93話:錬金術の使い方3
「予定外だ…………」
「ご主人さま、お辛いのでしたら帰りは私の背にどうぞ」
「いや、ノマリオラも辛いでしょ? 僕につき合ってあんな危険な登山もう一度しなくても良かったのに」
僕は今交易の街に降りて来ていた。
また断崖を通ってロバに揺られながらね。
また登りがあると思うと気力が抜け落ちて行く気がする。
なんて言うか、じわじわ動くジェットコースターの登りを延々味わう感覚だ。
下りになったら即死だからじわじわ怖い登りだけでいいんだけどね。
「殿下に無理をさせる結果になって申し訳ない」
こちらも一緒に山を下りることになったセリーヌ。
僕は今、軍司令部直々の依頼で街にいる。
というのもワゲリス将軍のせいだ。
いや、解決策として認めて手を貸してくれた結果なんだけどね。
僕がやりやすいように、セリーヌとその部下の予定を調整してここまで同行させている訳だし。
「私が岩盤浴という素晴らしいものを広めたばかりに。殿下が楽しむ隙もない状況になってしまって…………」
「広めるのはいいよ。僕も活用法探して作ったんだし。お蔭でカルウ村の人たちからも好評だ。…………それに、ワゲリス将軍が手放しで錬金術を褒めるようになったしね」
岩盤浴と蒸し料理にはまったのは、目新しい物に惹かれた村人だけではなかった。
ワゲリス将軍は、軍側で僕の功績を報告するためにも説明が必要だからって、向こうから聞いて来たくらいだ。
一度貶されているのを隠れて聞いてたし、隠さずこれこそが錬金術だって教えたんだけど、今まで錬金術を実際に知らなかったワゲリス将軍は手放しで称賛している。
そしてそれが兵士に伝わって、村人にも伝わって、なんだか山の上だけ錬金術すごいが共通認識になってしまっていた。
「これが錬金術なら、わからない奴が確かに問題だとうるさかったったらないぜ。あいつ、絶対殿下の説明聞いても半分もわからねぇくせに」
ヘルコフが熱い掌返しに不満を漏らす。
ちなみにウェアレルとイクトは山の上に留守番だ。
僕がいなくても設備使いたい人たちがいるから、その対応に残ってもらった。
「ワゲリス将軍は何ごとも自ら体験し学んだことを是とする方ですから」
「だから義父から聞いた話を鵜呑みにしやがったてか? あいつは実践型だが、だからって今回は頭硬すぎだ。俺が軍を離れてる間に偏屈になりやがって」
フォローしようとするセリーヌにヘルコフが悪態を垂れる。
珍しく根に持ってるようだけど、なんか年寄り臭く聞こえるな。
それだけ宮廷貴族側の情報操作が上手くいってたってことなんだろうけど。
今の状況は逆に、見て感じたものは受け入れるタイプのワゲリス将軍だったからこそ、胡散臭い錬金術だからって否定して邪魔しなかったと思うべきかな。
今では村での錬金術に必要な物品の追加発注を、軍からの依頼って形で行うために街へ来ていた。
「問題は、指示ができるのが僕だけだったってことだよね」
実は新たにもう一つ岩盤浴施設作ることになっている。
「殿下にはご負担をおかけします。しかし、カルウ村の者たちは殿下の錬金術に感謝をしているのも本当のことです」
「そして将軍はご主人さまのお知恵に服した上で我儘を言い、このような負担を強いています」
今度はノマリオラがチクチクやって、セリーヌはまた落ち込んでしまった。
「申し訳ありません。殿下がお優しいことは重々承知ですが、ワゲリス将軍もお疲れで。いえ、それで村人と喧嘩は違うのですが。それでもやはり将軍の機嫌のあり方は、軍内にも伝播するのです。どうかお力をお貸しください」
「まぁ、新しく作る以外で必要な物も軍の予算で落とすって言ってくれたし。人手も回してくれる上に、村人たちとの折衝も請け負ってくれるからね」
元から喧嘩してるカルウとワービリの代表者たちに挟まれた状態がストレスなのはわかるし、解消に岩盤浴を利用するのもわかる。
ただここで問題ができた。
発端は、関節痛を温泉で治したい老婆が、自分の足で山まで温泉を汲みに行くところに出会ったこと。
岩盤浴に誘った老婆は、感謝の上で翌日産後の腰痛に苦しむ嫁を連れて来たんだ。
二人とも苦痛が軽くなったと喜んで、狭い村だからすぐに噂が広がったのもいいんだ。
けど結果、ワゲリス将軍が使えないくらい、カルウの村人が来ちゃったんだよね。
その時には軍のほうでも噂になって、他にも使いたがる兵士が現われた。
「村人からも要望来てたから、渡りに船ではあるし、ワゲリス将軍以外の軍人も使いたがるから増設はいいんだよ。山の上り下りが辛いだけで」
実際岩盤浴施設が広まったお蔭で、カルウ村の代表者の対応が軟化した。
