102話:一年の変化2
僕の部屋に来たワゲリス将軍の強行には、理由があったらしい。
「会うためのアポ取りさえまともにしないわ、しつこくしたら別口から邪魔が入るわ、上からの圧力だ、義父からの愚痴だわふざけんな!」
「その、こちらも正規の手順を踏もうとしたのですが埒が明かず。私の縁類であるウォルドがこちらで財務官をしている縁を話したところ、こうなりまして」
「いや、なんでだよ。それだけやられてるなら直接会うって方法見直せ」
セリーヌの説明も受けて、ヘルコフが突っ込む。
穏便にメッセンジャーができたはずのウォルドも恐縮していた。
「申し訳ない。私が正攻法でやってもきっと誰も相手にしてくれはしないと言ってしまったためかと。いっそ直接訪ねたほうが早いのではと悟られ、即座に動かれまして」
どうやらウォルドが困ったセリーヌに助言し、それをワゲリス将軍が力づくで実現した結果らしい。
そして興奮冷めやらぬワゲリス将軍の矛先は僕に向いた。
「本当に軟禁されてんじゃねぇ! お前の悪知恵あればいくらでも改善できるだろうが!」
「…………ごめん、レーヴァン。やっぱり仲悪いかも」
「えー? なんでこっちに振るんですか?」
「たぶん立ち位置的にストラテーグ侯爵と同じかと思って?」
「違います違います。絶対違います。お願いですから大人しくしててください」
即座に否定した途端に、ワゲリス将軍がレーヴァンを睨んだ。
「子供押し込めて何言ってんだこの軟弱者! だいたいなんだこいつ?」
「偉い人から回された見張り?」
「待ってください! 俺立場はそこのトトスさんと一緒なんですから!」
「嘘だろ」
ワゲリス将軍に一蹴され、レーヴァンは瞬きも忘れて現状を訴えた。
「この皇子さまが動くと問題にされるんです! 俺はそれを止めたい側! っていうかちょっと、さっきの怒鳴り込んで来たの実は何か打ち合わせですか? 不仲そうに見えてめちゃくちゃ仲良しじゃないですか!」
「ワゲリス将軍は軍にいる間いつも怒鳴り込んで来てましたよ。それこそ軍内部でも噂になるほどに」
ウェアレルが呆れながら実情を話せば、イクトも補足する。
「威嚇はしますが害意はなかったとはいえ、何度窘めても治りませんでしたので、もはやこういう挨拶しか知らぬ方かと」
「いえ、そうではないんですが。第一皇子殿下は、その、深遠な方なので我々には理解が及ばないところが多々ありまして…………」
セリーヌがフォローしようとして目を泳がせるんだけど、僕が深遠ってどういうこと?
「まぁ、それはいいや。そう言えば説明しろって言ってたけど何があったの?」
ワゲリス将軍の挨拶はいっそ慣れたし、絶対不意打ちはしてこないってわかったから、大声出してアピールしてくれるのは一種安心材料でもある。
「おう、そうだ! これはどういうことだ!」
ワゲリス将軍もレーヴァンから興味を失くして、僕の前にある机に紙を叩きつける。
「報告書? …………あぁ、論功行賞の報告か。へぇ、ずいぶん高評価だね。暗殺者出して来た領主のことも、盗賊の被害に遭った村の管轄からもちゃんと評価に加えられてるし、一番はやっぱりサイポール組の追い出しか。失点もほぼない。これの何が問題?」
「ほとんどの功績俺じゃねぇか!? なんでこんなことになってんだ!? どう甘く見積もっても七対三で俺の功績になってる! 普通に見たら八対二! お前何もしてないことになってんだぞ!?」
聞き返されたことにまた怒りだすワゲリス将軍。
確かに軍を率いたこと、軍の統率、ひいてはカルウ村の問題解決から併合まで、主要な役割をこなしたのがワゲリス将軍としての高評価だ。
「実際僕、軍関係だと何もしてないしね」
「な、に、も!?」
客観的事実を答えただけなのに、ワゲリス将軍が不服丸出しで迫ってくる。
そんな様子に、レーヴァンも色々察したようだ。
「やっぱり何かしてるんですね? 一年程度、正味半年で昔は七年かかった問題解決した手があるんですね?」
「ストラテーグ侯爵のことだから、軍にどんな報告があって論功行賞されたか知ってるんじゃないの?」
配達員レーヴァンが差し向けられたのは、時期からしてこの論功行賞の実態を怪しんだストラテーグ侯爵の差し金だろう。
「殿下が山の上でやったことって、村の道整備を将軍に言いつけて、後は錬金術のために小屋立てて籠って、ちょっと兵を慰安したとしかないんですけど?」
「間違ってはいないかな? なのに怒るってことは、ワゲリス将軍はどう報告したの?」
「南から吹く毒の風やら毒のたまりやらは言われたまま報告書にした。温泉が争いの種になるってんで拡張したこともな。皇子が作った調理器具についても書いただろ、あの岩盤浴も原理はよくわかんなかったがそう言うもん作ったとは書いたし…………」
