108話:家族旅行3
結局山登りをした日は、双子の体力がもたずに仕切り直し。
翌日、舟遊びで今日は妹もいる。
実は馬車移動だけで四歳の体力はもたず、別荘に一人置いて行かれた。
そのため、高い位置にある別荘から湖に降りる専用の階段を、一人先に行ってしまって乳母を始めとした侍女たちが大慌てで追う一幕があったほどだ。
皇帝専用として作られた桟橋には、小舟が三艘用意されていた。
どれも彩色が施されて皇帝の紋章が側面にペイントされている。
「アーシャ、一緒に乗るか」
父が何げない風を装うので、僕は驚きつつも応じた。
「舟を漕ぐ者は如何しますか?」
「私も帝都育ち。舟遊びくらいできるとも」
「いやー! 父上はわたくしとおふねなの!」
突然響いた甲高い声に見れば、まるで僕が悪いように金色の瞳で睨んでくる妹。
瞬間、風が渡ったのか激しく湖が波立つ。
「ライア、私と乗りましょう? お膝の上でいいから」
「母上のおひざ? やった!」
妃殿下の誘いにころりと機嫌を直す妹ライアは、一年のブランクがあるせいで僕を兄と認識していないようだ。
うん、晩餐の時とか、何度か顔合わせたけど、誰だろうって顔されたもんね。
ただ妃殿下の対応を見るに、どうやら先に周囲へは話を通してあるようだった。
おかっぱも特に反応せず、妃殿下はテリーと双子にどう別れるかを聞いている。
正直僕が妹と一緒に舟遊びしたいけど、今はライアが泣きだす前に、父と小舟に乗り込んだ。
「湖は広い分、波もあるんですね」
「波と風は対応している。風は山のほうから吹いてくるものだから、風に従って漕げば…………」
言いながら、父はオールを操り小舟はすいすい進んでいく。
どうやら本当に慣れているらしい。
波は風で起き、風は山から吹くというのは、気象系の科学知識だけど錬金術じゃない。
人間が暮らす中で教え伝える生活の知恵なのだろう。
「それで、陛下。お話はなんでしょう?」
「察しがいいのはいいのだが、私がアーシャを心から誘ったとは思ってくれないのか?」
「弟たちの前で僕だけを特別扱いしないようされているのは知っています。それがこうして周囲と計ってまで僕と二人きりになった。では、何か他に聞かれたくない話があるかと」
そうまでして父が言いたいことに僕は一つ心当たりがある。
派兵について細かく言えば色々あるけど、父が良かれとつけた近衛が今問題になっているのだから察せないわけがない。
僕としては近衛という父を守る職業なのに、生まれの低い皇帝を軽んじる人たちが慌ててるからいいきみだと思ってはいる。
これで近衛も父にこれ以上は逆らわなくなってくれれば反乱された甲斐もある。
「…………実は、アーシャに相談があるのだ。軍と近衛について」
「はい?」
予想外、いや、近衛のことは今まで散々謝られたし、軍での功績の低さも父は口を出そうとしていたし、今さらと言えば今さらだ。
けれど相談ってなんだろう。
軍というものは戦時以外は独立した部署で、内側に身内を入れている貴族と違って、皇帝が論功行賞に不必要な干渉を行うと外圧として反発する。
だから論功行賞も余計な諍いになるので止めてたくらいだ。
というか、僕に相談しなきゃいけないような大変なことが起こってるの?
「ヘルコフたちに愚痴ったら、もういっそアーシャに相談したほうがいいと言われて」
身構えたら、なんだか肩透かしを食らうような暴露を受ける。
何してるの皇帝が?
いや、ヘルコフとウェアレルは皇帝が雇ってるし直接話して愚痴も聞くって聞いてたけど、二人もなんでそこで僕?
