115話:ユーラシオン公爵の妨害5
マナーの家庭教師を雇うのが難しい。
だったら別の人物を経由して学ぶ、そう決めたのにどうやらそんな時間もくれないようだ。
絶賛マナーが悪いと言われている僕に、公式行事が回って来た。
これは作為を疑うなというほうが無理のある状況だ。
「ユーラシオン公爵が言い出したのだ」
父の口から出たのは予想できる名前。
というか、嘘を教える家庭教師送り込んだ当人じゃないか。
帝国の悪評になりかねないことをするとは思えないから、僕が失敗することを見越して何かする気だな?
「ハドリアーヌ王国の王太子が親善のために表敬訪問をしてくる」
「あれにアーシャを? そんな、どうしてです?」
父を遮るように妃殿下が口を挟むという、普段にない行動。
どうやらそれほどの問題らしい。
「各所からすでに物言いの入っている訪問ではありませんか」
「そうなんだが、だからこそ帝室で取りまとめたほうが角は立たないという話になってな」
父の説明では、ハドリアーヌ王国の王太子訪問にはどうやら帝国内外からの横やりがあるそうだ。
来ると言っている相手を断る理由も取り繕えないし、だったらもう皇帝の名の元にその他すべてを牽制すべきとなったという。
そんな話になったところでユーラシオン公爵が横やりを入れた。
相手国の前歴から皇帝本人が出るのは角が立つが、皇子が出るには幼い、もしくは役者不足すぎると。
引き合いに自分の息子は出来が良いということも含めて挑発し、どうやら父はそれにのってしまったらしい。
「やれと言われるならば、陛下のご期待に沿える所存ですが、いったい何が問題なのか。力不足で申し訳ありませんが、僕はそんな初歩的なこともわかっていません」
「す、すまない。アーシャに騙されているくせにと思うとつい我慢ならず、受けてしまった。その、アーシャを公式行事に参加させられる良い機会でもあるし」
皇帝としてどうかとは思うけど、父親としてはまぁ、期待が嬉しくないわけじゃない。
ユーラシオン公爵が物言いということは、僕に恥かかせて皇子としての格を落とすとかかな。
それ以外にも自分が取りまとめに噛みたかったとかありそうだ。
つまり、ハドリアーヌ王国に何かしらの関わりがある立場の可能性がある。
(ユーラシオン公爵の生母がハドリアーヌ王国の貴族。その生母の母はハドリアーヌ王国の降嫁した王女です)
(あ、そういう繋がりか。ありがとう、セフィラ。ハドリアーヌ王国の現状についても知ってるなら教えて)
セフィラは噂を収集することが趣味で、宮殿には他国の要人なんて頻繁に出入りしてる。
父が皇帝として会談も多いのは知ってるけど、何処の国とか一々僕は押さえてないのに、セフィラは他国の知識欲しさにそっちにも行くことがあるようだ。
ただそんな僕でもハドリアーヌ王国くらいは知ってる。
帝国を構成する国々の中でも十二の主要国に数えられるところだ。
主要国も時代で入れ替わりがあり、その中で一番最近主要国入りした勢いのある国。
(確か、今の国王が暴君だけどその分革新的だとかは聞いたかな)
(ハドリアーヌ国王は現在、病に伏しています。王太子は幼く、今年九歳。また病弱であるため次代の国王として不安の声が大きい状況です)
セフィラの情報を聞きつつ、僕はもっと詳しいだろう二人に聞く。
「いらっしゃる王太子の健康状態はどうなのでしょう?」
「あぁ、確かにそこが問題だと思うだろうな。ここだけの話だが、二十年は生きられないだろうと言われている。今回は病に伏したハドリアーヌ国王が、少しでも王太子に箔をつけようと無理して送り込んできているようだ」
二十歳までと言うことは、もう生まれついての体質で今さらどうにもできないのかもしれない。
父曰く、ルキウサリアから大量に治癒薬、しかも効果の高い物を購入しているそうだ。
魔法による治療を行える者も高給で雇用し、全て王太子のために使っていると。
そうして金に糸目をつけない治療の結果、今は小康状態だという。
そこに来て国王自身が病に伏した。
まだ自分がいる内に、少しでも王太子を次期国王としてお披露目しようというんだろう。
「名目は王太子の表敬訪問です。けれどそれと共に二人の姉が同行。そして、妹が帝国に在住しているので、ハドリアーヌ王家の者が四人訪れることとなります」
妃殿下の説明は、表面上理解できる。
けど、どうも不自然だ。
それは主要国として習ったハドリアーヌ王国の現国王の行状と不一致に感じる。
「確か、継嗣を産めない妃を次々に離縁していると聞いています。姉妹は、王家の者なのですか?」
