112話:ユーラシオン公爵の妨害2
僕の部屋に約束の弟たちがやって来た。
「兄上、失礼します」
「お招きありがとうございます」
「はい、いらっしゃい」
澄まして挨拶をするのは、ワーネルとフェルの双子。
もう七歳だし、挨拶くらいできるお年頃だ。
けど招き入れたら元気に双子揃って僕にハグしてくるところは変わらない。
「今日何するの? 濡れてもいい服ってどういうこと?」
「着替え持ってきたよ! 体動かすって何するの?」
どうやら興味深々。
錬金術の応用で玩具を作った甲斐がありそうだ。
「すぐに騒いだら挨拶を練習した意味がないじゃないか」
「テリーもいらっしゃい」
「すみません、兄上。なかなか切り替えが早すぎて」
「僕は練習だと思ってくれていいよ。テリーも息抜きくらいに思って」
今日はテリーもいる。
やっぱり勉強は多いけど、過密スケジュールでこっちに来れないようなことはなくなった。
テリー自身の焦りもあるけど、家庭教師や周囲の者がルカイオス公爵側への取り込みを画策してたのは間違いないだろう。
父や妃殿下にもテリー自身のやる気を邪魔してはいけないと、それとなくしか注意できていなかったそうだ。
本当、そういう人を動かすの上手いよね、ルカイオス公爵って。
「僕も最近マナーを習おうとしてるんだ。けど上手くいかなくて」
「兄上が? 僕と一緒だね」
「だったら一緒にやる?」
「膝を折る角度、難しいのはわかる」
双子と違って、テリーは具体的に自分の不得意を上げた。
聞けば公式行事で陛下に跪く際、美しく見栄えがするように膝の角度を意識しなきゃいけないらしい。
そのために何度も鏡の前で練習させられ、家庭教師にできるまでどころか身について自然にできるまで指導されるそうだ。
「頭に本を乗せてこう。無駄な動きは一切してはいけないと」
テリーが実践してみせるんだけど、足の力だけで一定のスピードと姿勢を保ったまま跪く。
僕からすればずいぶんさまになってるけど、これでまだまだらしい。
僕は双子と一緒に真似をしてみた。
ワーネルとフェルはふらついて倒れるし、僕もやってみたけどテリーほど綺麗にはできない。
しかもやってわかったけど、ちょっとした筋トレ並みに筋肉がいる。
これはきつい。
「それで兄上は何が上手くいかないの?」
テリー、待って、僕ができてる前提で聞かないでほしい。
今の膝つくのも、年齢で育ってる筋肉とまだ軽い体重に物言わせてやっただけだし。
「僕ね、名前と顔。同じ名前の公爵とか伯爵とか多くて困るの」
「覚えないとどの挨拶するかわからないなんて、多すぎるよ」
どうやら僕は双子レベルのようだ。
「そこは地道に覚えて行くしかない。私もそうだ。挨拶の時でも一人一人覚えて…………あ」
弟たちに教えていたテリーが、僕を見る。
確かに顔を覚えるも何も、僕には挨拶に来る貴族いないからね。
「うん、まぁ、人間得手不得手ってものがあってね。どうしても無理ならそれを補う人を捜して、仕えてもらうよう召し抱えること、しないとね」
僕はワゲリス将軍を思いながら言う。
あの人は完全に自分が向いてないことは、できる部下に振ってた。
だからこそ即断即決でうだうだ悩まない。
部下も慣れてるのか、止める時には声を大にして止めてたし、あれはあれでバランスが保たれていたんだろう。
「なるほど、補う人物を側に…………」
何やらテリーが頷く。
「あ、あんまり自分にいいように人揃えると、自分で応用利かなくなるだろうからほどほどにね」
ワゲリス将軍は、戦場に立つ将軍だから許されるやり方だ。
テリーがワゲリス将軍みたいなやり方すると、下手したら暴君と呼ばれるかもしれない。
「話が逸れたね。じゃあ、まず錬金術で作った玩具の使い方、説明しようか」
これ以上は墓穴を掘りそうなので、そう声をかけた。
だって僕は双子並みで、下手したら劣るし、情けない姿はあまり見せたくない。
僕のほうでもマナーを学べる方法は模索しないとなぁ。
それはそれとして、僕は弟たちを連れて金の間の端にある浴室へ向かう。
いつもはバスタブがあるけど、今は片づけて広くなっていた。
