99話:東の兵乱4
軍は一月ほど準備に費やした。
そしてカルウに統一された村の者たちには、惜しまれながらも山を下ることに。
僕たちは平地まで戻って東へ、表向きは転戦に即した形での移動だ。
補給や休憩を理由に帝都寄りを進み、周辺一番の都市ホーバートに向かった。
「まさかこんなに思いどおりに動いてくれるなんて。ワゲリス将軍はいったい何を吹き込んだの?」
僕は安全上の理由で、ワゲリス将軍の横にぴったりくっついたまま聞く。
建前はこうだ。
僕を狙う暗殺者を捕まえたら、カルウを領有する小領主が脅されて加担していたことがわかった。
調べようとしたところで転戦の命令で、これ以上の聞き取りは難しい。
仕方なく捕縛した小領主と暗殺者たちを周辺一番の都市ホーバートへ移送し、その後の処遇を預けるために立ち寄った、と。
「なぁに、こっちは移送中のごたごたに暗殺者の一部が逃げ出しただけだ」
悪い顔でワゲリス将軍が言うのも、建前だ。
だって色々吹きこんで逃がしたんだから。
相手がサイポール組の構成員とわかった上で、さらに依頼主が逆恨みのイーダンとも判明している。
ホーバート領主がサイポール組とずぶずぶなのもわかっていて逃がした。
その理由なんて一つだ。
「本当、仕組んだとおりホーバートの街中で襲ってくれるなんてね」
「体面潰して殴りかからなけりゃ済まねぇって思わせたからな」
道理で周囲から罵詈雑言が聞こえるわけだ。
僕たちは今、少数で襲われて逃げてるような状態だった。
側近のウェアレル、ヘルコフ、イクトは周囲の敵に応戦し、セフィラも街の死角に隠れた敵の位置を報せている。
「見えました! あれがホーバート領主の館です!」
僕たちを守りながら前を行くセリーヌが声を上げた。
ただ襲われてるわけでもないし、仕組んだからこそ仕掛けもある。
街に先行させていた兵たちが順次合流中で、この仕込みもワゲリス将軍がやって、今も指揮してどんどん守りは厚くなっていた。
そのまま、僕たちは足を止めずにホーバート領主の館へと押し入る。
(セフィラ、目的の人物は?)
(すでに捕捉完了。案内を開始します)
国軍が突然押しかけたことで館は混乱するけど、僕たちは止まらない。
ここまで大人しく指揮に専念していたワゲリス将軍は、目的地を見つけると、僕の前に立って扉を破る勢いで開けた。
「ホーバート領主は怪我したくなきゃ大人しくしてろ!」
ワゲリス将軍の一喝に、ふくよかな壮年の男性が体を強張らせる。
同時にイクトがワゲリス将軍の横を駆け抜けた。
そして別室へ向かおうとしていた目つきの鋭い男を床に引き倒す。
声なきセフィラの指示に従って、イクトは目つきの鋭い男の上着を乱暴に引いた。
上着の内側には、サイポール組であることを示すマークの刺繍がはっきりと見える。
「な、なんだね、いったい!?」
ホーバート領主が頬肉を震わせてなんとか怒った声を上げるけど、そこにヘルコフが威圧的に近づいた。
「第一皇子殿下と国軍が街に来てるってのに、出迎えもなくふんぞり返ってるとは、いいご身分だな?」
詰問に、ホーバート領主の目が走る。
ヘルコフから軍服のワゲリス将軍、そして不釣り合いな子供である僕に視線が至った。
サイポール組とずぶずぶだから、街でこっちを襲うことは知ってたはずだ。
というか今構成員がいて話してたのも、それかもしれない。
ホーバート領主としては責任問題だけど、やめろとは言えない関係性だ。
その上で少しでも責任を軽くするとなると、その場にいないことで対応ができなかったと言い訳をする必要がある。
それと同時に自分以外の責任者だけを送り出して、問題が起これば首を切って自分は安全圏に収まるという形だろう。
「お蔭でこちらはここへ逃げ込むことができたわけですが、どうしますか? 周りはすでにサイポール組に囲まれていることでしょう。領主である、あなたの、館が」
ウェアレルが噛んで含めるように、もう知らないふりはできないぞと脅す。
これが僕の考えた離間の作戦。
あえて逃がして警戒を上げ、サイポール組から手を出すように仕向ける。
その上で知らないふりを決め込むホーバート領主を巻き込むんだ。
「こっちは小領主のほうから証言あがってんだよ。証拠の手紙もある」
「イーダンという方の依頼でサイポール組が動いているようだと聞いていますよ」
ヘルコフとウェアレルが追い詰めるのは、もちろん北風と太陽。
と言ってもヘルコフが逃げられないと脅し、ウェアレルは逃げられない上で他の人身御供がいるぞと囁いている。
「外の荒くれ者どもはいったいどれくらいお前が悩む時間をくれると思ってるんだ? 聞こえないのか? 外じゃすでにお祭り騒ぎだ。あれがなだれ込んでみろ。敵味方の区別なんてつけちゃくれねぇぞ?」
