閑話19:とある村の子供
俺が生まれた村には妙な習慣があると、たまに山の下から来る人は言う。
この山の上の窪地は外より温かいけど、山の神さまが村を二つに別けている。
俺の村が今は神さまの恵みを受けてるんだけど、それもなんだか最近変わったようだ。
「こっちよ。今日ね、いい物持ってきたの」
近づく俺に手を振るのは、隣の村の幼馴染み。
と言っても、俺たちは村の境を越えたことはない。
こうして話すのも、家畜たちに周辺の草を食べさせてその陰に隠れながらだ。
そうしないとお互い村の大人に怒られるし。
「そっちの村、だいぶ騒がしいよな。ずっと妙な音がしてるし」
「皇子さまがね、私たちが働かなくても石を揺らすことのできる不思議な箱を動かしてる音よ」
訳がわからない。
この村は獣人の村で、隣の村も同じく獣人しか住んでない。
そこに人間が主な軍がやって来た。
帝国軍とか言うんだけど、なんか人間の皇子さまが率いてるらしい。
しかもその皇子さまはなんだか変わった人だって噂だ。
「石揺らすことになんの意味があるんだ? そんなの箱使わなくても手でできるだろ?」
「疲れないし、角があると痛いらしいの」
やっぱりわからない。
けど隣の村はその皇子が何かしてるお蔭で賑やかだというのは聞こえてる。
「気持ちよくなれる小屋って、結局行けたのか?」
皇子が作ったらしいけど、基本大人が使ってて、子供は皇子のいる所に近づかせてもらえないんだって。
軍人相手もそうで、失礼なことしちゃいけないからって俺たちは近づけない。
「小屋増やしてくれるらしいんだけど、やっぱり大人や兵隊さんが使うみたいよ」
「なんだろうなぁ、気持ちよくなれる小屋って? こっちじゃいかがわしいことしてるんだって言ってるけど」
話を聞く限り違うっぽいし、それを会議で言ったら軍の偉い人に怒られたって、うちの村の大人が言ってた。
すっごく怖い将軍がいるらしい。
そっちもやっぱり近づくなって言われて、それらしい見たことない獣人を遠目に一度見た切りだ。
「その皇子さま、大人たちを元気にしてすごいの。体が軽くなるらしいのよ。どんな感じなのかしら」
幼馴染みが嬉々として話す姿は、正直面白くない。
「けど、引き篭もって働いてないんだろ。そんな奴本当にすごいかどうか」
「すごいよ。それに出てくる時もあるわ。お宮の向こうに行く姿を一度見たことあるもの」
「え、本当に? 子供だって聞いてるけど本当に軍連れて来たの子供?」
「そう、人間だからか私よりも小さいの。でも歳は同じくらいじゃないかってお母さんが」
黒髪で大人に囲まれて、危険な神のいる山へ行っているらしい。
それはそれですごい根性だ。
だって、誰それが山に入って死んだなんて俺の村でも隣の村でもよくある話だ。
「それでね、これ。皇子さまが作った火のいらない竈で作ったお昼」
差し出すのは黄色い団子。
歯豆をすりつぶして作る村の主食だけど、隣の村はお宮の水を使えないから、たまにしか団子は食べられないはずだ。
「なんか、色が違うくないか? それに火がいらない竈って、どう見ても火通ってるだろ」
「えへへ、皇子さますごいの。火のいらない竈から水も作ってくれるのよ」
「はぁ?」
本当に訳がわからない。
いったい皇子は何者なんだよ?
