105話:一年の変化5
帰っても宮殿は相変わらず、僕の悪評になることは率先して流布する方向だ。
今回の噂はやっぱり論功行賞について、僕が不当に功績を過大報告したというもの。
怒ったワゲリス将軍が、現状の論功行賞の割合になるよう掛け合ったとも噂になっていた。
「確かに怒鳴り込まれたけど、そこは僕に会うための正式ルートがなかったための強行策だったんだ。実際は逆で、ワゲリス将軍は僕の功績が不当に低いと訴えてくれたんだよ」
説明する相手は、久しぶりに僕を訪ねて来てくれた弟たち。
悪い噂を聞いて、まず確認してくれる優しさには感動を覚える。
それと同時に一年できなかった錬金術実験のためにやって来ていた。
ただちょっと問題がある。
「そうでしたか。まだお疲れも取れぬところを申し訳ない、兄上」
「気にしなくていいよ。僕はほぼ馬車に揺られてただけだしね」
「本当ならば兄上には今しばらく英気を養っていただくべきでしょうが」
「僕も久しぶりに会いたかったし、来てくれて嬉しいんだ。…………それよりもテリー」
僕に話しかけるテリーはもう十歳だ。
けれど微かに笑っているような表情で喋る姿は他人行儀で、正直下手な愛想笑いでしかない。
その横にいる双子のワーネルとフェルも、一年前は元気に騒いでいたのに何も言わず立っている。
「本当にここまで来て何もせず戻るの? もう少しお話していかないかな?」
「大変魅力的なお誘いではありますが、すでに家庭教師を待たせておりますので」
「そう、それは悪かったね。次に時間がある時は、腰を落ち着けて話そう」
「えぇ、ありがとうございます」
僕が次を持ちだした時だけは、本当に嬉しそうに笑ってくれた。
けどすぐさま、子供故に上手く取り繕えていない下手な笑顔に戻る。
そして…………本当に帰ってしまった。
「うーん?」
僕は思わず金の間で悩ましい声を漏らす。
すると視線が刺さり、双子が不安そうに見ていることに遅れて気づいた。
「あ、ごめんごめん。いやぁ、一年離れただけでこうも大人になってしまうなんて。ちょっと残念だなって思ってね」
「兄さまのご挨拶、だめ?」
「兄上は、静かなのいや?」
「駄目でもないし、嫌でもないよ。僕としてはもっと遊びたかったってだけなんだ。二人も、ここは余人の目はないし、危険じゃないことなら好きにしていていいよ」
僕の言葉に、ワーネルとフェルは全く同じ動きで顔を見合わせた。
次には僕に向かって走ってくるので、思わず屈んで両手を広げる。
すると双子は揃って飛び込んで声を上げた。
「「兄上!」」
「はいはい」
途端に弾む笑い声が放たれる。
どうやらこちらは、テリーに合わせて大人しくしていただけらしい。
「もしかして、いい子にしているように言われてた?」
「うん、言われた。だから僕たちいいって言われるまで黙ってたの」
「そうしたら兄さまが偉いっていうから、そうしたほうがいいのかなって」
不満そうだけれど、それができる分、幼いと思っていた双子も成長しているんだろう。
そして周りの要求に応えるだけの考えがちゃんとある。
「二人とも偉いよ。ちゃんと静かに動かずにいられたからね」
僕が褒めながら頭を撫でると、子供らしく喜ぶ。
僕は一年前の調子に戻った双子と一緒に、青の間の図書室へ向かった。
いない間も財務官のウォルドが収集してくれてたお蔭で、読んでいない本が増えてて時間が足りない。
けど弟と比べれば後回しにできる。
今回は僕が、テリーに後回しにされたけどね。
勉強を邪魔するのは兄として駄目だから、ここは僕も我儘は言えない。
「それで、テリーはいつごろからあんな風に喋るようになったの? 陛下方は一年で成長して、立ち振る舞いを意識してるんだろうって言ってたけど」
「うーん、新しい家庭教師の人が来てからだと思うよ。悪いこと言わないんだって」
「魔法の人でね、その人が他の先生の言うことも聞いたほうがいいって言ってたんだよ」
聞けば僕が派兵されたことで、テリーは強く公爵系の人の話を拒否するようになってたそうだ。
きっかけはあの魔法の練習中に来た先生。
そちらは解雇したけど、似たようなことを色々言う人がいたそうだ。
