97話:東の兵乱2
僕はワゲリス将軍たちを追い出し、戸締り確認をして水晶を棚から降ろした。
「やっぱり来てる。えっと、魔力を流して起動、調律して、魔法の属性確認、よし」
これはウェアレルが作った伝声装置を改良し、錬金術的な機構を台座に付与したもの。
伝えるのは複雑な声や言葉ではなく、複数の音だけを発するよう単純化してある。
魔法的な容量を軽くしたことで、台座には通信を報せる機能もつけていた。
起動して少し待つと、水晶からは長音と短音のピアノの音がポンポンと聞こえる。
「キュウデンニテ、ケイリャクノ、ケハイアリ」
音は鳴らす音階の違いと長音と短音の組み合わせで、モールス信号のように発音を示す。
ちなみに僕らの中でこれを聞き分けられるのは、音階を耳で判別できる音楽の授業を受けた僕とノマリオラだけ。
連絡するために打ってるウォルドも、幼い頃に教養として習ったから時間をかければという感じだ。
「え? 手紙が届いてない?」
僕は続く報せを解読して声を上げた。
念のためもう一度打ち返すようこっちからも音を鳴らして、暗号が違わないことを確認。
その上で情報の受諾と確かめてほしい点を挙げて音を打ち込む。
やり終えると、邪魔しないよう黙っていたウェアレル、ヘルコフ、イクトに向き直った。
「どうやら僕が出した手紙は陛下に届いていないらしい」
ウォルドからの報告に、まずヘルコフが反応を示す。
「陛下相手にだけですか? 弟殿下がたと、ウォルドにも出してるでしょう」
「うん、それでテリーへの返事の手紙が、どうも内容がおかしかったらしいんだ」
ウォルドとは財務の報告のやり取りだけで、異変を認識したのはテリーのほうだという。
テリーは違和感を覚えて直接僕の部屋に行き、留守番のウォルドと手紙を確認した。
「ウォルドにはほぼ財務関係の返事だから短いし、これといった違和感がなかった。けど、テリーへの手紙は、文章だけは整ってても、返事としては抜けがあるそうだよ」
「改竄されている可能性がありますね。テリー殿下側からの手紙も見直してみましょう」
ウェアレルが応じるけど、そんなに簡単に改竄なんてできるの?
僕の表情からイクトが教えてくれる。
「専門の者を一人用意すれば一目で文字の癖を模写されます。アーシャ殿下が使われるインクや紙は珍しい物でもないので、同じ物を用意すれば本来の部分を破棄して偽の続きを書くことも可能でしょう」
偽造の専門家って…………。
しかも僕専用、つまり皇子の印章も偽造して封蝋をしている可能性があるから相当重い罪になるそうだ。
「テリーは偽造で、陛下あての手紙だけ抜くってことは、やっぱり内容が問題なんだよね。ワゲリス将軍の件か、近衛の件か、暗殺の件か」
「ロックのほうも軍の責任者として定期連絡は入れてるんで、聞きますか?」
ヘルコフが言う定期連絡に、僕も相乗りで手紙を出してもらっている。
つまりそこに関わる者に偽造者がいる可能性が高い。
「いや、陛下がどう動くかで、おっと」
また水晶の受信を報せるランプが点灯した。
僕はすぐ音に耳を澄ませる。
「…………そう。どうやら宮殿では、僕が問題行動ばかりを起こして軍をめちゃくちゃにしてるって話になってるらしいよ」
「それはまた、いったい誰がそのように非難しているのでしょうね? まさかアーシャさまを無理矢理従軍させた方々ではありますまい」
今日は珍しくウェアレルが毒を吐く。
テリーとの交流を邪魔されるならまだ個人のことだけど、政争に利用するならこっちも指をくわえて見てはいない。
「イクト、出番だよ。ストラテーグ侯爵への定期連絡の内容を変えて」
「この手は使わないでほしいとストラテーグ侯爵のほうから言われていたのですが」
「そこは改竄なんてことして陛下を困らせる駄目な大人がいるんだからしょうがない。バシッと悪人をあぶりだしてストラテーグ侯爵には存在感を増してもらおう」
けど教えてなかったウェアレルとヘルコフはわからない顔だ。
「実はこういう妨害あるかもしれないから、ストラテーグ侯爵とは示し合わせて、手紙偽造があった時に対処する方法仕込んでおいたんだ」
僕は手近にあった紙に、火口から採集した鉱物由来の無色な溶液を塗って乾かす。
そしてそれを火であぶってみせた。
途端に紙の表面を焦がすように僕が溶液で書いた丸が現われる。
つまり、炙り出しだ。
「イクトの書く報告書はあえて問題にされないよう、簡潔にしてもらっていた。そしてこういう仕掛けの印を常に入れてあることをストラテーグ侯爵にも伝えてある」
