123話:初恋の君3
ルキウサリア王国にある最大学府は、正式名称ルキウサリア王立学舎機構。
通称、学園。
つまり、学術に関する機関が寄り集まった組織体の総称だ。
これほど大規模な学府は他になく、故に学園と言えばルキウサリアという認識がある。
同時に、複数の教育機関が集まる故に学園内部での上下もまた、存在した。
一番上はなんと言っても厳しい選考基準と入学金の高額さで名を馳せる、王侯貴族御用達のラクス城校。
帝国国内のみならず国外からも入学者がおり、十四歳から十七歳の三年間なのに、王侯貴族の子女が四百人も在籍する。
名前のとおり城を校舎にしており、学園のランドマーク的な建造物だ。
「試しの入学とはいったいどういうことかな、ディオラ?」
「毎年ラクス城への入学希望者には、一日ですが入学体験が実施されるのです。本入学はもちろんご本人の実力を要します。ただこの入学体験であれば、私の紹介で今からでも参加が可能なのです」
「そんなものがあるんだね。知らなかったよ」
ラクス城校は王侯貴族向けであると同時に、少数ながら大富豪や大豪農などの平民の受け入れも行っている。
たぶん体験入学はそうした人向けと、ルキウサリアから離れた土地の人向けだろう。
ルキウサリア王国は人間主体の国だから、異種族にも一度体験してもらうという方向性かもしれない。
どちらにしても、一日のために行って帰るだけという贅沢ができる資産が必要になる。
これに参加できるかどうかが、王侯貴族に対しても一つの篩なのかもしれない。
「入学体験の場は、ラクス城そのもの? それとも分校?」
「どちらでも行われますが、私が行くのはラクス城校です」
さすがルキウサリアのお姫さま。
三年で四百人、つまり次年度の枠は百強。
そこから漏れると分校であるアクラー校へ入学することになる。
ここも学園内部では上位の学校だが、明確にラクス城校の補欠位置なので、それなりの王侯貴族からすれば入学は屈辱だそうだ。
逆に平民たちが高望みせずに本気で目指すのは分校のほう。
敷地は同じで校舎も隣だから、さらに格の低い学舎からすれば、ラクス城校もアクラー校も同じようなものらしいけど。
ちなみにウェアレルはラクス城校卒業で、父は分校だったらしい。
ラクス城校の中でも学科が別れていて、学科によっては分校と合同授業があるそうだ。
さらに学科によっては分校に格下げになったりもするらしい。
…………うん、錬金術科です。
ラクス城校所属なのに、分校のほうに教室あるらしいよ。
僕に錬金術の道具を回したのも、本校舎を追い出されて規模縮小しなきゃいけなかったからなんだって。
「家庭教師に聞いてはいたけど、改めて聞くと興味が湧くね」
「まぁ、でしたら私にもお聞きください。私は幼年校には通っていたのです。ラクス城校と同じ敷地にある、スタグン館校にいたのはお手紙にも書いたとおりです」
幼年校はルキウサリア在住者に限って門戸を開く学舎で、七歳から九歳までが学ぶ。
確かにディオラの手紙には通ってることを告げる内容はあった。
王族は通わなくても家庭教師でいいんだけど、ディオラは経験を積むためと自ら望んだ。
「アクラー校は分校として有名だよね。他にも分校があった気がする」
「敷地を別にする分校でしたら、リーウス校やモンソロス校、別校舎ではシルワー別館が」
アクラー校が補欠の入る分校で、リーウス校は運動を主にするため広い敷地に移されているそうだ。
モンソロス校は絵画作成や声楽、演劇など芸術方面を主力とした分校で、シルワー別館はなんと、ダンジョン攻略のための拠点だという。
うん、住む世界が違う感あるけど、ファンタジー要素あると面白く感じるなぁ。
なんにしても全部分校で、その他の学舎からすれば全部ラクス城校の一部だ。
学園には平民向けの学校もあるので、そっちからすると分校でも格の高さは同じなんだとか。
「幼年校から熱心なことは知ってたけど。じゃあ、ラクス城校卒業後はどうするの?」
日本とは年齢の区分が違うけど、無理矢理当てはめるなら十四で入学するのは中等教育。
卒業すれば高等教育がある。
さらに上の大学は、もはや研究機関と言える学舎が存在した。
国や領地で後継のために学ぶ必要のある者たちは、中等教育で終了し家に帰る。
女性も十七から社交界に入って結婚を見据えるため中等教育まで。
その必要のない者は自らの未来のために高等教育へ進むので、アクラー校の者ほど上へ行くと聞いている。
