107話:家族旅行2
休憩を挟みつつ、僕たちは別荘裏にある山を登って見晴らし台として整えられた石畳の上に着く。
「ひろーい! 帝都広いね!」
「たかーい! 宮殿高いよ!」
ワーネルとフェルは大はしゃぎで、湖を挟んで広がる帝都の光景に声を上げた。
僕もいつもとは違う視点で見る宮殿の姿に溜め息が零れる。
宮殿の背には水源の山があり、そこから続く高台を均して広大な宮殿が作られていた。
さらに高台を下る形で貴族屋敷や役所の大きな建物が並び、平地に着けば帝都の街並みが湖沿いに広く発展している。
電子機器も車もない中、これを全て人々が体を使って築いたというのだから圧巻だ。
「国は、いったいどれほど広いんだろう…………」
すぐ側で聞こえた呟きに首を巡らせれば、不安そうな顔をしたテリーがいる。
僕と目が合えば下手な笑みを浮かべる姿が、弱みを見せまいと強がっているようにしか見えなかった。
「テリー」
「はい、兄上」
呼べば素直に返事をしてくれるけど、やっぱりちょっと硬い。
どう力を抜いてもらうか、難しいところだ。
どんな理屈を並べても、結局はテリーが受け入れて納得する以外に解決方法はない。
考えていると、テリーのほうから僕に質問が投げかけられた。
「兄上、軍を率いたことでどのような知見を得られたのでしょう?」
「さっきも言ったけど、僕はついて行っただけだから。あまり有益なことは言えないなぁ」
「ですが兄上は、、前任の者が七年かけて解決した問題を、素早く解決して戻られたではないですか。…………私には、そんなこと…………」
苦しそうに考え込むテリーの横顔は、まだ子供らしい幼さがある。
なのに浮かぶ表情は追い詰められた人間のそれだ。
そして一つに頭を支配されるほど、視野は狭くなって思考は凝り固まる。
なんだか受験の時のことを思い出して来た。
こうしないといけない、こういう結果を得なければいけない。
そんな考えに取り憑かれると、目標は定めつつも手広く対策がしたほうがいいのに、気づけば同じところを堂々巡りで進めない気持ちになってしまうんだ。
「兄さま、どうしたの? やっぱり疲れた?」
「兄上、何をお話されていたの?」
風景を楽しんでいたはずの双子が、いつの間にか僕たちを挟む形で近づいていた。
途端にテリーは表情を引き締めてしまうのは、兄として弟に不安そうな姿は見せられないってところかな?
ただワーネルもフェルも鋭いみたいだし、結構気づかれてると思う。
けどここは僕も兄として、弟の強がりを尊重しよう。
「一年で成長してるねって話。二人も身長が伸びてるけど、やっぱりテリーと目線が同じになってることには驚いたよ」
「え、身長? …………あ」
テリーはまるで今気づいたと言わんばかりに目を丸くする。
もう拳一つ分あるかないかの差だから、三歳上でも成長期が来たら追い抜かれるかもしれない。
「ワーネル、フェル。降りる時も大変だから今の内に休んだほうがいい。足は痛まない?」
「えー、まだ降りない。せっかくみんなとの旅行だもん、もっと見る」
「あ、でも兄上が一緒に来てお話してくれるなら、休んでもいいよ?」
「こら、我儘を言ってはいけない。服装も崩れてしまっているのは見苦しいぞ」
確かに我儘だけど可愛らしい部類だし、テリーもそんな真面目に怒る必要はないと思う。
ワーネルとフェルも言われると無理をするから、ここは話を逸らそう。
「じゃあ、まずはここでゆっくり話をしようか。そうだなぁ、一年で変化もあるし二人はまだ剣術や錬金術に興味ある?」
「あるよ! 僕ね、兄上みたいな錬金術師になるの。一年ね、薬草の名前覚えたよ」
フェルが嬉しいことを言ってくれるけど、ワーネルは視線を落とす。
「魔法や剣術はしたいけど、僕も、錬金術師目指そうかな」
嬉しいって言っちゃいけない感じかな?
