114話:ユーラシオン公爵の妨害4
モリーとマナーの授業を受けて、気づいたことがある。
僕のマナーは悪くない。
そりゃ、テリーと比べると全然足りてないとは思うけど、元が大人しいと言われる日本人だ。
逆に変なことしないで、黙って従順に言われたことをしてる分怒られどころがない。
それに全く知らないわけじゃないのは、まず乳母のハーティが子爵家程度のことを教えてくれたから。
さらにそこに妃殿下が顔を合わせる度にそれとなく、こうするんだと教えてくれていた。
「早くに申し訳ございません。お時間をいただけたこと感謝いたします、妃殿下」
「いいのよ、アーシャ。今日は運よく予定を前後させるだけで済んだから」
妃殿下に招かれてのお茶会で、僕は予定時間より前に会えないかとお願いしている。
僕は立ち振る舞いをここで覚えた感じはあるし、それとなく間違いを指摘して、次はどうすべきかを教えてくれていた。
場合によっては弟たちに注意するという形でもやっていて、帝室としてどう振る舞うべきかを教えてくれていたんだよね、たぶん。
「今日はお礼を申し上げたくて」
妃殿下は前置きもないためわからない顔だ。
けれど思い返せば、わざわざ僕にわかるようにしていたと思う。
「このところ自分でもマナーを学べないかと思っていたのですが。それで気づきがあり、ご助力いただいていたことを改めて感謝したく」
「あぁ、そのこと。ごめんなさい。あまり力になれなくて。力不足を痛感しているのよ」
落ち込む妃殿下が言うのは、家庭教師が見つからないことだろう。
そして妙な家庭教師が回されていたことは、僕のほうから辞めさせたことで説明してあるし、外国人家庭教師がにじり寄っているのも父が調べて確定だったそうだ。
皇帝の妃として強く言えれば家庭教師役の夫人に強制もできるんだろうけど、元が優しい性格のこの方は、前に出てびしっと、なんてことできない。
もちろん、優しい弟妹たちのお母さんだし、そのままでいてほしい。
「お礼をさせていただきたいんです、妃殿下。教えられていないため全くできないと僕も思っていました。けれど、やってみて意外とできていることに気づいたのです。恥ずかしながら、どなたのお導きであったかに遅ればせながら知ることとなりました」
「大したことではないのよ。アーシャが覚えの良い子であることもありますし、何より元から弁えた振る舞いをしていたからこそでしょう」
そこは大人ですから。
とはいえ、やっぱり気を使ってくれていたようだ。
「それに、性格的に双子のほうがマナーは気を付けてほしいの」
「それでも注意をすれば受け入れますし。いい子たちですよ」
「ふふ、先日ね。実はあなたに会えると騒いで、この一年で増えた家庭教師たちには驚かれたそうなのよ」
どうやら一年間、成長と共に騒がず我慢していたようだ。
それでも今日は久しぶりのお茶会とあって、朝から興奮していたと、妃殿下が微笑ましそうに語る。
元気が良すぎて、この一年で雇用した家庭教師はいつにない騒ぎように何があったのかと聞くほどだったとか。
それは嬉しいような恥ずかしいような情報だ。
「元から家族以外に興味のないところのある子たちだったけれど、あそこまでアーシャとのお茶会を楽しみにしていたなんて」
「そう、なんですか?」
あれ? でもワーネルとフェルは出会ってすぐに懐いて来たような?
いや、察しがいい子たちだし、つまり僕が現われた時点で兄と認められてた?
