閑話17:ワゲリス将軍
「おいこらー! 何勝手してやがる!」
「あ、ばれた。そして結局将軍本人が来るんだね」
俺の怒声に、第一皇子はまったく悪びれず、白い毛の生えた植物を手に振り返る。
「お前も街から出るのを止めろ! サルビル!」
「も、申し訳ございません! ですが、大変希少な植物で!」
「そんなんで言い訳になると思ってんのか!? 殺されかかった自覚がねぇのか!」
「これだけ高くて見晴らしのいい場所、待ち伏せもできねぇし、近づく奴いたら気づくに決まってんだろうが」
顔馴染みのヘリーが、熊の重そうな体を起こす。
対処はしてるらしく、一定距離を置いて緑の尻尾がある魔法使いと、海人の警護がいた。
だがこっちだって司令部から人回して、使えない近衛の代わりに守りをしてやってんだ。
なのに本人が囲みから抜けてちゃ守れるもんも守れねぇんだよ!
「いいから街に戻れ! しかもこんな所に希少なものがあるなんていつ調べた!? ばれないからって許されると思うなよ!」
「…………この植物のために、僕が、抜け出したのは今回だけだよ」
なんか含みがありやがる上に、笑ってごまかそうとしてやがるな。
ばれないと思って大人を舐めた態度は最初からあった。
顔合わせの時点で表面取り繕って、子供のくせに腹に一物抱えてやがって。
「…………うちの息子だってこの年頃ならまだ生意気さあったぞ」
戻る準備と言って、毛の生えた植物に何かし始める第一皇子。
そんな皇子の背中に、俺は自分の息子を思い描いて呟きが漏れた。
「お、そう言えばもう二十歳すぎだよな。耳とかどうなったんだ?」
手持ち無沙汰になったのか、ヘリーが寄って来た。
こいつは同じ年齢で、入隊も同時期、所属は違ったが結婚も同時期だ。
ただ俺は家の関係で貴族と政略結婚、ヘリーは恋女房と死に別れ。
女房の死をきっかけに辞めてなかったら、こいつが今回の俺の立場だったかもしれない。
「結局にょきにょきのびて、俺そっくりの耳が頭の上だ」
俺は獣人、妻は人間で、政略とはいえ、妻は異種族との婚姻を嫌悪する性格だった。
このご時世に古臭いのも、貴族の間じゃ古式ゆかしいだとか言うらしいが、だったら商会持ってる実家の金に目がくらむなって話だ。
「つまり、まだ不仲のままか」
「新婚から寝室別で、息子生まれたら夜はなし。浮気しないが俺に似た耳だけは徹底的に隠そうと帽子だ髪型だかつらだとうるさい。不仲どころか向こうは最初から俺に歩み寄る気がないんだよ」
「そうかよ。…………息子が生意気って、ずいぶん素直ないい子だと聞いた気がするんだが? 反抗期ってもんがあったのか?」
「子供特有のなんかあんだろ、小生意気な可愛げが。まぁ、妻に構われ続けて育った割りに、俺にも父親として接してくれるできた奴だな。言いつけも良く守るし、勉強も妻がうるさいのに文句も言わず机に向かってたもんだ」
逆に俺が仕事から帰ってもまだ勉強させてた時には、やりすぎだと妻と喧嘩になったことがある。
その時には息子が仲裁し、自分がやりたいからと妻を庇い、気にかけてくれたと俺にも礼を言っていた。
「…………それでなんで殿下が我儘だとかほざきやがる。親思って我慢する子供でなきゃ、こんな出兵受けるかってんだ」
ヘリーが言うとおり、最初から今回の派兵はおかしかったのはわかってる。
本来なら帝国軍が出るような話じゃないから裏は疑っていた。
だからこそ、我儘皇子がと義父に言われて納得したし、我儘皇子の機嫌取りと権威づけに派手に国軍出して、功績もなければ危険もない僻地に送り込まれるんだと思っていたんだ。
「おい…………あの皇子は皇帝に捨てられたわけじゃないのか?」
「ざけんなよ。そう思われねぇように送り出してんだろうが」
唸り混じりの本気の声に、思い出す。
皇帝となったケーテルは、ヘリーの下で従軍しており肩入れがあることを。
俺は直接関係してないから知らない奴だし、ましてや権力握って性格変わるなんてよくある話だろう。
それにあの派手さは捨てるからこその最後の手向けにも思えたが、これは言わないほうがいいか。
俺も息子を鼓舞するために派手に見送ったのを、死地に送り込んだと思われたら切れる。
「だいたいお前が天幕の件で耳貸してりゃ、殿下だって将軍無視して動こうとは思ってなかったんだぞ。軍を動かす役割くらいは理解してる」
「そこが子供らしくねぇんだよ。頼るなら全力で来い。自分はどうにでもできるっていういけすかなさが透けてんだ」
「実際できるんだからしょうがないだろう。自力でやらなきゃいけねぇ状況だったんだよ」
「てめぇの力不足棚に上げるんじゃねぇよ。そんな状況に甘んじてたつけだろうが」
「面倒ごとは雑に部下に投げてたせいで、殿下の天幕おろそかにして、減点報告必至の奴が言いやがるぜ。それまでの宿泊は文句出なかったのをなんだって無視しやがった? 職務怠慢もいいところだろうが」
「うるせぇな。最初の内だから大人しくしてたのが本性だしたとしか思えねぇんだよ。悪童どころじゃない噂しか出てこない上に一つもいいところなしの皇子なんて、それだけのことしてるとしか思えねぇだろうが」
「はいはーい、いい大人が喧嘩しないでね。もう少しで下処理終わるから」
手を打ち鳴らす軽い音に見れば、第一皇子とその側近たちが呆れた目でこちらを見てた。
ヘリーと睨み合っていて気づかなかったが、俺も鼻息が荒くなっていたようだ。
そして当の皇子は、俺が口にした批判を聞いていたはずが、全くの無関心。
これだから印象が悪いし、改善の努力が見えないんだ。
あえて放置してる上で、罠に嵌めるような悪辣さを疑う。
一言で言えば、性格が悪いようにしか見えない。
「おい、こら。国軍の将軍が、皇子に向ける顔じゃねぇぞ」
俺を小突くヘリーは、あの皇子の家庭教師らしいが、どう育てたらあんなになる?