「一応、お伺いしましょう」
「うむ、息子に功績を譲られる恥ずかしい父だという自覚はある。その上で、ウェアレルもアーシャの才能は錬金術のみではなく、政治にもと推すので頼らせてほしい」
「そんなことありません。きっとヘルコフたちが僕をと言ったのは、当事者ではない距離のある者だからこそ見える全体像もあるという示唆です。それに陛下が僕のためにお心を砕かれていることはわかっています」
父は弱った様子で微笑みながら、話をし始めた。
「今回、あえて問題を公にして混乱を招いた。その上で私が力をつけるよう計らったな?」
「そうですね。大まかには近衛の反乱、偽書、軍の予算、サイポール組の弱体化でしょうか」
「以前エデンバル家を潰しただろう? その際は上手くかたをつけられた。だが、今回は収束の見込みがつかなくなっている。何処から手を付けるべきか迷っているのだ」
「それは…………政策を担う者と協議すべきことでは?」
「…………全員、ルカイオス公爵派閥でな」
あー、相談して採用したら、またエデンバル家を潰した時のようにいいところ持っていかれそうだと。
だからって今父が抱える部下では手が回らない範囲がある。
けど皇帝としてどの問題も放置はできないしできるだけ早くに治めたい。
確かにほぼ僕が仕掛けたことだし相談されたなら答えよう。
けど根本的に父の政治力が問題になる。
「まずは確認を。軍務大臣は軍を掌握できていますか? 貴族派閥に所属していますか?」
「いや、どうだろう? 今の軍務大臣は先帝に取り立てられた辺境貴族の子弟で、先帝が私の後見と決めたルカイオス公爵に従っているが、あまり政治的動きをする者ではない」
「であれば、偽書の件は軍に一任する形で貸しにしたほうがいいでしょう。先帝を重んじるのであれば、いつまでもルカイオス公爵にくみする理由もない方です」
上手く交流ができれば、父の派閥になってくれる可能性もある。
そして派閥のないワゲリス将軍が従う相手だ。
面倒な手回しや策謀を巡らせる手合いではないだろう。
近衛については断続的に圧迫をしているが、それでいいのかという懸念が父にはあるそうだ。
僕としては、反乱近衛の実家全てと、今の父では抵抗が難しいから一気に攻めるようなことをすると、手痛い反発を食らう可能性があると思う。
「実家にも精一杯恩を着せて、減刑を許す形にしてはどうでしょう? ルカイオス公爵もする手です。大勢の前に引き出して罪を明らかにした上で、あえて皇帝によって許されたという印象を植え付ける」
「…………アレルギーのことは」
「陛下を責めているわけではありません」
確かにそこ参考だけど、気にしないでほしい。
結局あれで僕が弟を狙うという悪評が事実かのように印象づけられはしたけど。
仲良くなれたから僕は他人の評価なんてどうでもいいんだ。
まぁ、耳に入る立場の父としては忸怩たる思いがあるんだろう。
僕は指を立ててみせてこちらに気を引く。
「詐欺師に騙されない一番の方法を知っていますか?」
「警戒心を強くすることか?」
「いいえ、詐欺師の手口を知ることです。その言葉がどう作用するか、その行動が何処に帰結するのか。そうと知っていれば、その言葉、その行動を理解して予防ができます。同時に自らもまたその手法を取り込んで相手に仕掛けることができるんです」
僕の指摘に、父は考え込んで応じる。
「…………つまり、ルカイオス公爵のやり方をやり返せと?」
「それもありますが、まずは学びましょう。少なくとも、エデンバル家という影響力の大きな人たちを排除して済ませた手管があるのならば、真似しない手はないでしょう」
「そうだな、今回その手管を私のほうでできなかったからな」
父も納得して頷いた。
「近衛は私が許したという立場に立って上下を明確にする。それによって皇帝権威を強化することに利用しろというんだな。確かにあの家々を取り潰す労力よりも小なりとは言え実益か」
「今できなければ、後で処理してもいいんですよ」
僕が笑いかければ、父は呆気にとられ、次には笑い出す。
「あぁ、確かにそうだ。なんだ、私は難しく考えすぎていたようだ。今は取っておいて、摘み取るのは態勢を整えた後でか。なるほど今は学ぶ時だな」
どうやら今問題を解決しなければと焦りがあったらしい。
今できる力がなくても、次に機会があればその時に排除して力にする布石にすればいい。
少なくともここで躓いた反乱近衛関係の家は、テリーの代になっても復活は厳しいだろう。
「そしてサイポール組ですが、ホーバート領主に任せていい気はしますが。早期解決を望まれる理由がありますか?」
ホーバート領主は命惜しさに奮戦を続けていると聞く。
またサイポール組と手を結んで貯めたものもあるので、吐き出させるほうが世のためだと僕は思う。
「今のままではせっかくアーシャが切り込んだのに有効に活用できないなと思ってな」
「そんなことですか。では改めて皇帝の名の元に鎮圧の兵を向かわせればいいでしょう。大聖堂で狙われたことも合わせて、悪をはねのける強い皇帝と喧伝することができます」
「…………ヘルコフとウェアレルの言ったことは本当だったな」
「何を言われたんです?」
「俺より皇帝に向いてる」
「!?…………まさかぁ、そんなことありませんよー?」
あまりのことに声を上げそうになりつつ、冗談を聞いたふりで否定する。
っていうか何言ってくれてるの!?
「…………僕は帝位なんていりませんからね」
「俺も、そう言えれば良かったんだろうな」
僕の念押しに、父は悲しそうに笑う。
けどそれ以上、帝位について言うことはなかった。
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