103話:一年の変化3
帝都に帰ったと言っても、すべてが元通りじゃない。
どころか変化があるのが当たり前だ。
だって僕は一年不在にしていたんだから。
「ウォルド、僕がいない間も錬金術続けてたんだね」
「はい、使用した素材もできる限り買い直しておりますが、不備がありましたか?」
「そこは気にしないで。報告もちゃんともらってるし。もうエッセンス安定して作れるみたいだし、僕が使う分も作ってもらいたいくらいのできだと思ってね」
本気で毎日やってたんじゃないかと思うできだ。
エッセンスを眺めながら言うと、ウォルドはほっとした様子を見せる。
(本当に驚いた。これ、手伝ってもらってたウェアレルよりも上手いかも)
(かけた年数を越える要因はなんでしょう?)
セフィラも興味が湧くくらい、ウォルドのレベルアップは確からしい。
(うーん、本人の適性もあるだろうけど、たぶんやる気かな?)
強要されることなくこの一年腕を磨いた結果だ。
一番器用なのはウェアレルだけど、興味関心は魔法が一番だからどうしてもやる気では劣るだろう。
ヘルコフとイクトは体感的に習得するタイプで、わかりやすく繰り返させると上手くなっていく。
そしてやっぱり自分の得意分野を極めることのほうが熱心だ。
「ウォルド、派兵先で鉱物色々拾って来たんだ。実験一緒にやらない?」
「よろしいのですか? 弟君方となさったほうが喜ばれるのでは?」
「鉱物は危険のほうが大きいからね。弟たちにはまだ早い。けどウォルドなら大丈夫だと思うけど、どう?」
僕は実験準備をしつつ聞いてみる。
ここには器具は揃ってるから、山の上でできなかったこともできるんだ。
「どれにしようかな? やっぱりまずはわかりやすいのがいいよね」
金属で錆取りとかどうだろう?
錆つかせて、錆落としをするだけの中学の理科でできる簡単なものだ。
必要なのは鉄と酸素と水とリン酸だけ。
実はリン酸に必要なリン鉱石は、派兵の中で見つけて拾ってある。
過去の錬金術師も残していた有用な鉱石で、状態によっては自然発火する危険物だ。
(まさか過去に開発されたマッチが、今じゃ忘れ去られてるなんてね)
(火の魔法が使えない人種、竜人種以外であれば有用であったでしょう)
セフィラのいうとおり、魔法で代替できる人間が開発したから廃れたんだろう。
それに錬金術では魔法的なエッセンスもあるから、マッチの需要が低すぎた。
それでもリン鉱石というものの活用を研究して残しているのは評価したい。
肥料にするって考えがあったら、もう少しリン鉱石も知名度あがったかも?
「じゃ、まずこの鉄の板を錆つかせます。時間かかるし、水に浸けて錬金炉に放り込むけどね」
「錬金炉、書物に書かれていることには目を通しましたが、本当に時間を超越するのですか?」
「僕も原理よくわかってないけど、反応を早めるために色々条件変えられるみたいなんだ」
セフィラがすでに調べているけど、それでも調べ切れていない錬金術の産物だ。
小雷ランプを調べて気づいたけど、錬金炉も魔法と錬金術の合わせ技っぽい。
ただ小雷ランプよりずっと高度で、セフィラも走査だけだと見切れないって、解体を提案するほどのものだ。
もちろん組み直せる保証がないから却下したけどね。
ルキウサリアにはこれを作れる錬金術師がいるだろうから、もう少し知的好奇心は待ってもらう。
そして僕は錬金炉からさび付いた鉄を取り出した。
「はい、錆ついたよ。ただの水に一晩つけたと思って」
「ざらざらしますね。この赤い物は確かに錆のようです」
触ったウォルドが指をこすり合わせていると、ヘルコフが覗き込む。
「野外に雨ざらしの金属だと、ぼろぼろ落ちるがそこまでじゃないみたいですね」
「さすがに一夜ではそこまで傷まないでしょう」
イクトの言葉に頷いたウェアレルは僕に目を向けた。
「それでこれをどうなさるのですか?」
「錆を落とすんだよ。って、説明しないとよくわからないか。まずね、錆っていうのは
酸化反応って言う…………」
そんな話をしながら、さび付いた鉄の板をリン酸に投入して待てば、錆は水に溶けて鉄は綺麗になる。
そうしてまた水に入れれば錆鉄だ。
「へぇ、こりゃいい。手入れサボってもすぐに元通りになるんですね」
「命を預ける得物の手入れをなおざりにするのはどうかと思いますがね」
軽口を叩くヘルコフに、イクトが呆れた。
「あなた以前、得物に執着して命落とすくらいなら、投げ捨てて逃げるようなことを言っていませんでしたか?」
いつそんな話したのか分からないけど、ウェアレルのほうが呆れてみせた。
イクトは大聖堂で襲われた時に迷わず敵の武器を奪取してたし、拘りはしないけど大事にしないわけじゃないってことかな?
