?」
「弟君がたですね。それに、近衛の反乱でしょうか? 帝室の者に害をなそうとしたとか。アーシャさま、危険は?」
「大丈夫。陛下が対処なさったよ」
貴族が複数潰れる事件に発展してるし、知らないわけがないか。
「…………もしや、アーシャさまは今回のことで問題が起こるとわかっていて?」
おっと、そこまで読まれたか。
ごたごたする貴族も、この体験入学は注視している。
そしてさらに今までにない集団行動だ。
僕もいて、ソティリオスもいる上に、ディオラが僕を誘って実現した。
注目を集めないわけがない。
そこで事件が起きて処分についてルキウサリアと争わない姿勢で早々に手打ちにする。
皇帝は国内問題に本気だと印象付けと、誰にも口を挟ませない交渉力があると警戒してもらうため。
「利用する形で、ごめんね」
「いえ、私がお誘いしたばかりに、策を弄さねばならない事態になったのですから」
「いや、これはハドスがいてちょっと大きくし過ぎただけだよ」
また貴族子弟に絡まれるだろうなとは思ってた。
そこから親を抑えつけて、元近衛からの騒ぎを押さえる一助にしようくらいでね。
「お知り合いなのでは?」
「帝都を出てからは知らなかったよ。だから、ハドスの勝手な行動だってことはよくわかってる」
お蔭でもっといい手駒になってくれたしね。
ハドスはもともとルカイオス公爵派閥の家から出た家庭教師だ。
しかも次期皇帝と目すテリーの家庭教師に抜擢されるほどの有力な家柄。
そこに波及させればルカイオス公爵も大人しくなり、派閥の長が引けば下も倣う。
そうなれば父もことの収拾が少しは楽になるだろう。
「アーシャさまは…………」
僕が打算を考えてる間に言いかけて、ディオラは止める。
そして無理して笑顔を浮かべた。
「共に通えないことは残念ですが、会える機会が増えることは素直に嬉しいです」
その笑顔に僕は申し訳なくなった。
「会わないほうがいい。君の勉学の邪魔はしたくない」
「そんな!」
「僕の事情に巻き込んでしまうから。ごめん」
ディオラは、僕の拒絶の言葉に、目に見えてショックを受ける。
とても悪い気がするけれど、これは入学前には言わなければいけないことだった。
そうでなくちゃルキウサリア国王との交渉が無駄になる。
僕が言わなくちゃいけないけど、ディオラと距離を取ろうとするのはこんなにも心苦しいとは思わなかった。
「今回、ディオラとの交流は広く知られた。それによってルキウサリア王室が帝室に近いと思われれば、帝国の政治に巻き込まれる」
それは僕を担ぎ出して揉ませようとする人からすれば恰好の的だ。
事実がなくても噂という火を焚きつければ煙は立つ。
そうなった時、ルキウサリア王室が難を逃れるには明確に関係を切るしかなくなる。
それは今の帝室との敵対で、決定的な決別でしかない。
「今よりも悪くならないように。僕たちの間で終わるためには…………」
言葉を選んで言おうとした僕を、ディオラは強い目で見つめて遮った。
「始まってもいないのに終わらせないで」
絞り出す声に、僕も続けられない。
こんな悲しい顔させたかったわけじゃないけれど、こうなるとわかってた。
だから言いたくなかったんだけど…………。
嫌われてもしょうがない。
…………そう思うと前言撤回したくなるなぁ。
「父は、私と交流を止めるよう、アーシャさまに申し上げたのですか?」
「いや、ルキウサリア国王は何も。これは僕の判断だ」
ディオラは目を固く閉じると、恐れるように聞いてきた。
「私は、ご迷惑でしたか?」
「まさか。ディオラは素晴らしい友人だ。僕も、叶うなら…………いや、うん。いずれ、時が来ればまた友人には戻れるよ。だから」
「嫌です」
きっぱりと拒否され驚いていると、ディオラはもう一度同じ言葉を口にする。
「嫌です。私はアーシャさまと友人のままでいるのは嫌です」
「ディ、ディオラ?」
「まだアーシャさまから見れば私は頑是ない子供に見えるでしょうが、それでも相手にされもしないままなんて嫌なんです」
ディオラは涙を溜めた目で僕に訴えた。
「留学ということはルキウサリアにはいらっしゃるのでしょう。でしたらまた手紙を書きます。今まで以上に書きます。少しでもアーシャさまに認められるように、勉学も決しておろそかにはいたしません」
「いや、ディオラはちゃんと素晴らしい姫君で」
「けれどアーシャさまは私を子供としてしか見ていらっしゃらないでしょう?」
鋭い。
確かにまだそう言う目では見られない。
けれどこれから大人になって、もっと国の代表という王族としての振る舞いが求められる。
その上で僕とつき合うことを問題視されて、ディオラが嫌な目に遭うなら、いっそこれを機に距離を取るべきだと思った。
だというのにディオラのほうから拒否されてる。
僕に気がないのをわかっていて、それでもといじらしく訴えた。
その健気さに心動かされそうになる。
自分のチョロさにちょっとどうかと思うけど、ただここはやっぱり大人として僕は、僕が、断らないと。
「まずはデートいたしましょう」
「はい?」
僕の頑なな雰囲気を読み取ったのか、勢いで言ったらしいディオラのほうが真っ赤になる。
なんだか微笑ましくなって見つめ返すと、ディオラはいっそ怒ったような顔で必死に言葉を続けた。
「王室に伝わる秘密の図書館があるのです」
おっと、甘く見てたら僕を的確に惹きつけることを言い出したぞ。
(仔細を求む)
そして今まで空気を読んだのか大人しくしてたセフィラが好奇心に負けた。
「高度な知識の集積。それ故に不明な者が触れれば悪用されるとして封印された図書館があると、王室には伝わっているのです」
「それって、もしかして水底図書館のこと?」
「水底? いえ、そのような名前では。ですが、封印の地と言われる場所には大きな湖があります」
「帝室の図書館の、個人の学術書をしまい込んだ書庫の中にあった記述で、六百年は前の記述を参照したとあったんだ。錬金術の書籍だったから、僕も読んだんだけど」
僕とディオラは顔を見合わせて、お互い好奇心で頬を紅潮させる。
「暗号化されて残されていた中に、ルキウサリアにあると書かれていたよ」
「まぁ、やはりアーシャさまは博識ですね。もしかしたら私たちで長い封印を解くことも可能なのでは?」
「けどいいの? ルキウサリアの秘密なんでしょう?」
「八百年前に所在不明となり、それ以来見つけられておらず、学者たちも捜索は断念しています。ですから、他国の者でも行って調べることは可能ですし、すでに許可を得ています」
「さすがディオラ」
離れがたいからこそ、僕はついディオラの誘いに全力で乗ってしまったのだった。
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