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閑話25:レーヴァン

「絶対なんかやる…………」


 ストラテーグ侯爵が執務室で呻くように断言した。


「そう思うんだったら、止めれば良かったじゃないですか。入学体験」


 俺は呆れながらも、悩む理由を察することができるため応じる。


 ことは温室でのお茶会だ。

 まぁ、この時期にわざわざルキウサリアの王女が来たからには、こっちもお誘いがあることは予想してた。

 だから最初は止める気満々だったんだよな、このストラテーグ侯爵。

 だってのに、必死なディオラ姫の姿に絆されて助言までして。


「お前、第一皇子と一緒になって…………」


 恨めしげな声は、どうやら絆されたことに呆れてたのがばれてるようだ。

 けどしょうがないと言いたい。

 あんまりにも情けないというか、そこまでなもんかっていうか。


「そんなに初恋の方に似てるんですか?」

「うぐぅ…………あまり、その話は…………」


 顔を覆って呻くストラテーグ侯爵は、ディオラ姫が成長するごとに似ているせいで古傷がうずいたか。

 それとも、息子に言われるのが悶絶するほど恥ずかしいのか。


 両方かな。


「じゃあ、止めないのはどうするんですか? なんかあの皇子さま、また何かしそうな顔してた気がしますけど」

「やはりそう思うか?」


 学園への入学体験に、ディオラ姫が誘った。

 そこにユーラシオン公爵子息が乱入したのはただの成り行きだ。

 ただそうなると、必ずユーラシオン公爵派閥の貴族子弟も絡む。

 そんな状況を察せないほど、あの第一皇子は甘くない。


「どう利用するにしても、まずどういう形で一緒に行くか、ですかね?」

「確かに。もし緩衝材代わりに他の貴族子弟も巻き込むなら、こちらの派閥からも人を送り込めるか」

「あぁ、やりそうですね。あの皇子さま、他の人間の前だと面倒臭い喋りしますし」


 あれ、ちょっとした特技な気がしてくる。

 普段の喋りを封じて、相手の注意を引きつける間延びした喋りを続けてるんだから。

 俺なんてつい思ったことを口にしたくなるのに、それを言わない自制心が必要だろう。


 ただ何処で使うんだって話だな。

 第一皇子もそろそろしんどくなってそうな気がする。

 とは思うけど、あの皇子の内心わかる気がしないなぁ。


「というわけで、入学体験の時には私もルキウサリアに赴く」

「本気ですか?」


 決めた途端、さっきまで情けなく顔を覆っていたのにキビキビと動き出す。

 やる気なく椅子にもたれてた人とは思えないほど、今から予定を調整して帝都外へ向かう時間を空けるため、素早く書類に目を通して必要事項を別途書きだし始めた。


「忙しいでしょ。面会予定、誰を断るんです?」


 今ストラテーグ侯爵の派閥は増強の一途だ。

 それと同時にお家の取り潰しという大事件で浮き足立ってる貴族界隈で、他より安定しているのも存在感を増している一因。

 取り潰しも一大事だが、その後の空いた席に誰が座って誰が甘い汁を吸うかで浮ついてるのもあるし。

 さらには現状に不安を持った者が、新たに勢いのあるストラテーグ侯爵派閥に鞍替え、よしみを通じようとする。

 そんなわけで、二ヶ月後まで面会希望が目白押しなのは俺も知ってた。


「派閥が強まって人材もそれなりに集まった。そろそろ任せようと思っていた者もいる」


 そうストラテーグ侯爵に言われて思わず出た名前があった。


「それも第一皇子殿下の采配ですよね」

「うぐぅ…………」


 あ、しまった。

 やる気になってたのに、ただ事実を言っただけで挫けそうになってる。


 立て直すように顔を上げたストラテーグ侯爵は、遠い目をしていた。


「思えば、初めて公式行事に出た途端、婚約だなんだと問題を起こしていたな」

「ありましたねぇ、そんなこと。あの前に俺も面倒なことになりましたけど。もっととんでもないのは、暗殺されかかった途端闇ギルド潰しにかかったことですよね」

「それもひどかった。しかも自分で行くとは何ごとだ。周りは止めろ。皇子の振る舞いを誰も教えなかった弊害があんなところで…………」


 いっそディオラ姫に悪行暴露したら、いや、したらこっちが責任問題か。

 本当に妙なところ一貫して保身してるよな。

 その上でこっち巻き込みに来やがって、あの皇子さま。


 そんなだから公爵たちも第一皇子をさっさと排除、とはならない。

 皇子を簡単に排除できるようになると、結局帝室の権威、ひいては帝国の影響力に陰りが生まれる。

 権勢握ってる側が冷静な分、国荒らすような無茶しないけど、第一皇子が権勢から遠ざかるよう働きかける陰湿な感じになってるのはどうなんだと思うことはある。


「派兵して、あの時も思うほど時間をかけずに凱旋してくるとは。気の迷いで面倒な宮殿から離れて、田舎で落ち着くことはないだろうかと思っていたのに」

「それはちょっと楽観過ぎません、侯爵さま? 結局一年で戻ってるんですし、最初から戻る算段立ててたでしょ。しかもまた懲りずに暗殺者向けられたからって、サイポール組と国軍を正面からぶつけるなんてことまでして」