「まぁ、錆が深すぎると金属自体を侵食してぼこぼこになるから。これはまだ浅いから綺麗になるけど、年季の入った錆は落としても元には戻らないよ」
「それでも拾った石をこんなのにしちまうのがすごいでしょう」
気にせず軽口を続けるヘルコフに、ウェアレルも頷いた。
「色々拾ってらっしゃったのは見てますが、全て用途があると思っても?」
「調べ切れなかったのもあるから、本当にただの石の可能性もあるけどね」
僕の手順をまねて鉄を錆つかせて錆落としをするウォルドを横目に、イクトが疑問を投げかける。
「そう言えば小隊長と共に拾った植物などはどうしました?」
「薬類は使用に期限があるから、保存が効かないのはセリーヌに渡したよ。採取できた種は育てられればいいけど、僕もやったことないしどうしようかな?」
「大叔母も殿下は大変博学でと喜んでおりましたよ」
錆落としをするビーカーから目を離さないウォルドの言葉に、僕は固まった。
ただエルフのハーフであるウェアレルだけが納得の様子を見せる。
「え、聞き間違いじゃないよね。大叔母?」
「聞いておりませんか? 正しくは私の曽祖父の妹だそうですが、父が大叔母と呼ぶので私もそう呼んでおります」
さすがエルフ。
セリーヌ、あれで相当長生きらしい。
この世界でもエルフは長命で、寿命は三百年くらいと聞くけど、本には五百歳の記述もあったのを見たことがある。
「なんというか、そのくらいの世代の方は森に対する信仰のようなものがあるような?」
「ありますね。ほぼ街で暮らしているのに、何故か草木を礼賛するんです」
エルフあるあるらしくウェアレルとウォルドが頷き合う。
けど言われてみればセリーヌ、僕が珍しい植物採集していると喜んで手伝ってた。
時には僕の採集の誘いに乗るせいで、ワゲリス将軍に怒られてたし。
「あ、そう言えば。予算の件で軍から突き上げってまだあってるの?」
帰還のためにやったことで、すでに財務の上は父が頭をすげ替えた。
財務は人員入れ替えで事態の収拾に動いているけど、軍がどう動いているか、もう権限がなくなった僕には知る当てが少ない。
「派兵の際のおかしな予算を通したとして、財務と軍は即座に担当者を切っています。ただ近衛のほうで手を貸した者は、庇う者もあるようで。そちらも合わせて裁くために、今は停滞しているようですね」
ウォルド曰く、財務と軍は切り捨てる相手を即決した。
けど近衛はそんな暇ないし、反乱のこともありこれ以上被害が広がることを恐れて、守りに入ってしまい対応が遅くなってるそうだ。
だからって他所から口を挟まれるのも嫌がるという無駄なプライドで、外部からの声は突っぱねる。
そのため皇帝である父が圧力をかけているらしいというのは聞いてるけど、まだかかりそうだ。
「殿下、陛下のほうから反乱をしでかした近衛が減刑になるかもと言われましたよ」
ヘルコフが思い出したように言うと、父に雇用されてるウェアレルも聞いたことを話す。
「その分生家が多額の罰金を肩代わりするそうです。家の存続を優先して、罪を逃れることはやめたようですが、それでもまだ抵抗しているそうです」
前世の日本では家族が罪を犯したからと言って、血族まで罰されはしない。
けれどこの世界、連座という血縁者にまで刑罰を派生させる制度がある。
だから、身内に罪人が出ないようにまず抵抗する。
連座で波及する姻戚の家まで一緒になって抵抗するから、貴族を罰するのはそうとう大変なことだ。
けど今回権力や時間稼ぎでは逃れられない。
だから当事者の罪は認めて、連座にならないよう減刑を願い相応の償いを行う。
言ってしまえば多額の金で解決して、なんとか家として復権を目指す方向にシフトしたんだろう。
「そこはいいよ。相手を弱らせれば、その分陛下が付け込む隙ができる。公爵たちも飛び火する可能性があるから、当分陛下の足を引っ張ることもできないだろうしね」
「少なくとも、今回のことで派閥に動揺があります。アーシャ殿下排除の失敗に続いて、結果的に皇帝の存在感を強め、軍と近衛からは怨まれることになったのですから」
イクトの言葉にウォルドは呆れたように息を吐く。
そして僕と目が合うとなんだか遠い目をしたんだけど、その様子がセリーヌとよく似ていた気がした。
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