91話:錬金術の使い方1
まずは本来の仕事をしないと別案件には手を出せない。
というか僕に軍は動かせないから、軍の手が空くようにしないと暗殺者への対処はできない。
つまり、やるべきはカルウとワービリの統合だ。
そして反目する理由の解消が第一だった。
「おい、何やってんだぁ!?」
そう思ってせっせと作業しつつ、争いを治めて早二カ月。
一向に進まない両村との和解協議を主導していたはずのワゲリス将軍が、怒鳴り込んで来た。
「調査用の小屋を南の外れに建てる許可は取ったはずだけど? そんな怖い顔して来られても困るよ」
「確かに許可は出した。だが! うちのサルビルに何しやがった!? 錬金術でとても気持ちよくなれる設備作ったたぁ、どういうことだ!?」
「なんか語弊があるよ! なんでそんな酷いこと言ってるの!?」
怒るワゲリス将軍と驚く僕。
そこにウェアレルが溜め息を吐いた。
「あぁ、あのまま戻られたのは、やはり止めるべきでしたか」
「乱れた髪、上気した頬、艶めく肌。男ならば邪推してしかるべきだったかもしれない」
イクトまで妙な言い回しをし始める。
「だが大喜びで将軍にお知らせするって帰ったのは小隊長の姉ちゃんだしな」
ヘルコフは言って、ワゲリス将軍を止められず、恥ずかしげについて来ていたセリーヌに鼻先を向けた。
「も、申し訳ない。私では浅学故に、上手く説明もできず、誤解されたまま…………」
「あぁ、うん。そろそろ調査結果の報告もしようと思ってたし、ついでに何してたか説明するよ。いかがわしいことはしてないから安心して」
ワゲリス将軍もさすがにここまでの付き合いで、話を聞く姿勢を取る。
暗殺だとか、毒の風とか情報握ってるのはこっちだからね。
怒鳴り込むのはやめてくれないけど、ワゲリス将軍がいる建物の近くを通るとよく声が聞こえるし、怒鳴るように喋るのが通常運転だと思っておく。
「まず施設の説明しようか。今いるこっちの小屋が調査用に作った場所だよ」
小屋自体は山にある石を組んで土台にし、柱を立てただけのもの。
その上に施設大隊がテントを使って、壁と屋根に見えるようテントの布を上手く設営している。
ここは高度があるせいで木材がないため、野営で使った物を運んで作っていた。
「おい、この水に石が入れてあるのはなんだ? あ? 臭いが…………これ油か?」
「そう、空気中の湿気はもちろん、水につけると発火するから油の中で保存してるんだ。毒の風とは関係ないんだけど、火山近くでしか取れないから珍しくてね」
カピバラ顔で本来ならわからないけど、今はすごく変な人を見る目をこっちに向けてるのが察せられる。
実際水滴落として化学反応で発火するのを見せるまで、側近たちも半信半疑だった。
水は火を消すもの、油は火をつけるものって先入観のせいだろう。
「ワゲリス将軍、一度毒の風の理由については経過を報告したけど、理解してる?」
「毒の煙が噴き出す山ってのは聞いたことがある。ここがそうだったってことだろ」
火山性ガスの例は帝国でも他にもあるようだ。
ただ今回、害を及ぼす気体の特定はできなかった。
無色で無臭、空気よりも重いことから二酸化炭素か一酸化炭素が候補なんだけど、集気が上手くいってないのか、たまに火を入れると燃えるんだよね。
ってことは、別のガスも風向きによって混じり込んでる可能性もある。
一番簡単な解決方法として、溜まってしまう火山性ガスを抜くこと。
ここはすり鉢状だから、ちょっとした工事が必要だ。
「解決方法は白い道よりも低い所に穴を掘って、白い道と繋げて一時的にガスを抜く。毒が溜まる前に拡張工事をして、また一日毒抜き。これで対処するしか僕は思いつかないし、何より風向きなんて今から調べてたら時間がいくらあっても足りないし」
「風向き? そんなの六十年前の軍の日誌に書いてあるだろ」
「え? 何処?」
僕が声をあげると、ヘルコフが日誌の写しを引っ張り出して、天気の隣の的のようなマークを指す。
「聞いていただければ教えたんですが。魔法や矢を射るために風向きは毎日記録してあるんですよ」
「どうせその工事とやらの試算なんかはできんのだろう? そこは工兵のほうに回す」
「あ、だったらその前に火口からの風向きと記録を検証した後に改めて注意事項を報告するよ」
工兵は兵器の組み立てや運用もするけど、土木工事をすることで陣地を築いたり、軍の隊列を通りやすくするのも仕事だ。
確かに僕が悩むよりも、専門家に検討してもらうほうが現実的だろう。