うわー、そうか、そうなのかぁ。
「それで、アーシャ。テリーの家庭教師にも声をかけたけれど…………」
「それは、横取りするようで悪い気がしますので、遠慮させてください」
「テリーが言い出したのだけれど、やはり横やりが入ってしまったようなのです」
僕の家庭教師問題、テリーにまで気にされてるのかぁ。
妃殿下は溜め息を吐いて、悪いことをしたような顔だ。
やっぱり家庭教師の斡旋ができないことを気にしてるらしい。
「…………実は」
どうやら妃殿下側にも何か話題があるようだ。
しかも口の重い様子から悪い話らしい。
妃殿下は申し訳なさそうに続けた。
「アーシャのマナーに関する家庭教師を捜しすぎて、それだけ見つからない、すぐに辞めてしまうのは、アーシャの側に問題があるからではないかと言われ始めているのです」
妃殿下は見るからにしょんぼりしており、僕もあまりのマッチポンプにげんなりする。
最初から辞める気だったり、使えないことを教えるつもりだったりと相手側に問題があるのを、さも僕のせいとは恐れ入る。
けど知らない側からすると、そうなるほど僕のマナーが壊滅的だと言われて否定する材料もないんだろう。
さらに僕に足りないマナーの家庭教師ばかりを捜すため、他もできてないと思ってる人たちは、それほど急務で改善しなければいけない案件かと邪推するようだ。
「もちろん、アーシャを知らない者から出た話です。軍の将軍との軋轢や今までの噂を合わせての類推で、誰の証言などもありません。ただ、きっと、今以上に家庭教師を捜すのは難しくなるでしょう」
「わかりました。ではやり方を変えましょう」
僕の提案に妃殿下は驚くけど、やり方がまずいのは僕も感じてた。
「邪魔して手を回す者がいるのなら、その噂は必ず利用される。であれば、今以上に家庭教師を捜すことに成果は出ないので、無駄なことはしない方向で行きましょう」
「でも、それではあなたの勉学に支障が出るわ」
「今足りないのは知識です」
実践ももちろんだけど、そこは知識として理解してからでも遅くない。
「過去の式典や儀礼を纏めた書物はありませんか? 読んで歴史的な背景と照らし合わせれば、どのような慣例があるのかを学べます」
「えぇ、それは典礼を司る役所に。皇妃として私が取り寄せられますが、それで大丈夫かしら?」
「もちろん足りません。ですが、時間を稼ぐ分には十分でしょう」
妃殿下はわからず瞬きをする。
「僕が学習する間に、近衛の件と合わせて現在皇子に配属された宮中警護にも改めてマナー講習を受けるよう働きかけていただきたいのです」
「まぁ、それはいい考えだわ。それで幼い皇子たちをフォローすることも前提にして、帝室に必要なマナーも覚えてもらうことができるのね」
妃殿下はすぐに理解して、まるで双子のためと取り繕う方策まで考えつく。
近衛と絡めるのは宮中警護に圧をかける目的だ。
反乱者を出した近衛と、僕たちの危機に守り抜いた宮中警護だから、プライドを刺激されるだろう。
もちろんその実、僕のために宮中警護にはマナーを覚えてもらう。
そしてイクトを巻き込んで、そのマナーを僕にも伝えてもらうんだ。
後でストラテーグ侯爵に伝えてくれるようレーヴァンに言わないとな。
それとイクトも相当詰め込みになるだろうから事前にお願いをしておこう。
「確かにそれならば父も口は出さないでしょう。それにユーラシオン公爵も管轄の違いで無茶なことは言えません。えぇ、やはりアーシャはすごいわね」
「いえ、定石を知らないからこその思いつきです。安定と継続を意識するならば、伝手と縁故で確かな人を紹介する形がきっといいんでしょう」
妃殿下は心配そうにしながら、首を横に振る。
「あなたも帝室の一員。よほどの相手でない限りは、今までどおりあなたの丁寧な対応で問題は起こりませんよ」
「それでも知らないよりは知っていたほうがいいこともあります」
「えぇ、そうですね。私もできる限り手を打ちましょう。まずは必要な典礼の記録を取り寄せます。先帝陛下の御代の前例から、今も通じるものを選び出しましょう」
取り寄せてそのままじゃなく、中身も精査してくれるらしい。
これはありがたい。
そんな話をしていると侍女がやって来て告げた。
「陛下がおいでですが…………」
突然のことに、僕は妃殿下と顔を見合わせる。
予定外だけど僕が来ることは告げてあるようで、妃殿下は一つ頷いた。
「お招きしてちょうだい」
妃殿下がすぐに応じたのは、たぶんテリーや双子には聞かせられない系の話を陛下が持ってきたと考えたからだろう。
しかも妃殿下が準備してないところを見るに、突発的な問題が起こった可能性がある。
「二人ともすまない」
いきなり父の謝罪を受け、妃殿下を窺っても心当たりはない様子。
というかヘルコフに、家族旅行で近衛のこと相当気にしてると言われてるし、ウェアレルからはそれとなく頼って見せたほうがいいと忠告も受けてた。
イクトは僕の動向に慣れ過ぎていたと、気づいてはいけないことに気づいてしまったし、怒られることはあっても謝られることなんてないはずだ。
「実は…………アーシャに、公式に他国の王族をもてなす役を、引き受けて、しまった」
妃殿下と同じ入りなのが、なんだか夫婦という感じがするけど、事態は思ったよりも、大変な問題なようだった。
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