前はテリーに憧れて剣術や魔法に興味を持っていたのに。
そのことを知ってるテリーも、ショックを受けた様子で目を瞠っていた。
怒られるせいで慕うことも遠慮するのは、テリーにとってマイナスでしかない。
どうにか家族旅行っていう非日常で、肩の力を抜くことを覚えてもらわないと。
「テリーは? 勉強を頑張っているそうだけど、何処を目指しているの?」
「ぼく、私は、兄上のように…………いえ、兄上以上に、ならないと」
「僕? あぁ、以上っていうのはいいかもね。僕なんて褒められること何もしてないもの」
「それは…………! 評価しない人が、おかしいです。今回だって兄上は、危険を掻い潜ってこうして戻ったのに、誰も見直そうとせずにいる」
悔しそうな声を漏らすテリーに、内幕を告げるべきかどうか迷う。
すると、僕の手が両側から引かれた。
「ねぇ、兄上。どうして兄上がすごい人だって、大人はわからないの?」
「どうして結果を出してるのを見てるのに、正しく評価をしないの?」
そうだ、双子も聡いんだから今回の僕の低評価がおかしいってわかってる。
ワゲリス将軍が怒鳴り込んで来たのは、文句じゃないって誤解を説明したのも聞いてた。
だったらこの質問は当たり前だ。
(私も仔細を求む。不条理が過ぎます)
(ここで混じってこないでくれないかなぁ。僕だって他人の胸の内なんて知らないよ)
ただ、社会経験があるせいかバイアスがかかってる時の人の不条理はわかる。
会社に入った新人の時、相手先の会社は登り調子で担当者も随分上から物を言う人だったし、端的に言えば若さと会社の上下関係から舐められてたんだ。
けど数年後、相手先はうちとは関係ない仕事で躓き業績悪化。
先輩から引き継いだその相手先の担当をしていた僕にも、仕事を減らして切る方向が指示された。
なのに新人の頃からの担当者は、変わらず上からだし舐めているせいで、まともにこちらを引き留めることもせず。
僕も相手先を慮る気持ちがなくて一年もたたずにサヨウナラだった。
「僕が宮殿に移った時は、何もできない子供だったんだ。周りに何を言っても子供だからって聞いてもらえないし、いざとなったら片手でつまみあげられる程度の小ささだった」
子供であるというのは、言ってしまえば当時の僕の立場の弱さだ。
片手でつまみあげられるような状況になれば、その後はぽいっと放り出されるだけ。
「だから、僕は危険じゃないよ、何もしないよって行動で示さなきゃいけなかった」
ふんわり表現にしたんだけど、さすがにテリーは出会った時の騒動につなげてしまったようだ。
眉間にしわが寄ってしまった。
「ま、そうして放っておかれるほうが好きに錬金術できるってわかったから、わざと弱いふりをしてみたりしたこともあるよ」
戦場カメラマンの真似をすることで、敵じゃない、放っておいても無害だと思わせることには成功した。
ただし、決定的に僕を侮る理由を与えることになったんだと、今ならわかる。
当時は逃げ隠れして、相手の目に映らないようにするのが一番の自衛だったけど、ワゲリス将軍に言われたように、強いことを見せることで舐められないことも必要だったんだろう。
「結果、最初に僕を認識した時に、無能だと思った人は僕が何をしても無能が意気がっているようにしか見えないんだ。結果があっても、無能がそんなことできるわけがないと断定して前提にする。道理を通しても、無能が正しいわけないと決めつけて批判に繋げる」
「悪意的過ぎる。兄上はそれでいいんですか?」
自分で言っていて、そんな風に否定から入るんだろうなと思っていたら、テリーまで僕の手を引いて訴える。
確かに今回反乱される僕が悪いと帝都でも言ってる人がいるので、困った話ではある。
だからって、今の時点で反撃しても気持ちは晴れるけど、敵が大きく隙を見せてくれるという唯一の優位がなくなってしまう。
下手に持ち上げられると神輿に乗せようとする人もいるだろうし、血縁者同士で継承権を争うなんて、それこそ別荘に来て聞いたトライアン王国の没落と同じ道だ。
「今はね、まだ準備中なんだ」
僕は双子も揃って不満そうなことに気づいて、勿体ぶってみる。
そして身を低くして口の前に指を一本立てた。
するとテリーも一緒になって顔を寄せ、真剣に次の言葉を待つ。
つい笑ってしまったけど、そこは弟たちが素直でかわいいからしょうがない。
「僕はね、自分の力で、過去のすごい錬金術師が作ったこともないすごい発明をするつもりだ」
「すごい、発明」
テリーは興味津々で繰り返し、双子も先を期待して頷く。
「まだ何を作るかは言わない。秘密だよ、驚かせたいんだ。ただそのためにはまだ注目されて色んな人の相手をしなきゃいけなくなるのは嫌なんだ。だから、まだ今は悪評も受け入れよう。いずれ、僕の発明が世に出れば、悪口を言う人なんていなくなるからね」
おおげさに言ってみせると、弟たちは揃って僕を見る。
顔に何を作るつもりか聞きたいって書いてあるけど、実はまだ考え中だ。
電話はウェアレルに先越されたし、車は普及にインフラ整備が必要になる。
目指すは、誰でも使えて便利な発明品だ。
「そうだなぁ、気になるなら僕と一緒に錬金術やって、探ってみる?」
錬金術という名の遊びの誘いに、双子はもちろん、お勉強を理由に一度は断ったテリーも、勢い込んで頷いてくれたのだった。
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