「まず、これ。この筒は水を入れて噴射するだけの玩具だ」
側面を取り外して中の機構が見えるようにした水鉄砲を見せ、説明をする。
これは警護への安全確認の意味と、弟たちへの科学講習のため。
「手で押せば力がかかる。これを圧力と言います。けど、圧力は手じゃなくても発生する。石を乗せた地面には石の圧力、水を囲んだ石にも水の圧力がかかってる。そして、実は空気にも圧力は存在するんだ」
例示として、僕は針がない代わりに栓をしてある注射器に水を三分の一入れて、プランジャーと言われる押し込む部分を装着する。
横から見れば、水、空気、プランジャーが並ぶ。
「何も入ってないでしょ? けど、ここに空気は入っている。だからこの棒を押し込んでも…………水に触れることはできないんだ」
何もないように見えて、水とプランジャーの間には空気がある。
空気という見えないけどある物は、押せば反発があり、圧力を伝えることができることを視覚的に伝えた。
「この玩具の機構は、水へと圧力を与える物で、この指をかけるところが開封するトリガーなんだ。そこで問題。空気があると石を挟んだみたいに水に届かなくなるのは見たね? じゃあ、このまま圧力をかけて、注射器の先を開封する。すると水はどうなる?」
「結局空気があることは変わらないなら、何も起こらないと思う」
「うーん、うーん…………水、零れる?」
「手で押すのと同じなら、水と棒がつく?」
テリーは理解してるけど想像できてない。
双子は理解がちょっと追いついてないらしい。
「答えはこれだ」
僕は持っていた注射器の栓を取る。
するとプランジャーを押し込むまま、水は僕の押す力を受けた空気の圧力によって注射器から放出された。
「空気は水を押せる。今これは僕の指の力を受けた分だけ水が押し出された。じゃあ、僕の指では押せる力は限られてる。そこで、空気という圧力をかけても痛まないものを使って、水に強く強く力を入れるとどうなるか」
さらに内部が見えるようにしていた水鉄砲を組み立て、用意していた水を、水鉄砲に付随する金属製のタンクへ入れる。
そして圧力をかけるためにピストンを動かして空気を溜めた。
プラスチックがないから、タンクは金属製で据え置き、本体も実は銃身があればいいような物にあえてグリップをつけてる。
形から入るのも大事だと思うんだ。
「行くよ、それ!」
トリガーを一度弾くと、その分の水が放物線を描いて二メートルほど噴射される。
微かに虹が煌めくと、それだけで弟たちは歓声を上げて我も我もと寄って来た。
「操作に慣れたら、水をこれに変えるよ」
「それは何、兄上」
僕がただの水に見える液体に、テリーが興味を示した。
「これは錬金術では初歩のエッセンスに手を加えた物でね。こうやって魔力を通すと…………少しだけ色がつくんだ」
属性を付与する実験の間にできた副産物だ。
もちろん用意したのは属性と僕たちの人数に合わせて四種類、赤、青、黄、緑。
「なんに使うの?」
「お絵かき?」
双子の案も面白そうだけど、今回は違う。
「これは、誰が一番的に当てるのが上手いかを見る時に使えるんだよ」
属性別で色が違うから、的当てでも対人での被弾数を競うやり方でも使える。
しかも元は水で、乾かせばいいし、エッセンスも使いきりで効果なくなるので色移りもなし。
ただ濡れるだけだ。
「あの、玩具が画一ではなく種類が違うのはいったい?」
テリーの警護は、僕が用意した水鉄砲が四種類あることに困り顔だ。
「狙いがつけやすい、連射型、放射型、弾速が早いの四種類作ってみたんだ」
僕の説明を聞いて、警護たちは唖然。
側近は悟ったような顔して黙ってる。
試作でヘルコフに圧かけ過ぎて痛いくらいの水当てたのは悪かったと思うけど、なんでその反応?
こういうのって装備選べたほうが燃えない?
それに年齢が違う分、同じ武器だとどうしてもワーネルとフェルが不利だしね。
楽しく遊べて結果もわからない。
僕はそのほうが面白いと思うよ。
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