「まずは自分の身を守ってこそでしょう。それとも守ってもくれない相手に気を使う理由でも? 犯罪者を街から追うことは領主としての当たり前のことです。称賛されこそすれ、非難される謂れはないんですよ?」
喋らないイクトは、サイポール組の構成員が口を挟まないように押さえつけたまま。
欲でサイポール組と結んだ領主が動くのは、自らの得と保身以外にない。
なので危機感を煽って盛大に怯えてもらい、危うい関係を領主から断ち切ってもらいたいところだ。
それでもホーバート領主は悪あがきで答えをはぐらかす。
すると黙って見ていたワゲリス将軍がずかずかと領主に近づいた。
「てめぇは国の敵か、犯罪集団の敵かどっちだ!?」
誤魔化しを許さない二択を突きつけ、もろともに攻撃するぞと脅す。
「く、国に歯向かうようなことは、もちろん…………!」
「じゃあ、さっさと領主として兵を出せ! 敵はてめぇの館をすでに包囲してるんだ!」
さすがにサイポール組も領主の館に押し入って罪状を増やすことはしてない。
それでもホーバート領主は国軍に加えサイポール組の圧がある。
もはやホーバート領主の周りは敵だらけのように感じていることだろう。
そんな中で僕に目を向けるのは、子供ならとでも思ったんだろうけど、残念。
「早くしないと僕たちと一緒に口封じされてしまうよ。どうせ向こうは次にこの館の主となる人間のあてくらいあるんでしょ。日暮れまでだ。それまでに街からサイポール組を全て追い出して門扉を閉めないと、あなたは夜を越えられないかもしれない」
暗に口封じの優先順位はホーバート領主が先だと臭わせる。
瞬間、思い当たる節があったらしい領主の頬肉が痙攣するように揺れた。
「わ、私は知らない! これはサイポール組が勝手にやったことだ! 今までは街を守るために仕方なくやっていただけで!」
「うんうん、そうだね。じゃあ、本当にサイポール組はこの街にいちゃいけない。何処にどれだけの構成員がいるか教えてくれたなら、国軍は手を貸すよ。もちろん悪いことをしたイーダンの身柄もしっかり押さえてみんなにわかりやすいようにしなくちゃね?」
僕が笑いかけると、領主は面白いように首を縦に振る。
構成員は口を挟もうにも、イクトに胸に膝を乗せられて呼吸さえままならないようだ。
そうして軍人に囲まれたホーバート領主は、大急ぎで自分を守るために兵を動かした。
すぐに領主の号令で兵が集まり動く姿は、最初から用意していたような気配がある。
「元から僕が殺された後は大々的に動いて、犯人探しでもするつもりだったんだろうね。そして仕事をしたアピールだよ」
「…………本当、宮殿ってのは伏魔殿なのか?」
危険がないよう調べた領主館の一室で、説明する僕にワゲリス将軍が妙なことを聞く。
「皇子は他人を動かす機微がわからないのかと思えば、なんださっきの?」
「いや、わからないよ? 正直街中に兵を潜ませて参集させたのすごいと思ったし」
ホーバート領主への駄目押しは、ヘルコフとウェアレルの揺さぶりをみて言葉を選んだに過ぎない。
「ホーバートからのサイポール組追い出しも大事だけど、まだ目的は達成してないし。気を抜くには早いくらいは僕でもわかるけどね」
「あぁ、肝はこれからだろう。…………近衛の奴らはいつでも動かせる」
ここから帝都へ戻る理由付けに、事実上無罪放免にされた近衛を使う。
あっちもワゲリス将軍が脅しかけていたから、前線送りにされるかもしれない戦場には行きたくないんだ。
そこで、人手不足を理由に武具を支給してホーバートの外で待機させていた。
するとどうなるか、争いの中には入らず、本拠である帝都へ逃げ帰って保身を計る。
そこで問題になるのが、所属が違うのに一緒くたにされた予算だ。
これから戦場に行くって言うのに武器や馬、食料を持ち逃げは大問題。
東行の命令を遂行するなら、軍備を持って別行動を始めた近衛を放ってはおけない。
そんな言い訳で戻って、こっちも皇帝である父と組んで対抗するんだ。
「さて、サイポール組の構成員は逃がしました。これで向こうもホーバート領主が敵に回ったと理解することでしょう」
イクトは捕まえていた構成員をあえて逃がして情報漏洩したことを報告する。
これでさらにホーバート領主の逃げ道は塞いだ。
今まで悪事をしてきた分、今度は悪との戦いで苦労してもらうつもりでいる。
命を狙われるからには、必死の抵抗でサイポール組を追い落としてほしいな。
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