95話:錬金術の使い方5
「というわけで、僕を暗殺しようとしていた小領主を捕まえました」
「なんっでだよ!?」
ワゲリス将軍が今日も元気に怒鳴るんだけど、今回はさすがに頭を抱えてる。
縛られて大人しく床に座っていた小領主は、すでに涙目で怯えてた。
「お前が領主呼び出してたのは知ってるがな、なんで小一時間前に来た奴が今もう縛についてんだ!? せめて事前に打ち合わせろ!」
「呼び出したのは最初に街に降りた時で、小領主が僕を呼び出そうとしてた。明らかに罠だったってことは知ってるでしょ?」
「だから逆に皇子相手に呼び出しなんていい度胸だと手紙で脅し、小領主のほうから辺境の村まで来るよう命じたのは聞いた。サルビルから」
ワゲリス将軍の言い方は乱暴だけど、おおむねそのとおりだ。
嫡子でなくても第一皇子という看板に、小領主は気が向かないながら、山の上へ向かうため道を整備する手はずを整えていた。
ところが四カ月も経つと温泉を理由にカルウとワービリが統合の気配を見せ始めたのを知って、慌てたんだよね。
「比較的安全な古道の整備急がせて、今日来たんだろうが。さすがに日帰りは無理だからって、俺のほうに小領主どもを寝かせる準備しろって言って来たまではいい」
確かにそういう名目で小領主は資金も資材も持ちだしの道を整備してやって来た。
もちろん帰りに有効活用させてもらうよ。
そしてワゲリス将軍にもそういう理由をつけて、一時この場から引き離しを計ったんだ。
で、その結果がこれ。
「自白を引き出して、僕の暗殺に関わる手紙について証言することを約束させたんだけど」
「いつこの領主に怨み買う真似したかは知らねぇが、悪知恵が働くのはわかった! おい、ヘリー! 説明!」
「いや、言ったままなんだよ。補足するなら領主個人の怨みじゃねぇし、殿下は相手が頷く条件だしただけだ」
ワゲリス将軍に説明を求められたヘルコフも見たままを答える。
「だいたいが小領主なんて圧力に弱いってのはわかってただろうが。だから、減刑持ちかけただけだよ。実行犯も別にいるから、小領主の立ち位置としては脅されての協力者だ」
「正直、こんな領主を捕まえてもなんの解決にもならない。表面だけ解決を謳われて追及を逃れるだけだ」
イクトが言うとおりの結果は予想できるし、僕が今狙うは一つ。
「せっかく向こうから来てくれたんだ。犯罪者ギルドを帝都から追い出すだけじゃ懲りないなら、今度はあんな馬鹿なもの生みだしたサイポール組を潰す足掛かりにするまでだよ」
「おいおい、正気か? それこそ今まであいつらに手を出そうとして殺された奴はいとまがない。触らず金稼ぎだけさせて大人しくさせとくほうが利口だ」
ワゲリス将軍は大人ぶって言うけど、自分で言っておいて不服そうだ。
確かにサイポール組自体が危険な橋を渡るようなことはしない。
それでもマフィアやヤクザよろしく不正はするし、暴力を盾に強権を振るし迷惑なんだ。
「すでに前科があるんだ。なのに自重せずまた僕を狙って来た。これはもう帝室を舐めてる、もしくは向こうも帝都を追い出されたことで強いところ見せないといけない状況で諦める気はない。だったらここで国軍相手にやらかした国賊にして排除するのが一番でしょ」
「ひぃ」
小領主が怖がって声を漏らすのを見て、ウェアレルが宥めにかかる。
「言ったとおり、あなたは脅された半被害者。それを理由にあなた個人の処分だけで済ませましょう。領地の継承はご子息にできるよう口添えをしますので」
「おいおい、そんな口約束大丈夫か?」
ワゲリス将軍が懸念するのはわかるけど、たぶんサイポール組に手を出せばそっちの処理で小領主の継承なんて帝都の大貴族は気にしない。
「それでもちょっと弱いから、今から息子も呼びつけて、息子のほうから父親の不正を暴露したことにするよ」
自浄作用があるという形で、継承に問題がないという大義名分を作る。
どうせこの地は辺境で重要度は低いし、聞き取りをしたところ、直接帝都の大貴族と繋がってもいなかった。
領地内部を陛下の名の元にロムルーシから統合した村があるし、ここは陛下の意見が通る。
「動くにはまだ早い。だからワゲリス将軍のほうでも小領主は捕まったんじゃなく、皇子である僕を歓待するためにとどまっているってことにしてほしい」
「表面取り繕う必要はなんだ?」
聞いてくるのはもう半年以上のつきあいだからだ。
回りくどいだとか甘いだとか言われ続けてるけど、やるからには理由があるくらいは理解してくれた。
「小領主に、僕を殺すよう圧力がかかった一端が近衛のことだったらしいんだ」
近衛は反乱を企てたけど未然に防いでいる。