それでも俺は普段食べるよりもいい匂いのする団子を齧る。
「…………うま!? え、うま。あ、皮が入ってない?」
「そうなの! 火を使わない竈を使うと、硬くてざらつく皮をきれいに取れるんだよ。その上、美味しくなるの!」
見慣れた幼馴染みなのに、今までにないくらい満ち足りた笑顔ではしゃぐ。
美味いのに、なんか、面白くない…………。
大人たちが仲悪くても、ずっと仲良くいようって約束した仲だし嫌いじゃない。
けど、なんか、その約束を破られたような気分だ。
いや、破られてなんかいないし、美味しい物くれたし。
これ、隣の村でしかできないはずなのに俺にわざわざ分けてくれて…………。
「…………けど、さ。うちの村の、大人が言ってたんだけど」
頭で考えても、口が勝手に動き出した。
「どうせ今だけだって。軍がいなくなったら、隣の村の奴らはお宮のありがたい水欲しがって頭下げるって」
実際言ってたし、物珍しいことでにぎわってるのも今だけだって。
軍は村の争いを治めに来て、二つの村を帝国のほうに合わせて一つにしに来たそうだ。
隣の村は帝国領で、俺たちの村は別の国の領地。
つまり、俺の生まれた村がなくなって隣の村になる。
嫌がる大人は多いし、隣の村の大人も嫌がってると聞く。
今まで散々言い争って罵り合う大人を見て来た。
正直嫌気がさしたから、俺たちは仲良くって約束もしたはずなのに。
「それがね、魔法じゃないからいなくなってもなくならないんだって」
「そう、なのか? け、けど、やっぱり腹痛に効くお宮の水、いるだろ?」
「ううん、火のいらない竈からできるお水は、お宮のお水と同じなんだって」
俺はあまりのことに唖然とした。
神さまからもらった水はすごい薬で、山の下の偉い人も人を送って求めるほどなんだ。
だからこそ俺たちの村は、お互いに自分のものだってお宮を取り合って仲が悪くなった。
なのに、突然来た皇子がいきなり神さまの恵みを手に入れた?
「魔法じゃなくて、錬金術って言うらしいの」
「れんきんじゅつ? 聞いたことない…………」
「うん、珍しいみたいで、兵隊さんも皇子さまじゃなきゃわからないって言うんだって」
魔法と違って使うのは獣人でも問題ないらしい。
だから軍がいなくなっても、この美味い団子はずっと隣の村で食べられるそうだ。
放牧中の高い位置から、俺は村を見下ろした。
「錬金術って、なんだ?」
「良くわからないけど、すごいことみたいよ」
「すごいのか、錬金術」
「うん、すごいの。気持ちよくなれる小屋でね、足が痛いって言ってたお父さんも痛がらなくなったの」
「本当にすごいんだな…………」
宮のほうに立つ皇子の小屋は布で作った変な建物だ。
けどそこには人がいつでもいる。
上から見ても楽しげな様子が見てわかる。
「そう言えば最近、あんまり怒鳴り声聞かないな」
「そう言えばそうだね。そっちの村でもそうなの?」
俺の村でも話し合いだと言って怒鳴り合いが聞こえていたし、かっかして帰ってくるばかりだった。
けど気づけばそれもなくなってる。
隣の村が頭下げに来るって言ってたのも、一カ月くらい前を最後に聞いてない。
「もしかして、話し合い上手くいってるのかな?」
「そう言えば大人たちがなんか集まって、お宮も軍の指示で改修するみたいなこと言ってたような?」
「え、本当? 神さまの道も通りやすくするってやってくれてるし、村を良くしてくれるんだよね?」
幼馴染みの期待に、ちょっと俺もわくわくして来た。
「このまま、仲よくなれるといいのに」
「そう、だな…………お、俺たち、みたいに、さ」
「うん!」
笑顔が眩しい。
熱くもないのに俺がかっかしてくる。
「それでね、皇子さまがすごくお優しいの。錬金術を教えてくれるって、大人たちが言っててね」
「え、子供は? そ、それさ、俺も覚えればすごいことできるんだろ?」
「きっとそうよ。けど、皇子さまは忙しいから、大人の中でも物覚えのいい人だけだって」
「それ、うちの村でもしてくれないかな?」
「そうだね、私も錬金術覚えてみたいな。私もみんなを笑顔にしたい」
純粋な言葉に打算的な自分が恥ずかしくなる。
けど、それでも…………俺は、この幼馴染みにすごいと言われたい。
顔も知らない皇子だけ、なんかずるい気がする。
そのために必要なら、錬金術っていうすごい何かを覚える努力をしてみたい。
「…………よぉし、俺、絶対錬金術覚えてやる! それで、この団子以上に美味いもの食わせてやるよ」
勢いで立ち上がって、俺は決意の声を上げた。
見下ろせば、幼馴染みは驚いた様子で俺を見ている。
けど、すぐに俺の好きな笑顔になった。
なんだかそれだけで、俺はもう誇らしい気持ちになれる。
「わぁ、ありがとう! もし村が一緒になれたら、勉強頑張ろうね!」
そうして俺たちは笑い合って、将来錬金術を覚えることを約束していた。
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