「…………ルキウサリア国王一家をもてなすあれも、皇帝としてのささやかな実績になっている。闇ギルドはいわずもがな。サイポール組も改めて軍を出すことで実績に」

「あー、そう考えるとことごとく皇帝が権力身につける手になってますね。なんか、あの皇子さまのやることなすこと予想外すぎて、そっちに目が行ってました」


 けど他から見れば逆だ。

 第一皇子なんてと見向きもされず、それを逆手にとって皇帝の裏で動いている。

 その上で実績は皇帝へ還元できる形を考えて実行しているのだろうか。

 いや、それができるのがあの皇子さまだな。


「…………面倒くせぇ」

「おい、さすがに弁えろ」

「うっす」


 俺は思わず漏れた本音を窘められて背筋を正す。

 ただストラテーグ侯爵も深くは追及しない。


 たぶんあっちも思ってたことだろう。

 公妾にもなれない程度の女が産んだ皇帝。

 そんな者、権勢を着実に築いて来た貴族たちの傀儡にしかならないと。

 だというのに、今では歯向かった貴族を家ごと取り潰すまでになってる。


「皇帝がここまでできるようになるなんて、誰が想像してたでしょうね?」

「決して愚昧ではないが、あまり政争に適した性格でもなかったからな」


 俺の独り言にストラテーグ侯爵も頷く。


「…………実は第一皇子を皇子として宮殿に引き入れたのは正解な気がしてきた」

「侯爵さまー、お気を確かに。皇妃以外の間に長男いることで面倒なことになってんすよ」


 俺の言葉にストラテーグ侯爵も失言を自覚して咳払いを一つ。

 とは言え、納得する部分もある。


「実際、あの皇子さまいなかったら、皇帝が反抗する貴族潰す実力手に入れられるのっていつになってましたかね?」

「ルカイオス公爵も守りはするだろうから、潰すと言えば潰すよう取り計らうこともあるだろうが。独力となると…………十年は早いな」


 老境とは言え、まだルカイオス公爵は現役だ。

 ただ十年後はさすがに老齢で一線を退くかもしれない。

 つまりストラテーグ侯爵としては、後ろ盾も実績もない皇帝が、独自の裁量で貴族を罰することができるのは、ルカイオス公爵という大物が揺らいでからと。


 それは翻って、皇帝独力では手の回らないところを、あの第一皇子が担ってるってことだ。

 しかもまともな権力者なら決して手を出さないところを突いて。


「…………絶対、入学に関して動くために、入学体験で何か仕込みしますよねぇ」

「するだろうなぁ」

「たぶんトトスさん同行するんで、俺も同行して報告しますわ」

「そうしてくれ。調整しても、二日、いや、一日遅れくらいで着くことになりそうだ」


 予定を見直した結果、ルキウサリアに行く予定は空けられるようだ。

 嫌な想像だが、一日であの皇子さまなら状況をひっくり返しそうな気もする。

 実際今までもごく短期間でやってたし。


「そう言えば、酒店のほうは? 動きはないか?」


 あの皇子が関わってそうだからってことで、定期的に金もらってディンク酒を買いに行ってる店。

 皇子には会わないものの、ドワーフのような存在の出入りは確かにあった。


「なんか、新たな技術開発とかなんとか。新商品も本当呆れるくらいポンポン出して。商会また大きくするとか、帝都の大通りに二号店の予定も立ててるとか?」

「関わってないと、いいなぁ…………無理なんだろうが。逆にあの皇子以外にこんな影響力作り出せる者がいてはたまらない。これは、いつ使う気で仕込んでるんだ? 相当浸透してるぞ? 最近、あそこの酒をふるまえないと笑われるほどに」


 ストラテーグ侯爵は別の心配ごとに気を取られ始める。

 貴族の集まりは見栄の張り合いで、その見栄を支えるアイテムとしてディンク酒は数年で相当な地位を得ている。

 しかも後ろに第一皇子となると、どう使うかなんて疑問にもならない。

 絶対皇帝のために使うだろう。

 いつその札がどう切られるか、俺は考えそうになる無駄な思考を、頭を振って追い払った。


ブクマ2500記念

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― 新着の感想 ―
キモすぎ。 と思ったら感想欄も溢れてて助かった(助かってない)
[一言] こいつホント気持ち悪いね レーヴァン母の描写が軽くなっていくね
[一言] 気持ち悪いロリコン侯爵だからこそ利用するのに躊躇う必要がない。しかも最初に仕掛けてきた敵にして有能だから使い道がたくさん……。しかも立場も隣国の王の関係者だから使いやすい。便利な男だ……
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