「なるほど、すでに本物がストラテーグ侯爵の手元にあり、報告内容を変えるために紙を別の物にすり替え偽造するなら、目に見える形でそれと暴ける」
ウェアレルが感心して何度も頷く。
「ロックのほうはどうします? あいつの性格としては、報告は部下任せでしょうが。自分の管轄内で偽造なんてされて知らされないじゃ、へそ曲げますよ」
雑な割りにその辺りの縄張り意識は強いね。
「伝えないわけにはいかないだろうけど、イクトのことはストラテーグ侯爵の管轄ってことで伏せておこう。うーん、次の定期連絡を送る時にイクトのほうも送るとして、さらにその返事が来るタイミングで伝えようか」
事後報告だけどしょうがない。
こっちもこんな伝声装置があることは秘密だから説明できないんだよね。
僕たちも、ストラテーグ侯爵からの報せで今知りましたという態で行く。
「そう考えるとわかったのが今で良かったね。もっと後になってたら、ここの問題解決したってことすらきちんと伝わらなかったかも」
「そうなると、いつまでも帰還が許されず、ですか。まぁ、以前の記録では七年かかった問題が、こんな短時間で解決するとも思っていなかったでしょう」
イクトが言うとおり、僕ももう少し抵抗されるかと思ったんだけどね。
僻地の村では目新しい便利なものは思いの外好評というか、いっそ、新しい物に飢えていたのではないかと思うくらいの食いつきようだ。
「生活に役立つとわかった途端に現金だったね。けど一番喜ばれてるのってどれだろ?」
「毒の風を解決することでは?」
死に直結する問題を挙げるウェアレルに、ヘルコフが肩を竦める。
「いや、やっぱりロックと喧嘩してでも入りたがる岩盤浴だろ?」
「蒸気料理とやらは、山で採れる硬い主食の新たな食べ方として重宝されていますね」
イクトが言うのはトウモロコシに似た匂いのする穀物らしきもの。
聞いたら歯豆と呼ばれるもので、抜けた歯に粒がそっくりって言う、やっぱりトウモロコシのような代物。
たぶん似た物なんだろうけど、これが皮は厚いし食べられるように粉々にしたら味がないしで美味しくない。
けど蒸すと、置いておくだけで皮が取りやすく、火も通って、味もすごく薄いけど甘い雰囲気になる。
(利点として挙げるべきは燃料不足を補う熱エネルギーの活用です)
セフィラまで話に混じって来たけど、要約するとそのとおりだ。
今まで近寄れなかった火口の熱を、この木々も少ない中で熱源として使えるのは大きな利点だろう。
そうして定期連絡を送り、まだ喧嘩しやすい両村を纏めつつ、僕たちはひと月待つことになった。
「うん、向こうではストラテーグ侯爵が偽書を暴いて、手紙の偽造を告発したよ。今まで関わっていた人たちはもれなくお縄。その中で指示した犯人探しはこれからだけど、今度送る手紙は偽造されないみたい」
水晶経由でウォルドからいち早く結果の報告が届いた。
どうもストラテーグ侯爵がまた睨まれるって、レーヴァンが愚痴をこぼしに来るらしい。
なんだか僕がいない間に仲良くなってるようだ。
「これで一月後に定期連絡が帰ってきたら、ワゲリス将軍に報告を入れて、そっちからも問い合わせてもらおう」
一カ月で、帝都にこちらから送った手紙が届いて偽造を暴いた。
戻りはまた一カ月かかるので待たなければいけない。
「帝都離れてからいつの間にかずいぶんと経ってるんだね」
ちょっと懐かしい気持ちになる。
押し込められた左翼の端でも、物心ついた時には暮らした部屋だ。
弟たちと遊んだ記憶もある楽しい場所だと言えるくらいには愛着はある。
(早期の帰還を奨励。この地で行った実験結果を反映するべきと提言)
(ちょっと、僕がしんみりしてる時に自分の要求突きつけて来るのやめて?)
(主人も錬金術における器具の不足を嘆く前例あり。私のみの要求であると断じることは偏狭であると指摘します)
確かに結局分類不可能な鉱石があったり、いくつか防毒マスクが壊れて使えなくなったりしてる。
それに白い道に溜まったガスの集気に使える物を、ここで作ることはできていない。
正直ガラス器具が足りないんだよ。
割れるの怖くて専用のケースに入れられる以上には持ってきてないし。
結局、図星を刺されて黙るしかない僕だった。
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