その上で上から五人を罪人として帝都に送り返した。
これがまず帝都で大騒ぎになったそうだ。
「ほら、護送車もなかなか来なかったでしょ? やっぱり近衛の関係者が色々抵抗してたらしくて。その抵抗の一端で、僕を狙うよう仕向けた人がいたんだって」
殺せても殺せなくてもいい。
ただもう一度命を狙われる、騒ぎの元凶になるという結果で僕が悪い、僕に資質がなかったから責任者から外すべきと論点をずらしたい旨を小領主も漏れ聞いていた。
しかも複数から同じ依頼が来たようで、サイポール組から寄越された暗殺者もとんだ皇子だと呆れていたらしい。
なんでそれで僕がとんでもないになるんだか。
複数から同じ依頼を受けて請け負うサイポール組のほうが、二重取り以上にとんでもないことしてるのに。
「理由はどうあれ僕を外せば、僕がやってることをうやむやにするきっかけにできる。権限がないと近衛どうこうも軍だけではできないしね」
暴論でも押し通されると困る。
しかもここでのことは僕を帝都の政治から遠ざける目的だ。
軍から外されて帝都に戻ることになっても、仕事を全うできなかった皇子として評価は大きく下げられる。
僕以上に悪知恵ばかり働かせる大人がいることを、ワゲリス将軍には理解してほしいところだ。
「実際はこうして未然に防いでるから騒ぎはなし。ワゲリス将軍に騒ぎにされると僕が困るんだ」
「あり得るのか、そんなこと?」
「良くある手だと思うんだけど? 印象操作と既成事実化。それに帝都に送り返した近衛の反乱容疑も、まだ固まってないでしょ?」
もう二カ月以上前に帝都へ送ったんだけどね。
こっちは指揮官連名での告発の上、軍の形式としてはもはや罪状明らかと言っていい。
なのにまだ裁いたとは聞かないから、権力者が止めてるんだろうな。
「軍上層も貴族だし、そっちは最悪僕たちが帝都に戻るまで抵抗してるかもね」
「殿下が煽って口滑らせ易くしたのも功を奏さなかったってことですかね?」
「短気そうな方を選りすぐって、自己を正当化するよう誘導したはずでしたが」
「檻に入れられて運ばれる一カ月の間に怖気づいたか」
ヘルコフ、ウェアレルに続いて、イクトが舌打ちしそうな声で漏らす。
そこはいいんだよ、近衛はまだいるしね。
数がいる上に身分も細々違う人たちだから、一定数口を滑らせて反乱を肯定する人はいるだろう。
檻を乗せた荷車みたいな護送車も、また送ってくるよう言ってあるし、今度は罪を軽くしたいなら素直に白状しろとでも言ってみよう。
「近衛は、目覚めさせてはいけない方を目覚めさせてその気にさせてしまったんですね」
今まで黙ってたセリーヌが、何やら遠い目をしつつ呟く。
「もっとはっきり言ってくれないと、ウォルド…………」
そしていない親戚に八つ当たりし始めるセリーヌ。
僕もウォルドの発言に重きを置かれないと思って内情をばらしたし、一年したら辞めると思ってたんだけどね。
二年目の今、僕がいなくても部屋の見回りなんかを請け負ってくれてるいい部下です。
ワゲリス将軍は腕を組んで唸る。
「サイポール組陥れようなんて奴が、本当になんで…………。いっそ知らないせいか?」
「え、命は狙われたって言ったでしょ? 知ってるよ、危険くらいは」
「それでなんで今度は自分のほうから殴られに行った上で、有罪押しつけるような真似」
それなんて当たり屋?
いや、けど雑に言うとそういうことか。
お前らやっただろ、やったよなって煽って、向こうが手を出すよう迫る。
そして手を出されたという事実を盾に国賊扱い。
あとは帝都に帰って正式に訴えれば、軍を率いているという名目上無視はできない。
「うん、だいたいそういう認識で合ってる」
「アーシャさま、もう少し言いつくろってください。あの将軍の真似はなさらないで」
ウェアレルにそんな苦言を呈された。
「解決して、短期で帰れて、戦功も帰りに拾えるとなりゃ、いい仕事だろ。ロック」
ヘルコフの言葉に、ワゲリス将軍はさらに顔を険しくする。
「最初は地味な嫌がらせで辟易しましたが、アーシャ殿下の才覚ありきでことを切り抜けられた。それを今さら否定はできないはずだ」
さらにイクトに促され、ワゲリス将軍は不服げに黙った。
「危ないから僕を遠ざけたいくらいはわかるけどね、僕だって自分でやる派なんだ。…………温泉調べて作ったみたいにね」
ワゲリス将軍は否定することは無理だとわかったらしく、組んでいた腕を解く。
逆に温泉でどれだけ錬金術と僕の評価が上がったのか不思議なくらいだった。
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