「可能なら上へ。ですが、その…………」
何か言おうとするディオラの様子に、これはと思ったらストラテーグ侯爵が先に口を挟んだ。
「まだ、第一皇子殿下が入学如何さえ明言されてはいないところに、少々話を膨らませ過ぎではないかな?」
「あ、そう、ですね」
ディオラは赤くなって退く。
僕は思わずストラテーグ侯爵を見た。
視界の端でレーヴァンが大人げないと言わんばかりの顔をしてるけど、僕もきっと同じような表情だろう。
けど当のストラテーグ侯爵は、僕が悪いと言わんばかりの目を向ける。
確かに求婚されて返事はぐらかし続けてるけど。
応諾しても拒否しても問題にしかならないのわかってるでしょ。
「…………兄王子」
僕はディオラに聞こえないように囁く。
途端にストラテーグ侯爵が渋い顔になった。
ディオラの兄は幼い頃からちょっと問題があったけど、それが学園入学で悪化しているのは聞こえている。
そのせいもあり、学園で出会った婦女子からは全員拒否で問題のある言動が広まり、今も婚約者がいない。
ルキウサリア国王夫妻は荒療治として国外へ留学に出したという。
それくらいは入学を考えて調べてわかってる。
この状態でディオラに結婚話を持ちだすのは王室内部で軋轢にしかならない。
「ディオラ」
「はい」
「その入学体験、招かれてもいいかな?」
「は、はい! ぜひ!」
ディオラは僕の返事に満面の笑みを浮かべた。
綺麗になった印象だったけど、その表情は可愛い。
聞けば入学体験は約ふた月後で、僕が応諾したら一緒にルキウサリアに帰ろうと思ってたんだとか。
「ディオラとまだ話ができるなら嬉しいな」
「はい、私も、まだアーシャさまと話したいことがいっぱいあるのです」
「僕もだよ。そうそう、派兵の途中で珍しい薬草を見つけてね…………」
「私もこの一年で、魔石についての論文がとても興味深く…………」
僕たちはお互いに、手紙に書ききれなかった近況を話す。
ディオラの言う魔石は、宝石や石が魔力を含んだもので、僕としても興味深く話は弾んだ。
けど入学体験に行くなら僕のほうでも調整が必要だ。
僕は名残惜しく思いながら、お茶会を切り上げるため声をかけた。
「少し早いけど、今後のためにやらなければいけないことができたから、今日はこの辺りで」
「あ、そうですね」
残念そうに応じるディオラに、ストラテーグ侯爵がまた口を挟む。
「ルキウサリアからの招きとあれば、手続きもさして必要もないでしょうな」
裏を読めば、ルキウサリア側からの働きかけなら邪魔しにくいってことのようだ。
そしてディオラを悲しませるくらいならお茶会を続行しろと言ってる。
今回は僕もそれで異論はないけどね。
「だったら、温室内の探索をしようか、ディオラ」
言って、僕はディオラのほうへ向かい手を伸ばす。
ディオラも笑顔で手を取り立ってくれた。
エスコートの仕方は、ハドリアーヌ王国御一行の歓待のために覚えておいて良かった。
妃殿下とライアに練習相手になってもらって、テリーたちと一緒にやったけど実際使わずに終わったんだよね。
ここで使えるとは思わなかった。
「やっぱりレモンの実がこんなに大きくなるなんて。温室とは言え高台のここは温度が足りないのでは?」
「良く知っているね。温室の端には専用の暖炉があって、そこで全体を温めてるんだ」
「ルキウサリアは南の山脈から吹き下ろす風で寒冷なので、暖かい地方の作物は育たないのです。魔法によって育成の研究もされていますが、なかなか」
「それが上手くいけば作物の育ちにくい土地に応用できるかも知れないね。ここは冬になると暖炉番が常にいる形で人力なんだ」
そんな話をしながら、僕は温室の壁であるガラス越しに外の庭園を見る。
するとそこにひょこひょこ動く人影があった。
温室は周囲よりも一段高くしてあり、植物も多いので中が窺えないから跳んでいるんだろう。
ただ髪の色が貴族によくいる紺色で、しかも大きさからして子供だけど、テリーじゃない。
(え、誰?)
(ユーラシオン公爵子息です。一時間ほど周囲を徘徊しております)
セフィラはすでに捕捉して一時間放っておいたらしい。
それも驚くけどなんでソティリオス?
僕の視線でディオラも気づいている。
僕たちは顔を見合わせると、放っておくこともできず声をかけに、温室の外へ向かうことにした。
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