117話:ハドリアーヌ王国御一行2
あっという間にハドリアーヌ王国御一行がやってきた。
着いたばかりの今はまだ、表面上はしつけの行き届いた王族で問題はなし。
今日は離宮に面した庭園を使っての園遊会が行われる。
ここで何か仕掛けてきそうな予感があるんだけど、その前に僕にはこなさないといけない余計なルーティンがあった。
「教えて差し上げますが、今回だけですからね。感謝してほしいとは言いませんが、よくよく耳を傾けてください」
「そう…………ありがとう…………」
「勘違いしないでいただきたい。これは第一皇子殿下のためなどではなく我が帝国の威信のために、私が務めを果たす以上の意味はありません」
「そう…………なんだね…………」
面倒臭いなぁと思う僕と、向こうも同じ顔だ。
だけど本当なんでそう口うるさいかな、この子。
相手はソティリオスという一度顔を合わせたことのある相手だ。
ユーラシオン公爵子息で僕と同じ年齢。
そして何故か今回のハドリアーヌ王家御一行歓待にあたり、僕の補佐につけられていた。
(子供に子供つけてどうするつもりなんだか…………)
(現状、主人の時間を奪う以外のことはしていません)
今回は派兵の教訓もあって、早い内に離宮を統括する侍従長に上下を言い含めて報告義務を課してある。
だからソティリオスに言われる確認事項なんてすでに報告を受けていることだ。
その分僕の反応も鈍いし、元から戦場カメラマン風に偽装してるから、向こうからすればどんなに言っても手応えがない。
もしかして、それで余計にしつこくなっているのかな?
「よく、物ごとを…………見ているようだけど…………僕が、昨日…………誰と会ったかは、知っているかい?」
「そんなこと知るわけないでしょう」
ソティリオスは素直に答えてくれるんだけど、ソティリオスにつけられた補佐が慌てた。
補佐の補佐ってなんだって感じだけど、あっちの補佐は完全に大人だ。
そしてソティリオスが補佐すべき人間の動向知らないって明言しちゃったから大変。
まぁ、この辺りは大人の権力争いのせいで僕と距離を近づけないようにされてるから、ソティリオスのせいだけじゃない。
今回ユーラシオン公爵はハドリアーヌ王国の王太子に肩入れしている。
けど、ルカイオス公爵はそれさえ反対の立場で、一波乱あるだろうハドリアーヌ王国には一切関わるべきではないという立場だ。
ハドリアーヌ王家歓待の裏では、両公爵のつばぜり合いが起こってるんだよね。
(さらに言えばルカイオス公爵は、レクサンデル侯爵と領地が近いことで関係が悪いから、その後見を受けている第三王女が利益を得るような場は用意したくない。で、僕を出した)
(今からでも第三王女が有利になるよう計画を始めますか?)
(する意味、ルカイオス公爵への嫌がらせ以外にないじゃないか。それにレクサンデル侯爵は、自分の利権を守るために陛下の反対勢力に回ることも多い。そんな相手に力つけさせるメリットないよ)
何より第三王女であるユードゥルケはあまり印象が良くない。
僕の戦場カメラマンでの挨拶に、明確に蔑みを見せたのは彼女だけだ。
第一王女ヒルドレアークレは嘲笑をちらつかせ、第二王女ナースタシアは完璧に微笑で隠しきり、王太子は素直に困惑してた。
「そろそろ…………時間、では…………ない?」
ひそひそ注意されていたソティリオスに、時間の都合もあって助け船を出す。
素直に戦場カメラマンに騙されてくれてるし、正直肩ひじ張ったティーンそのままの小憎らしさくらいしか感じない。
(なんだっけ…………子供を叱るな来た道だ、老人を嗤うな行く道だ、だっけ?)
(仔細を求める)
(そのままの意味だから、特に詳細なんてないんだけど?)
僕はソティリオスに身だしなみチェックをされながら園遊会の庭へむかった。
園遊会は言い換えれば宮殿でのガーデンパーティで、主催は皇帝。
僕は補佐という名の実行委員的な役割だ。
本当、社交界デビューもしてない子供に意地悪なことさせるものだ。
しかも帝国貴族も招かれて、ハドリアーヌ王家の次の後継者を品定めする場となる。
父には妃殿下という心強い補佐がいるし、主賓の接待は任せよう。
あとは侍従長には定期的に会場の様子を報告してもらう。
僕自身も動いて、ごみがあったり落し物があったり、不備があったら改善して回った。
(誰だ、お花折り取ったの! せっかく庭師たちが今日一番きれいに咲くっていう花を選りすぐってくれたのに!)