そして内々にだけど、軍が作った施設として、撤退後も使えるよう残してくれるなら矛を収めるとも言っている。
今までにない解決の見通しになっているんだ。
「殿下はこうおっしゃってるがな。あいさつ代わりに怒鳴り込むのやめろと言え。カルウ村の奴らが、ロックの奴に殿下が虐められてるんじゃないかと思ってるぞ」
ヘルコフの言葉にセリーヌがまた僕に頭を下げることになった。
安全に飲用できる温泉はワービリが独占して、カルウの村人は頼み込んで料金を払って使用させてもらっている状態。
そこに僕が代用できる岩盤浴を設置して料金は取らなかった。
そのことでカルウ村の人たちは僕に好意的で、逆に当たりが強いワゲリス将軍には反感を持ち始めているらしい。
岩盤浴施設の四枠取り合う仲だしね。
(他にも問題はあるし、軍から協力者と認識してもらうためにも、こうして軍の援助で作るのはありだ)
(結果的に以前提案のあった和解演出を行っていることに何故気づいていないのか疑問です。知能指数に関するサンプル収集の方法があれば仔細を求む)
さらっとセフィラが、恐縮するセリーヌに失礼なことを言う。
そんな話をしつつ、僕の体力回復を待って繰り出すのは市場。
街で待機していた軍関係者が案内してくれた。
腐敗止めやなんかの材料で手に入るものは購入し、その後、案内が信頼できると請け負った商人に手に入らなかった分を発注する。
「はぁ? 金属の管と接合部を今から? しかも山の上のちっぽけな村に?」
街の鍛冶師に温泉や蒸気を引くための管を発注したら変な顔された。
ただそこは軍からの要請ってことで押し通したから、軍には睨まれたくないようなので似たようなものは作ってくれるだろう。
「お疲れさまです、殿下。他に必要な金属部品は、明日別の鍛冶屋だそうです」
宿泊先として軍が借り上げた建物でヘルコフが予定を教えてくれる。
すると一度は別れたセリーヌが、案内の人を連れてやって来た。
「殿下、お休み中失礼。領主から殿下がいらっしゃっていることを聞いて、晩餐と宿泊を提供すると招待が送られてきております」
その招待を持ってきたのは案内の人だそうで、目を向けると発言許可ととったらしく口を開いた。
「見張っていたところ、新たに人をこの街に入れている動きがありました。やはり村での狼藉から、実行犯が捕縛されたことは察しているようです」
村に現れた暗殺者は傷の軽重はあるけど全員捕縛してある。
報せろと怒ったワゲリス将軍には、暗殺者の尋問と共に、この街で領主を見張る役を手配してもらった。
この人はその任務に当たっていたんだろう。
「どんな言い訳をするか気になりはするけど、明らかにまた暗殺仕掛けて来るだろうし。子供だから疲れすぎて無理って言っておいて」
僕はそう応じて考え込むと、セリーヌがさすがに察して声をかけて来た。
「何か気にかかることがおありですか?」
「普通に疑問なんだよ。最初に仕損じて、次は手の者が捕まった。そして自分の所に招き入れてでも僕を殺そうと今画策してる。もう自分が狙ってますって隠してないでしょ。誤魔化す気がなくなった理由はなんだろうね?」
最初は事故を装えたし、次も見つからないように細心の注意を払っていた。
ここにきて、領主があまりに短絡な行動に出ている理由が気になる。
「どっかから圧力かかって、焦ってとかですかね?」
「帝都のほうは僕がこっちで何してるかなんてよくわかってない距離だ。そんなところに放り込めただけで、暗殺を急ぐ理由がない」
ヘルコフに答えつつ、自分の言葉に納得して頷く。
これが成人後だったら、継承問題で即暗殺もありえる。
けど僕は成人してないため、継承権があっても保護者の意向を無視して行使できない立場だ。
殺すよりも押し込めて、僕が成人するまでにテリーを成人させて皇太子指名のほうが現実的だろう。
それを止めたい側からすれば、テリーの障害になる僕を殺すのは早い。
ユーラシオン公爵みたいに継承権を持ってる側からすると、僕を辺境に押し込めてる間に自分の優位を確立するはずだ。
「…………あ、そうか。聞けば早いや。ちょっと、ここでの用事が終わったら領主宛に手紙置いて行くから届けておいて」
僕の指示に、ヘルコフもセリーヌも、もちろん案内の人も訳がわからず返事がない。
考えるほどにわからないなんて、いっそ想定外の所から攻撃されている可能性もある。
となれば、やっぱり本人から聞きだすのが一番だろう。
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