121話:初恋の君1
ハドリアーヌ王国御一行が帰って、僕はストラテーグ侯爵から聞き取りをされていた。
「なんで?」
「また求婚されたでしょ、殿下」
僕の疑問にレーヴァンがすでに疲れたような声で答える。
そのせいで、僕は思わずストラテーグ侯爵に呆れた目を向けた。
「いや、待って。何か誤解があるようですけど?」
「またどうやって口説いたって詰め寄ってこられても困るんだけど?」
「違う、今回は違うとも」
レーヴァンに答えると、ストラテーグ侯爵がちょっと早口に否定する。
もう六年前かな?
ディオラに求婚されたらストラテーグ侯爵が押し入って来たんだよね。
確かストラテーグ侯爵はルキウサリア国王と従兄弟で、親バカならぬ、おじバカ的な?
「おほん、今回はユーラシオン公爵の子息のこともお聞きしたい」
「ソティリオス? 特に何もしてないはずだけどどうしたの?」
僕がナーシャに求婚されてた時、茫然としてただけだったけど?
そう思っていると、レーヴァンがいつもの如く声を上げる。
「いやいや、何もしてないし、何も話題に上がってないのが問題なんですよ。第一皇子殿下、ユーラシオン公爵に舐められてるでしょ? で、あの方できの良い息子がご自慢なんです」
「つまり、息子差し置いて僕が求婚されたとか、帝国貴族の噂になったのが許せないって?」
正直なんだそれとしか思わないなぁ。
その間に気を取り直したストラテーグ侯爵が続ける。
「それと共に、離宮の使用人たちからあなたへの評価の声があります。さすがにそれを訝って、ユーラシオン公爵も園遊会の時に何か異変があったのではないかと疑っている」
「評価って言われても、僕は変なことしてないはずだけど」
「逆ですって。鈍い喋り口のくせに指示は的確、対応も丁寧、目配りもできて問題一つ起こさないとなれば、実は有能なんじゃない? なんて評価がひっくり返るんですよ」
レーヴァンが無礼だけどわかりやすく疑われてる内容を教えてくれた。
期待値がだいぶ下だったのに、対応は普通だったから期待値以上で評価になったようだ。
「けどユーラシオン公爵が訝しんでるだけなら問題ないでしょ?」
「いえ、これから妨害が本格化するでしょうな」
ストラテーグ侯爵の言葉に、僕もようやく真面目に向き合う気になった。
黙って控えていた側近たちも静かに張り詰める。
すでに嫌がらせはずっとされてるし、家庭教師を雇うことも妨害された。
けどそれらが本格的にとなると、今までのようにやられてから返すような猶予があるだろうか?
「悪評の裏付けもできずに、息子の引き立て役にもならないならいらないって?」
「そこまでは…………」
「そう言ってるようなものでしょう。他に、妨害の本格化なんてどんな意図で?」
僕の問いにストラテーグ侯爵は溜め息を吐く。
「やれやれ、やはり戦場で学ぶことはあったようですな」
「今までのように受け身でいても守れなくなってきてるのはわかったかな。…………元近衛くらいわかりやすいことしてくれればいいんだけど?」
かまをかけると、さすがにストラテーグ侯爵とレーヴァンの顔が引きつる。
「ちょっと、殿下? まさか命狙われてる心当たりでも? それは管轄的に問題なんですけど」
「僕が聞いてるんだよ、レーヴァン。妨害の本格化って、なんのこと?」
派兵中なら宮殿外で知らないふりもできる。
でもここでことがあれば、ストラテーグ侯爵は人員配置しているから責任の一端をこうむることになるんだ。
逆を言えば、僕をどうにかしようとするなら僕に会える人を抱き込む方向しか考えられない。
それで言えばルキウサリア王国を挟んで姻戚関係のあるストラテーグ侯爵に、ユーラシオン公爵が声をかけないわけがない。
「…………ご安心を。入学に関してのみです」
ストラテーグ侯爵が札を切った。
僕には切る札なんてないから、相手に出してもらえるよう圧かけるしかなかったんだけどね。
「ルキウサリア王国の学園において、王室がどのような姿勢であるかはご存じか?」
「知らないね」
ユーラシオン公爵からルキウサリア王国に働きかけができるくらいしか。
「ルキウサリアは学園あってこその国。学園の特殊性を保つことが第一です。故に、各国とのバランスを重視している。その中で、皇帝の第一皇子であるあなたと、ユーラシオン公爵のどちらが影響力があるかは…………」