会場に飾った花が高確率で被害に遭ってるのには正直腹が立つ。
躓いて掴んだり、綺麗だからこそ折り取って行ったりと貴族のくせに手癖が悪い。
すぐに侍従長に言って見た目の悪い花を、用意していた予備に替えさせる。
申し訳ないけど、長く宮殿の庭園に仕える庭師たちの用意の良さに感謝だ。
そうして動き回っていると、一人会場の端へ向かうハドリアーヌ王太子を見つけた。
辺りに従者などはおらず、王太子も周りを見る余裕がなさそうな顔色をしている。
そう思ったら体が不自然に揺れた。
「失礼、大丈夫ですか? …………フラグリス、殿下…………」
僕はいつもの調子になってしまいながら、繕って王太子を支える。
「お疲れ、でしたら…………こちらへ…………どうぞ」
ゆっくり言いながらも、支えた王太子を用意してある休憩スペースへと引き込んだ。
室内に控えていたメイドに、王太子の従者を呼ぶよう指示を出す。
他国の王太子だから、帝国の医者に見せるよりも、まずはぐれた従者を連れて来てもらうほうがいいだろう。
「すわ、れない…………そんな、弱い真似は、できない」
フラグリス王太子はうわ言のように、椅子に座ることを拒否する。
確か貴族のマナーで、主催に勧められてもいない椅子に座るのは駄目だったはず。
ここはそのマナーの外である休憩スペースだけど気づいてないらしい。
「では、僕も座りたかったので…………座ります」
「え?」
九歳の王太子は驚いた上に、僕につられて座る。
隣に座ってるついでに身を添えて支えれば、それで少しは楽になったのか息を吐いた。
「フラグリス王太子殿下、こちらですか?」
どうやら捜していたらしい従者たちが慌てた様子ですぐに来る。
「お話、相手を…………していただいて、いました。…………無理を、させたかも、しれませんので…………このまま、この場所をお使い、ください。…………人払いは、して…………おきましょう」
そのまま休んでいるように伝えて、僕は室外へ出た。
従者を呼んで来たメイドにも、中に入らず廊下の向こうで待機しているように命じる。
「…………やることがない…………」
呟きに見れば、立ち尽くすソティリオスが廊下にいる。
園遊会が始まってすぐは、今さらなハドリアーヌ王家姉弟の注意事項とか喋ってた。
けど僕が会場内を見て回って、侍従長から報告を受けたりしている内に気づけば黙っていた気がする。
どうやらついてくるだけはしていたようで、主賓であるフラグリス王太子の不調に口を挟めなかったことがショックらしい。
そこは人生経験の差だからいいんだけど、僕もう庭園へ戻るよ?
廊下曲がったら僕を見失うことになるけど、いつまでも立ち尽くしてたらついてくるっていう補佐の最低限の体裁も整わなくなるんじゃない?
「これは、アスギュロス殿下。ご無礼を承知でお聞きしてもよろしいでしょうか」
そうして休憩スペースから出たら、第二王女ナースタシアが待ち構えるようにしていた。
ソティリオスは結局ついて来てない。
ナースタシアは誰かを捜すように目が動いてる。
確か異母弟だけどフラグリス王太子とは母方も血縁で、養母の元で共に育っていると聞いたな。
「フラグリス王太子、でしたら…………休憩…………して、いただいて、います」
「まぁ…………ご厚情、感謝いたします」
ナースタシアの目が、初めて僕を正面から見た。
淑女らしく柔らかな印象だったのが、途端に意志の強さを感じさせる。
こうしてみると、情の強い姉と、我の強い妹の間に生まれた姉妹なのだと実感する。
背後から急ぐ足音はたぶんソティリオスで、周囲も僕とナースタシア王女の取り合わせに視線を向け始めていた。
あまり特定の相手と仲良くしているような状況はよろしくない。
そう思ったら、ナースタシアは綺麗に笑った。
けれど目は変わらず僕を見据えている。
「温厚で、気配りがあり、笑みを絶やさず、和ませる方。わたくし、これほど殿方に心惹かれたのは初めてでございます。聞けば素敵な好人物であるにもかかわらず婚約者もいらっしゃらないとか。残念なことでございますね。もし機会があれば…………」
しんとした次の瞬間、辺りはうねるようなざわめきに変わった。
僕はソティリオスを捜したけど驚いて固まってるなんて、こういう時のための補佐じゃないの!?
ともかくここはこのままじゃいけない
「勿体ない、お言葉です。素敵な方に褒められて、嬉しい…………けれど、お応えできないことが…………申し訳ない」
僕がお断りを告げても、全くナースタシアの目は揺るがない。
これはやられた。
僕をだしに注目を集め、騒ぎになればそれでいいんだ。
国外の後見がない第二王女が、帝国で存在感を演出する舞台装置に使われた形だった。
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