120話:ハドリアーヌ王国御一行5
言ったとおり、ナースタシアは一人芝居、もとい、上手く立ち回って注目を大きくし始めた。
淑女的振る舞いと弟思いの言動で、僕に声をかけたのは礼とお世辞として流されている。
他にも、淑女でありながら求婚とも取れる情熱的な言葉を発すると、目新しい物好きの貴族の興味を大いにそそってもいるそうだ。
ナースタシアと話してみたいと、帝国貴族は自ら近寄るため贈り物までするとか。
「お蔭で焦ったヒルドレアークレ王女はトライアン勢力を使って皇太后に接触を計った。けどそれはルカイオス公爵が動いて阻止。帝国代表みたいな位置だったユードゥルケ王女は、大公国しか後ろ盾がないことが鮮明になって、明らかに存在感が低下してる」
僕はようやくお役御免を前に、部屋で側近たちと事の成り行きを確認していた。
「侍女の一人も連れずに応じられた時には、どのような女性かと思いましたが」
「そこまでの果断と先を見据えた振る舞い、アーシャさまに似たところがありますね」
虚を突くためとはいえ、淑女の寝室に乗り込んだことを棚に上げるイクト。
ウェアレルの指摘は、ヘルコフと共にあの時夜の庭園にいたからだ。
歩きながら話す僕たちの会話が聞こえる距離にいたらしい。
「ってことは、殿下もやろうと思えばあれくらいできるってことですかね?」
「しないし、やる意味はないよ。長子相続が覆らないなら、考えないといけないし」
だったらもう、僕は皇子を辞める以外にテリーに帝位を譲ることはできない。
けど、やり方が問題だ。
第一皇子を適当な理由で降ろせるなんて悪しき前例になったら、テリーの代に問題になるかもしれないし。
僕の言葉に、側近たちは何も言わなかった。
もうずっと一緒だったからこそ、僕がここを出なければいけないことはわかってたんだろう。
「ともかく今日の役目を終わらせることからだね」
僕は侍女のノマリオラを呼んで、礼服に袖を通すと、庭園にある離宮へ向かう。
明後日にはようやくハドリアーヌ王国御一行の帰国だ。
今日は見送り代わりの皇帝の晩餐会を前にした、ブリーフィング込みのお茶会がある。
場所は離宮の一室で、参加は僕とハドリアーヌ王家の四人。
ユーラシオン公爵子息のソティリオスは当初参加予定だったんだけど、ナースタシアが起こした勢力図の激変で、下手に触らないほうがいいとユーラシオン公爵が判断した。
関わりは最低限にされて、今日のお茶会も参加から外れている。
「わたくし、ルキウサリア王国の学園に通いますの。皆さま行けないでしょうけれど、そちらで良き出会いがあるはずですわ。結婚を急ぐ必要も、な、く」
晩餐会の流れと注意事項を話して後はお茶会となった中、ユードゥルケ王女がそんなことを言い出した。
立場が悪くなったことは自覚しており、だからマウントを取ろうとしているんだろう。
大公国の公孫という身分なら入学はできるだろうけど、ちょっと考えなしだね。
「あら、五年か六年後のことですわね。その時、本当に入学されるの?」
「我が国で何が起きても、関わるつもりはないという意思表示かもしれませんわね」
すかさずナースタシア王女が心配するふりで言えば、ヒルドレアークレ王女がズバリ核心をついて突き放す。
何せ今、国王が病床に伏しているんだ。
数年後はちょうど葬儀かもしれないし、フラグリス王太子の即位後という大変な時期かもしれない。
その頃の入学を語るってことは、もう王位継承レースを降りますと取られても仕方ない。
「そ、そんなこと言っておりません。なんて意地悪なのでしょう。わたくしは相応しい教育の機会を得られる幸運を語っただけです」
「では、国にとどまる僕は、相応しい教育の機会を逃すとでも? 病気の父を残して他国へ行くなんて、そんな不孝に正統性があるとでも?」
フラグリス王太子もさすがに不快そうに言い返した。
数日滞在して言葉を交わしてわかったのは、暴君に対して敵対的なのが上の王女二人。
大事にされてる王太子や、距離を取ったからこそ最初から害のない妹王女は暴君を憎んではいない。
「それに、アスギュロス殿下もいる中で、皆が入学しないなんて決めつけはいけない」
フラグリス王太子が、まるで僕を庇うように言う。
どうも倒れるような失態をする前に助けたことで、僕に対して侮りはなくなったらしい。
けどここでヒルドレアークレ王女は目元に冷笑を浮かべた。
ユードゥルケ王女は、僕という攻撃対象を見つけてやる気になってしまったようだ。
さて、これはどう対処しようかな。
そう考えた時、ナースタシアがするりと言葉を挟む。
「そうですわね。帝室がどのようにお考えか、わたくしどもではわかりませんもの」
帝室を引き合いに牽制してくれた。
ここで下手なことを言えば皇帝の不興を買う、と。
暴君も皇帝である父を舐めてはいるけど、帝国の軍事力は甘く見てない。
しかも近衛の処遇を強く求めたお蔭で、不興を買えば処分されるということは帝国貴族から聞こえているはずだ。
ナースタシアに目を向けると視線が絡む。
どうやら僕に迷惑をかけないと言ったことを実践しているらしい。
「アスギュロス殿下はルキウサリア王国の王女殿下とも交友があるとお聞きしています。入学の誘いなどはございませんの?」
よく知ってるなぁ。
僕は警戒こそされてはいるけど、帝国貴族の興味の対象じゃない。
何年も前に会って交流があり、今も続いているなんて把握しているのは一握りだ。
どうやらナースタシアは足場ゼロのこの宮殿で、ストラテーグ侯爵に近い情報を得られるまでになったようだ。
「あり…………ましたね。数年、ま…………」
「え!?」
もう数年前と言おうとしたらユードゥルケ王女が声を大きくする。
何故かヒルドレアークレ王女も驚いてるけど、そこまでの内容かな?