「なんで戦うことを教えなかった?」
今度は声を潜めて聞いた。
「教える前に、家族と争うことの愚を悟ったのが殿下だ」
「こうなってもまだ教えねぇ気か? 辺境に捨てられたようなもんだぞ。それともここで骨埋める気か?」
「んなわけねぇだろ。ちゃんと対策考えて来てる。それにここでどう戦い方教えろって? お前から兵権奪う方法か?」
「やれるもんならやってみろ。こっちも皇子とっ捕まえて判断仰ぐなり理由にして帝都に戻ってやるわ」
言い返したらヘリーが妙な顔をした。
「本当、お前と殿下は合わないな。たぶん正面から殴ってこないから、お前が何を備えても無駄だぞ?」
「なんで心底から憐れみやがる。本気で俺が後れを取ると思ってるな?」
侮辱にもほどがある。
俺が切れかけた時、ヘリーが太い腕で俺の首を引き寄せた。
「本気で奪いに来たら、殿下はお前から差し出す形を取らせるぞ。そんな方法思いつくか? 対処できるか? 俺らとは元の頭のできが違うんだよ。敵が攻めてくるわけでもなし。一度殿下のやり方見ろ」
敵を知れば百戦危うからずとは言うが、やはり気に食わない。
「お前はやっぱり甘いせいで目が曇ってやがる。近衛のことをもう忘れたわけじゃねぇだろ。殺しに来る相手は待っちゃくれねぇ。懐柔も計略もやる余地があってこそだ。あの皇子に時間作る余地があるのか?」
力がない、その上与えられた権力を見せつけることもない。
だから舐められるってのに、改善せず弱いままでいる気が知れない。
「この状況で大人しくしてることは防御にはならねぇ。時には攻める姿勢を見せることで牽制にもなる、身を守ることにもなる。できるはずのことを半端にしかしてないで何を言っても、言い訳にもならない戯言だ」
「ったく、短気だな。殿下のやり方はある。ここまではただの移動で、殿下が見すえる本題は山の上だ。目的地にも着いてないのにグダグダ言ってんじゃねぇよ」
俺の忠告を、ヘリーは全く取り合わない。
だがこいつはわかってるはずだ。
今のままでは日陰者の皇子と一緒に、ヘリーもまた日陰者のままであることを。
それはどう言いつくろっても落伍者だ。
周囲からの評価はなく、そんな主人を選んだと嘲笑されてしかるべきだ。
「わかってんのか。耐えるなんてのは美徳じゃねぇ。ついて来てくれる奴らに報いることさえしてないだけだぞ。そんな惨めなままでお前は終わるつもりか?」
俺は通じないヘリーから、サルビルと一緒になって植物を掲げて遊んでるようにしか見えない皇子を見る。
植物は濡れたような光沢があり、光に透かすと中が透けているようだ。
「っておい! それさっき採ってたのと違う植物じゃねぇか! 新しいの見つけるな! さっさと帰るぞ!」
俺はまた懲りない皇子を怒鳴りつけることになるが、やはり効いてない。
「ったく、碌な思惑で来てねぇだろ、あの皇子。親父のためってのも頷きやしねぇし」
「気を遣って何も言わない息子ってのも、親が大変だとつくづく思うぜ」
言われて、自分の息子の顔が浮かぶ。
第一皇子ほど腹蔵ありそうな奴じゃない、じゃないが、何か俺ら夫婦に挟まれて我慢しなかったわけでもないだろう。
もし本当に第一皇子が対処を持って来ていたとして、もう帰れないかもしれない帝都に戻れたとしたら、その時は、息子と腰据えて話す時間を取ろうか。
できれば自分の窮状すら他人事で済ませるような、おかしいことをおかしいと自覚もできない、第一皇子とは違うと言える息子でいてほしかった。
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