「じゃあ、次。温泉の成分をできる限り調べて…………」
「待て、俺が聞いて理解できることか?」
「え、どうだろう?」
僕が側近たちを見ると、説明を一度したセリーヌも揃って首を横に振る。
「だったらいい。村人が争う温泉が実は毒ってんなら問題だが」
「飲みすぎたらお腹壊すとか、心臓が弱い人が飲むと悪化するくらいかな?」
相変わらず雑だけど、確かにワゲリス将軍が一から十まで知っておくべきでもないかもしれない。
「あと僕が報告すべきは、熱と水蒸気の活用方法かな。これは実物を見て」
そう言って外へ連れ出した。
ここは比較的火口に近い位置だけど風向きなんかは考慮してあるし、ガスも溜まらない。
そして火口のほうから木製や金属製の管が小屋に繋がっている。
「んだあれ?」
「活用するためにはこっちまで運ばなきゃいけないから、帝都で作って持って来てた」
「おま…………、だからあんなに荷物多かったのか」
運んでたのはひたすら錬金術関連の道具ですよ。
あの管だって、ちゃんと錬金術で作った防腐剤とか繋ぎ目を塞ぐ薬剤使ってる。
「まずは水蒸気の活用から。この丸い石の土台あるでしょ、下に蒸気運んで来ててね」
丸く作った井戸のような土台には木製の蓋があり、その隙間からはモクモクと水蒸気が出ている。
これは日本の温泉地で見る調理器具で、蒸し料理ができるのはすでに実証済みだ。
「うめぇじゃねぇか! すごいな、この釜!」
今までにない上機嫌で蒸しニンジンを頬張るワゲリス将軍は、ベジタリアンらしい。
温度調節まだ上手くいってないから、本当に蒸しただけなんだけどね。
僕としてはもっと高温で一気に、っていうのを再現したい。
「あとは水蒸気を使った自動装置で、今のところ石を砕くことに使ってるこれ」
四角い装置が水蒸気を受けて、取り付けた籠を一定間隔で左右に揺らすだけ。
水蒸気を入れて空気を膨張させ、冷えることで一気に収縮し、重い石をものともせず動くから、砕く原理は石同士がぶつかるってだけだ。
もっと複雑な動きをさせればこれが蒸気機関車になるんだから驚く。
まぁ、僕の技術じゃ大人二人余裕で入れるくらい大きな装置でこの単純作業しかさせられないけど。
「で、次は熱ね。ここの温泉水は、風に吹きさらしで自然に村まで流れて来た物らしいんだ。だから勿体ないし、熱を一カ所に集めて循環させる装置を小屋の下に仕込んである」
僕は金属の管が小屋の下に入るのを見せて、その部屋へ案内した。
日本人の記憶があると、どうしても飲む以外の用法が思いつくんだよね。
「確かに熱は感じるが、なんで部屋の中に砂利が敷いてあるんだよ?」
ワゲリス将軍がわからないのもしょうがない。
だってこれ、岩盤浴施設だ。
火山で拾った石で、たぶん効能があるだろう石を選んで、外の水蒸気マシンで細かくして角を落とし並べただけ。
石床を削り出すような技術ないから砂利の上に敷布をおいて、後は寝るだけの簡単仕様。
そしてこれこそセリーヌがあらぬ疑いをかけられた原因だった。
「ま、使ってみてよ。場所は四か所。ちょうどワゲリス将軍と部下三人いるし。セリーヌ、使い方教えてあげて」
「はい、お任せあれ!」
「おい! 結局なんなんだこれ!?」
「大丈夫です! 最初は落ち着きませんが一度体の力を抜けば至極の快楽が!」
騒ぐワゲリス将軍と、妙な言い回しのセリーヌを置いて僕たちは岩盤浴室から出る。
そして待つこと小一時間、僕は調査用の部屋で硫黄の効果的な取り出し方法を模索中。
本には石で作った煙突を火口の噴出口に設置して、石に付着するものを採集とあるけど、温度を自然に下げるために相当の長さが必要になる。
「あのぉ」
そこに困った顔のセリーヌがやって来た。
「どうしたの? そろそろ出ないと体調悪くするかもって呼びに行ったはずでしょ?」
「それが、気持ち良くて出たくないとおっしゃられて」
まさかの駄々こね?
そしてセリーヌの後ろには部下三人、つまりは駄々をこねてるのはワゲリス将軍か!
頭の中に、前世で見た温泉に浸かるカピバラの映像が蘇る。
「実は、連日の統合のための会議でお疲れだったため、あの体のこわばりがほぐれる感覚を味わっていただこうと勧めはしたのですが、まさか帰りたくないとまで言われるとは」
セリーヌも困惑するほど嫌がったようだ。
「えぇ、何してるの?」
僕は思わず、怒鳴り込んで来たワゲリス将軍と同じことを口にしていた。
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