96話:東の兵乱1
山の上の村に滞在して五カ月、ようやくガス溜となっていた白い道の工事の終わりが見え始めた。
両村の統合については一月でずいぶんと前に進んだ感じだ。
ただ僕はちょっとげんなりしてる。
「おい! …………ってどうした?」
いつもどおりやって来たワゲリス将軍も、意気消沈した僕の姿に声を潜めた。
一緒に来てたセリーヌは痛ましげに眉を下げる。
「さすがに自らを暗殺しようとしていた者がわかったとなれば、気丈な殿下も…………」
「あ、違う違う。別にショックではない。いや、すごい意外なところからの刺客だったけど、馬鹿馬鹿しすぎて大人ってなんだろうなって思ってただけだから」
セリーヌに答えて項垂れていた姿勢から身を起こせば、ワゲリス将軍は立ち直ったと見ていつもの調子で声を上げた。
「小領主やその息子から聞いても、宮殿のほうで第一皇子を煙たがってる奴らの名前は出なかったはずだろ? 今になってわかったって言うのはどうしてだ?」
「宮殿関係者については、アーシャさまも最初から出るとは思っておりません。帝位に近い者、またはその血縁者に暗殺の嫌疑となれば継承権を失う危険がありますから」
ウェアレルが言うとおり、ルカイオス公爵もユーラシオン公爵もそんな危険な橋を渡る必要がない。
僕をこっちに押し込んで、数年放置してるだけで継承権者としての価値は下がり続ける。
事故に見せかけてっていうのはありだろうけど、そこまで執拗に狙わなきゃいけないほど切迫してなかったはずだ。
なのに小領主に圧力をかけて露見の危険を冒した。
僕が離れた間に帝都で異変かと思ったけど、全く違ったんだよね。
「いったい誰の怨みを買ってたんだ?」
「…………ターダレ・リーエク・ウェターイー・イーダン」
「誰だよ」
僕の答えにワゲリス将軍がわからないのも無理はない。
僕も忘れてた人で、セフィラに指摘されてようやく思い出した。
だって一回しか会ったことないんだもの。
会ったことのあるイクトが、淡々と事実だけを教える。
「次期司教の座を狙っていた宗教者。宮殿にある帝室専用の大聖堂を訪れるアーシャ殿下他皇子たちを案内し、エデンバル家が画策した暗殺の最中、犯罪者ギルドの者の手によって重傷を負った」
犯人側だったエデンバル家のリトリオマスなら名前覚えてたけど、もう一人の名前はさすがに覚えてなかったんだよね。
ヘルコフは暗殺者から聞き取った依頼の経緯に対して唸るように吐き捨てる。
「ふざけた話だぜ。無傷とは言え、必死に逃げ果せた殿下たちを逆恨みして、自分が大怪我を負ったのは見捨てられたからだとよ」
サイポール組のいる街を話題にしたら、都市に憧れる小領主の息子から、イーダンっていう人が帝室に対して恨み言語ってるって聞いてわかったんだ。
「はぁ? なんだそりゃ。いや、それよりも、そいつは帝都にいるんだろう? なんだってこんな所に暗殺者なんて送ってんだ?」
ワゲリス将軍は逆恨みの怨恨に呆れつつ、現実的なところを聞く。
「実はそのイーダンって人、怪我で見た目が悪くなったからって司教争いから脱落した上に、この地方に左遷されてるらしいんだ」
代表者は見た目が重要視される。
それは皇帝でも同じで、過去には落馬の怪我で真っ直ぐ立てなくなったなんて理由で皇太子を外された皇子もいるそうだ。
だから天幕の件は、殺害よりも目立つ怪我をして、今以上に価値が下がるように狙ってた可能性が高い。
地味、すごく地味。
だけど小さな悪意でも積み重ねれば、取り返しのつかない結果を招く。
そして仕込んだ相手は知らぬ存ぜぬを押し通せる。
近衛もその程度で、僕に含みのある近衛をあえて選んで混ぜてあるんだろう。
そして全然関わりのなかった僕に絡めて現状の不満を訴えれば、朱に交われば赤くなるってやつだ。
無駄に統率力があったのか、近衛全体に僕への不満が波及して反乱になったけど。
結果帝都のほうでも慌てたし、イーダンもサイポール組を通じて小領主に圧をかけることになったようだ。
「イーダンは今、ホーバートの教会を任される立場にあるそうで、そちらから噂が聞こえていたとか。曰く、怪我の後遺症で今も痛みが絶えず、教会関係者どころか信徒にまで当たり散らす都落ちと」
ウェアレルが言うのは、そのまま小領主子息が聞いたイーダンの評価。
ホーバートという街は、周辺を纏める大領主が治める場所で、サイポール組の本拠地。
僕も帝都ばっかり気にしてて、そのまま堂々と僕を怨む相手がいるなんて思わずにいた。
ワゲリス将軍は面倒そうに、話を総括する。
「つまり何か? 子供相手に命の危機に助けてくれなかったと逆恨みした末に、自分の苦痛と凋落をちょうど手近にいたそこの皇子にぶつけて晴らそうと?」
「そうらしいよ? ホーバートにいるのも、血縁関係のコネらしいし。政治にがっつりかかわる司教になろうとしてた人だから、こっちの軍事行動の予定もつかめる伝手は持ってるだろうし」
もう本当になんでその恨みがエデンバル家に行かないのかと。
(だいたい僕逆恨みして頼る先が、犯罪者ギルドを組織した中心的サイポール組って。そっちのほうが怨むべきじゃないの?)