思い出しながらワゲリス将軍が上げる様子から、把握してるだけ全て僕の功績として上げてるようだ。
その上で、どうなったかをセリーヌが補足する。
「ですが、どれも功績とは判断されないと言われてしまいました。すべて第一皇子殿下の趣味でしかないと。殿下につけられた武官方も騒いでいましたが、あちらは上からの圧力で排除されたようです」
「毒がどうこうはともかく、温泉とか調理器具はそうでしょうね」
レーヴァンが頷くと、ワゲリス将軍が吠えた。
「あほか! この殿下が言わなけりゃ毒の原因なんてわかりゃしねぇ。住んでた奴らだってわかってなかったんだぞ!? その上一つしかないもん取り合うから解決しないってことに気づいたのもこいつだ。さらには新しく作るための資材運んでたのはうちの軍じゃねぇ。皇子の連れてる隊だ!」
「俺に言われても…………。だったらそれ、言ったらどうです?」
引きぎみのレーヴァンに、またセリーヌがため息交じりに補足する。
「言いましたが、殿下の道楽が功を奏したとしか言われませんでした。最初は話半分で、実際に見ていないために理解していないようで。ただある時から驚くほど頑なになり、全くこちらの言い分を受け付けてくれなくなったのです」
将軍職は上位だけれど、それよりも上に軍部の首脳陣がいる。
そこに何処かから圧力があって、僕の功績を低く抑えるように言われたんだろう。
同じこと考えてるらしいレーヴァンは、目が合うと首を横に振る。
ストラテーグ侯爵は関わってないそうだ。
そしてレーヴァンがこうして初耳な様子から、聞き及んでもいないんだろう。
「想定内だから別に騒ぐことじゃないよ。ワゲリス将軍はあの派兵で割を食ったって言ってたじゃないか。運が良かったと思って高評価を受ければいい」
言った途端、ワゲリス将軍が机に強く手を突いた。
そして僕と視線の高さを合わせて睨む。
「舐めんなよ? 子供に気を使われるほど落ちぶれちゃいねぇ」
どうやら侮辱と受け取られ、本気で怒らせてしまったようだ。
「気を使ったというか、僕は最初から功績が欲しくて派兵に賛成したわけじゃない。必要だったのは軍を率いたという書類上の実績でよかったんだ」
内情を話し出すと、ワゲリス将軍も引いて聞く体勢を取る。
「僕はね、公式行事に参加したのも一度だけ。貴族との伝手も築いていない。人の口に上るような立ち回りもしていないし、大人しくし過ぎて逆に、宮殿から出る機会さえ失くしていたんだ」
これだと成人になっても宮殿から出られない。
ここで父が領地を与えても相応しくない、独断専行と非難されるだけで出ること自体がマイナスになってしまう。
「今回は政敵側から仕掛けて来た。本当なら僕を宮殿から追い出して帰らせないことを目的としてね。そのために皇子としての実績になる、軍との関わりさえ容認してる。だから僕はここからようやく動ける足場を築いたようなものなんだ。逆に功績が多すぎても困るんだよ。いっそワゲリス将軍には、僕が攻撃されないよう目立つところに立ってほしいと思っているくらいだ」
ワゲリス将軍は腕を組んでそっぽを向いてしまった。
うん、利用する気満々だったって言っても怒るよね。
「やっぱり俺はお前のやり方は気に食わねぇ。だがな、貴族のやり方も反吐が出る。俺にこの場所は向いてねぇし、そこで生き残ってきたやり方を否定するもんでもねぇ」
言うだけ言うと、ワゲリス将軍は部屋の出入り口に向かう。
派兵先でのやりとりと似たようなことになって、僕たちは苦笑いだけど、慣れてないレーヴァンとウォルドが目を点にしてた。
「今回のことは借りといてやる。予算弄った馬鹿が席空けて、俺が座る流れになってるからな。そこ座っていつでも動けるようにしておく。だから兵が必要になった時は俺に言え。いいな、勝手に動くなよ」
言うだけ言うとそのまま歩き出すワゲリス将軍に、セリーヌが頭を下げながら続く。
「殿下のやり方があまりにも危うい上に、こちらで守ることもできませんでしたから。将軍なりに心配しているのです。どうか、動く際はお声かけを」
「あ、だったらちょっとやってほしいことあるんだけど」
「早ぇよ!」
出ようとしてたワゲリス将軍が振り返って声を上げるけど、予想される今後の動きを説明しての僕のお願いは聞き入れて帰って行った。
「でもこれ、また噂になるね。セリーヌの言い方からして、ワゲリス将軍論功行賞にずいぶん物申したみたいだし。その上で僕の所に怒鳴り込んだとなると」
「第一皇子殿下が不正したと思われそうですよね、ぐ…………!?」
正直に言ったレーヴァンは、ヘルコフに軽い口を片手で掴まれ、イクトには耳を引っ張られる。
ウェアレルが開けて待っていた階段への扉の向こうへと放り出されることになった。
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