暴君と呼ばれる所以の一つだ。
娘しか産めなかった最初の妃を精神的な病と言って離縁、次に妊娠した愛人を妃にしたが、また生まれたのは娘で姦淫を理由に処刑した。
次の妃は王子を生んだがそのまま死亡し、四人目の妃は娘を生んだことで命が脅かされる前に自ら故国である帝国に戻り離縁。
五番目は浮気がばれて処刑され、今の妃は六番目で子供はなく、ハドリアーヌ国王自身が病に倒れたため殺されはしないだろう。
(他にも、父の血筋が低いからって、かつての皇子の血が入ってる自分のほうが帝位に相応しいとか譲位を公然と叩きつけたとかあったな)
(一度の宣言故に、己の強さを誇り自国の優位を印象付けるパフォーマンスであると推察)
(だろうね。やられたほうは堪ったものじゃないけど)
ともかく暴君の名に恥じない行いの暴君だ。
たぶん帝国にいる王女以外母親死んでるし、その上で姉である王女たちがいて問題となると…………。
「浅学で申し訳ありませんが、ハドリアーヌ王国は、女子の王位継承が可能ですか?」
僕の問いに父は重々しく頷く。
「男系男子が優先だが、いなくなれば。ただ、あんさ…………」
「陛下、お言葉にお気を付けを」
妃殿下が父を止め、僕も頷いて察したことを報せる。
不用意な発言をしそうになった父は咳払いを一つ。
「ハドリアーヌ国王には庶子の男児がいる。自らが存命の間に王太子が亡くなれば、そちらを後継者に指名すると言ってはばからないそうだ」
つまり王女たちが王位を継ぐには、どうやっても王太子が王位に就くか、暴君が死んだ後に譲らせるかしかない。
だから今回の親善訪問では王太子を守りこそすれ、死を招くことはしないだろう。
それは王女たちの背後にいる者たちも共通認識であるそうだ。
「第一王女は母親がトライアン王国の王女だったために、現トライアン国王と血縁関係があり、夫もトライアン王国の王子だ」
トライアン王国もまた強国として一時代海運を牛耳っていた。
時代の皇帝が別荘に様式を取り入れるほど隆盛した時期もあり、大陸中央にある帝国の中で、河口から海に出られる地形を持つことは大きな優位だ。
そのため帝国からは独立し、対等な同盟を求めもしたけど、インフラ関係を全て切られて自らが賄うとなった時に海にばかり注力していた付けで上手くいかず傾いたという。
そのせいで独立してからは国力が弱まり、主要国から転げ落ちた歴史がある。
「第二王女はまだ独身だけれど、ハドリアーヌ王国の国内貴族からの支持を受けています。どうも、国王とは道を違える思想の方々とか」
妃殿下が言うには、第二王女は国内勢力と結んでるけど、暴君の反抗勢力を背景にしているそうだ。
「第三王女は帝国にいると言うことですが、母方はどのような?」
「レクサンデル大公国の公女だ。大公国は帝国傘下の国で、形態としては連邦に近い。大公として取りまとめる者は帝国のレクサンデル侯爵。従うのは侯爵領周辺を領有する諸侯」
父も思い出しつつ答える。
どうやら歴史的に面倒なことがありそうな小国の上、政治的に影響力もありそうだ。
帝国での位は侯爵、けど大公国では大公という二つの爵位を同時に持つのか。
ハドリアーヌ王国の第三王女は、そんな母方の実家を背景にしている。
「帝国としては、継承順位に物申すことはないと捉えても?」
「もちろんだ。レクサンデル大公としてはお墨付きが欲しいようだが、そこはユーラシオン公爵が牽制していた」
ユーラシオン公爵は暴君と姻戚がある。
となると、暴君が推す王太子に肩入れすると思っていいかな。
こうして話を聞くだけで面倒な王子と王女がやってくるのがわかる。
そしてそこで僕、及び皇帝に恥をかかせたいユーラシオン公爵が絡んだ。
狙いはそれで名を落とすこと。
翻って自分の存在感を上げることもあるかも知れない。
「大まかにはわかりました。まずは日程の確認と…………。妃殿下、典礼に関する書籍は過去のハドリアーヌ王国関連と、王位継承者を招いた場合の実例をお願いします」
「えぇ、そうですね。帝室の皇子として改まる必要はありませんが、先例を蔑ろにしたと言われることは避けるべきでしょう」
体面が大事な貴族が良くやるいちゃもんらしい。
実際それで蔑ろにされたと逆恨みをして襲われる、という歴史的な事件もあったと習った覚えがある。
習った時には、異世界の吉良上野介だぁなんて思ったけど、まさか自分に降りかかってくるとは思っていなかったな。
ともかくここは、ユーラシオン公爵の思惑を潰しつつ、ハドリアーヌ王国御一行には穏便に帰っていただくことにしよう。
定期更新
次回:ハドリアーヌ王国御一行1