(ワゲリス将軍の言説に一定の評価を確認)
(言説? あぁ、自衛のためにも戦えって? 確かに弱いから八つ当たりしやすそうって狙われた感じはあるのか)
それで言えば危険なサイポール組に怨みぶつけるよりも、弱い僕を狙うほうが身の安全を確保した上ですっきり溜飲を下げられるわけだ。
碌でもないなぁ。
「…………まぁ、ちょうどいい所にいてくれたのはありがたいけど」
思わず呟くと、ワゲリス将軍が乱暴にヘルコフを掴んで部屋の隅へ移動した。
「おい、こんなのが宮殿の日常かよ?」
「んなわけねぇだろ」
「どう見ても悪だくみ慣れしてたぞ、今の一言」
「そこは、まぁ…………潰すって明言されてたからな」
「何を?」
「犯罪者ギルド」
ワゲリス将軍が耳を小刻みに振って調子を確かめる。
「聞き間違いじゃないぞ。やると言ったらやる方だってのはお前もいい加減わかっただろ」
「あなたが以前言っていた犯罪者ギルド潰しに熱心な侯爵、私の上司ですよ」
さらっと事実を伝えるイクトに、ワゲリス将軍が何か言おうとするので、僕は釘を刺しておくことにした。
「ワゲリス将軍も、僕のことはあまり騒がないほうがいいよ。敵が多いから、邪魔者と見なされたら排除される。僕はその時助ける力はない」
「おいおい、その歳で言うじゃねぇか。やられるだけのことはしたってわけか?」
「生まれた時にはなかった柵らしいけどね。気づいたらこうだったから、心当たりはあっても僕が何かした覚えはないよ」
実際僕が自我を確立した時には、もう第一皇子として不遇だったし。
何処で怨みを買ったかと言えば、父が皇帝になった時だ。
けどそんな誤解されそうなことは言わない。
万一父の耳にでも入ったら、僕が嫌だ。
愛情深い父には嫌われたくはない。
「問題解決の目途は立った。これでようやく暗殺に関して動ける。そう思っていいよね?」
「…………小領主を連れ帰って吐かせるか?」
ワゲリス将軍は何か言いたそうなままだけど、目の前のことに意識を向けるようだ。
「それじゃ結局犯罪者ギルドを作ったサイポール組は白を切る。なんだったら捕まえた暗殺者たちを蜥蜴の尻尾きりして終わりになってしまう」
せっかく軍がいる、証言者がいる、本拠地が近い。
ここでならある程度、僕の皇子としての名前が効力を持つ。
予定になかったことだけど、将来テリーが困ることにならないよう打てる手は打っておくに限る。
「あ、そうだ。そろそろ帝都との連絡が来るよね。弟たちからの手紙あったらいいな」
月一で馬を飛ばし、帝都とやりとりする中でたまに送られてくる手紙。
サイポール組のことは言えないけど、帰れる目途がついたことくらいは報せたいな。
手紙が来るかどうかワクワクしながら顔を上げれば、大人ばかりで自然と視線は上へ。
だから棚の上に置いている物も目に入る。
炎とは違う人工的な光が見えた。
(セフィラ、水晶確認して)
(確認しました。受信を報せるランプが点灯しています)
台座の一部が光っていた水晶は、ウェアレルが開発し、僕が手を入れた伝声装置。
僕がいた宮殿左翼は静かすぎて、呼び鈴は響きすぎたから受信の合図は小雷ランプから機構を拝借した小さな電灯。
つまり、帝都の宮殿、僕の部屋に置いて来た片割れの水晶からの連絡を報せていた。
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