それでテリーの不満が半ば爆発して、拒否になっていたらしい。
「…………そう、二人はテリーを心配してよく見てたんだね」
双子は家庭教師との様子を細かく知ってたし、どうもテリー側の我慢の限界も察していたらしい。
その上で新しい家庭教師が来てから、拒否するばかりはいけない、皇帝となるなら清濁併せ呑むことを覚えるべきだと諭したそうだ。
間違ってはいないけど、それでテリーは急いで大人にならなくてはと焦って今なら、ちょっとどうかと思う。
「つまり、テリーを子供らしくいさせなくしたわけか」
テリーが望むことを察したからこそ、利用して周囲への反感を抑えるように誘導した。
傍から見れば一皮むけて大人に近づいた皇子だ。
皇太子を見据えた成長にも見える。
だからテリーの両親である陛下たちも、ぎこちなさを感じながら止めはしない。
(一年離れてた僕だから、以前と違いすぎると気づけるわけか)
徐々に変わって行ったから、今の変化がおかしいことに気づけない。
けれどワーネルとフェルは、逆に近いからこそ気づいていることがあるようだ。
「兄さま、いつもあんなふうに喋るようになったの。僕たちといる時もずっとだよ」
「前は笑顔でね、許してくれたの。でも今は笑ってないし怒られるんだよ」
大人の一員として、双子にも注意をしているというところなんだろう。
けれど二人がこうもはっきり言うということは、テリーも強く言っている。
それは、嫌々やっている反動なんじゃないのかな。
自分が我慢して振る舞いに気をつけてるのに、という不平が態度に表れているのかもしれない。
それにしてもこれだけ明確に気づいて僕に訴えられるってことは、ワーネルもフェルも観察力がすごいんじゃない?
両親は仕事があるにしても変化がわかってる程度なのに、双子は内面の無理も見抜いているような感じだ。
「でも、兄上は変わらないね」
「最初から変わらないよね」
「僕?」
二人揃って頷く姿はまだまだ可愛い。
「兄上も我慢してるけど辛くなさそうだし、笑顔だよ」
「兄上も大人みたいな喋り方だけど嫌そうじゃないね」
「あぁ、それは兄として弟たちにいい顔したいだけだから。僕がしたくてしてるんだよ」
言いつつ、僕は指を口の前に立てる。
「ばれたら恥ずかしいから秘密ね?」
「「ひみつー!」」
他愛のないことではしゃぐ双子は、まだまだ遊びたい盛りだ。
それでも帝室に生まれたのだから、僕が知るよりもずっと制約があるんだろう。
とはいえ、無理はいけないし、皇子に生まれたからって過度な我慢もさせたくはない。
前世でも子供の頃の苦労が祟って、皇帝になってからやらかす人って歴史にいたしね。
「テリーもなりたい自分がいるからやってるけど、それが本人に合ってないのかもしれない。無理してぶるのは間違いじゃないし、それで身につくこともあるとは思う。でも今のテリーは気を抜くことを忘れてるような感じじゃないかな?」
「そう! 苦しそうなの。絶対今日、兄上と遊びたかったんだよ?」
「ずっと! ずっとね、ぎゅっとしてて、嫌なことをやろうとしてるの」
「うん、わかった。今度、テリーと話してみようか。たぶんこれは陛下や妃殿下の立場からじゃ言いにくいことだろうし」
そんな話で始まって、今日はお互いに一年の間のことを話し続け、エメラルドの間には行かない内に、もう双子も帰る時間になってしまった。
「殿下方、お渡しするものをお忘れですよ」
帰る雰囲気になった時に、二人の警護がそう声をかけた。
するとワーネルは慌てて、フェルのほうは服の内側を探る。
「兄上、あのね!」
「招待状!」
二人が差し出すのは一通の封書。
紙に箔押ししてある紋章は皇帝のものだ。
つまり父からだけど、なんで?
「「家族旅行! 一緒に行こう」」
「…………え?」
何やら嬉しい言葉が聞こえた気がするけど、意外すぎて幻聴を疑うレベルだよ。
え、本当に? 家族旅行って言った?
そんな僕に、双子は急かして手紙の内容を検めさせる。
開いた手紙は確かに、僕を含む家族旅行の計画が書かれた招待状だった。
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