「ユーラシオン公爵でしょう? 陛下は帝国国内を重視して、他国への影響力は強くない」
ハドリアーヌの御一行も、皇帝ではなく帝国という社交場を活用するためにやってきた。
そうでなければ、あの姉妹の誰一人として皇帝に擦り寄らないわけがない。
帝国は大陸全土を傘下に収めているのに、その頂点であるはずの皇帝が認められてないのは今に始まったことじゃない。
逆にそんな弱い皇帝だからこそ、口を突っ込まないと足元を見てハドリアーヌの暴君は送り込んで来てるわけだ。
「ユーラシオン公爵が外交の伝手を使ってルキウサリア王国を動かし、僕を入学させないように動く? それこそルキウサリア王国の学園が独立不羈であり各国の争いの外という特殊性を著しく棄損してしまうんじゃない?」
「伝手があると言うことは、それだけ動かせる手も多い。王家がどれほどあなたを買っていても、行き届かないこともあるのです」
ルキウサリア王家はディオラの実家だ。
だから僕の手紙を知ってるし、僕が年齢に似合わない思考力持ってることも理解してる。
馬鹿にしてこないし、文通も続けてるし、悪いイメージはないんだけど、そこに国としてとつくと別ということか。
ルキウサリア王国は比較的皇帝である父に好意的だ。
けれどそれは他の国にも同じで一種八方美人の国と言える。
何処か一つに肩入れすることはないし、味方にはならない国。
「なるほど、つまりストラテーグ侯爵は僕自身の口からルキウサリアには行かないと言わせたいわけだ」
「私は殿下に意見を言える立場にはないので」
「…………手紙」
「うぐ…………!?」
やり取りの仲介をもぎ取り、あまつさえ中を検めるなんてことをしておいて何を言ってるんだか。
完全に私事丸出しなのは知ってるし、だからこうして忠告もくれるんだろうけどさ。
「第一皇子殿下、戦場から戻ってこっち大人しいと思ったら、妙に攻撃的なこと言うようになりましたね?」
そしてやっぱりレーヴァンが庇って間に入る。
仲いいなぁ。
「僕も子供らしく愛想振りまいてるだけじゃダメみたいだからね」
「愛想…………?」
レーヴァンが聞き間違いを疑うように繰り返す。
そう言えばレーヴァンは最初から無礼全開だったから、塩対応だったな。
そんな過去を知る側近たちもレーヴァンを冷ややかに見る。
愛想がないのはお前だからだぞと、目が語ってるのがわかる。
「ユーラシオン公爵が徹底して僕の入学を妨害してくるのはわかった。今のところ命を狙うなんて極端で危険なことをしないことも。だったらやられたらやり返せばいい。それは僕の得意分野だ」
「ま、待っていただきたい。そのようなことをされると困るというのがこちらの」
「けど関わる気はないんでしょう? だから忠告もナーシャの求婚だとか、ソティリオスだとか持ち出して遠回りしてる」
ストラテーグ侯爵からしたら、ユーラシオン公爵は敵に回したくない。
けど僕に何かあるとディオラが嘆く。
だからどちらも味方はしないけど敵対もしたくない。
関わる益もないしね、そこはいい。
「で、ストラテーグ侯爵がこうしてくるのは、職務の場合がほとんどだ。でも今回は違う。となるとあと一つ。私情だ」
僕は指を立ててみせて、核心を聞く。
「ディオラに何があったの?」
極論、この人は帝位に誰が座っても同じと思ってそうだし。
だったら継承者の間に挟まる真似なんてしないから、だったらもう用件は一つだ。
ストラテーグ侯爵はがっくりと頭を下げた。
「…………私は、そんなに、わかりやすいだろうか?」
「アーシャ殿下に関わる限りはとても」
イクトが即座に肯定し、追い打ちをかける。
そしてストラテーグ侯爵は諦めた様子で懐から一通の手紙を出した。
見慣れた封筒と封蝋はすでにあけられており、ディオラからだとわかる。
「ってことは、また帝国に来るのかな?」
「そこまで読まれているのか…………」
レーヴァンもさすがにフォローできず、沈むストラテーグ侯爵に声をかけられないようだ。
そんな懐刀の沈黙が一番効いたのか、余計に落ち込んでしまったらしかった。
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