ナースタシアは鉄壁の淑女風笑顔で会話を続ける。
「まぁ、ルキウサリア王族から直々に。しかも才媛と名高い王女殿下からですか」
「宮殿の、庭園を…………気に入られて、いまして。…………僕も…………庭園は、よく…………回ります、ので。話が…………あったんです…………」
あくまで趣味の範囲ですよと言うと、フラグリス王太子が思い出した様子で別の話題に移ってくれた。
「そう言えば、ルキウサリア王国では王女殿下の助言で希少な薬草の栽培に成功したとか」
「あれは素晴らしい貢献でしたわね。フラーの治療を行う魔法使いもあれで作る魔法薬を愛用しているのですもの」
ナースタシアの言葉から、どうやらすでに活用されてるらしいことがわかる。
結局ユードゥルケ王女は話題にも乗れず、注目度は低下したまま。
ヒルドレアークレ王女もいまいち注目されることもなく。
フラグリス王太子は体調不良がありつつも帰国の日を無事に迎えた。
ナースタシア王女は最終日にも多くの面会を求められる人気ぶりだったと聞く。
「アスギュロス殿下」
「ナースタシア王女。どうされました? もう馬車に乗る時間では?」
離宮で侍従長たちを使って落とし物チェックをさせてたら、一度は離宮を出たはずのナースタシアが現われた。
「忘れものと言って戻ってまいりました。どうぞ、これを」
「これは、手紙? わざわざ僕に?」
無表情に近い顔のナースタシアに、僕も素で応じる。
「ルキウサリア王国の王女殿下に倣って、わたくしも文通などをしていただければ」
「…………手紙を僕の元まで運べるか、わかりませんよ?」
「えぇ、そのようですわね。ですから、こうして確かにお届けいたしました。お返事お待ちしておりますわ」
手渡されてそのまま、ナースタシアはドレスを翻す。
つまり僕に文通の道を開けと?
もしくはこうして返事は、直接乗り込んで来てもいいとでも?
「えぇ? どうやらあなたは思った以上に悪戯なようだ。ナースタシア王女」
「まぁ、アスギュロス殿下ほどではございません。ふふ、驚かせることができたなら、意趣返しができましたわね。わたくし、負けず嫌いですの」
「それはまた。あぁ、そうだ。僕のことはアーシャでかまいませんよ」
「では、わたくしのこともナーシャとでも。ごきげんよう、アーシャ殿下。またお会いできることを願っております」
なんか似た愛称になったな…………いや、会う?
「あれ? もしかして返事送ることできないなら、直接乗り込んでこいが正解?」
僕は遠ざかるばかりの背中を見送って、手紙を確認する。
きっちりした文字で夜の散歩が思ったより楽しかったことが書かれていた。
そして宮殿を離れて足場作りに、学園入学を勧める言葉も添えられている。
ナーシャは入学の頃は庶子で、五番目の妃が不義密通で処刑される辺りであったため、国外に出るなどという情勢ではなかったそうだ。
「動ける情勢がまた巡ってくるとは限らない、ね。目がないだけでも動きやすいことはある、か」
実際それを今回やってのけたナーシャの助言が、手紙には書かれていた。
きっとこれはナーシャなりの親切と、心からの贖罪なんだろう。
これはどうにか考えて、ハドリアーヌ王国のナーシャに返事を送る伝手を開拓しなければいけないようだ。
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