協力者得てみた。
「つまり、朝起きたら女の子になっていて」
「うん」
「着るものが男物の服しかなくて」
「うん」
「その、……ひ、一つになったっていうのは、……同じ人間っていう意味合いで言っただけで、……そ、その、そういうことじゃなくて」
「そういうことって?」
「う、うるさい!」
ヒナタの顔が再熱し、赤く染め上げた形相で一喝してくる。
「ご、ごめんなさい!」
防衛本能が働き、防御と謝罪を同時に行う。
なんだか今日のヒナタはすごく怖い。
——あの後、買い物から帰って来た母親が仲介して、俺の身に起きたことの経緯を包み隠さずヒナタに伝えた。
といっても、どうしてこのような事態に陥ったという問題の肝となる部分は、俺含め家族一同理解不明なのだ。故に、肝心なところは一切説明できないのが現状だ。女医さんもお手上げの事象だし。
全ての事態を飲み込める訳もないヒナタは、茫然と母さんの発言を聞いていた。
だが、意外にもすんなり受け入れてくれたヒナタだった。
彼女が心中どれくらいこの事態を訝しんでいるのかはわからない。けれども、表面的なことだけでいうならヒナタは俺の身に起きた摩訶不思議な事態を吞み込んでくれた。
脳の許容範囲が太平洋レベルで広いのか、それとも他に事情があるのか、定かではないがなんにせよわかってくれてことはよかった。疑われたままビッチ扱いされるのは嫌だし。未だにどうしてビッチ扱いされていたのかはわからないが……。
「ま、まあその、とりあえず、事態はわかったわよ。……わ、悪かったわね。その、取り乱しちゃって……」「(と、というか、私、あの時勢いに任せて凄いこと言っちゃわなかった!? わ、私の方が先とか……、順番なんて関係ないってわかってるけど、つい口走っちゃったっていうか……、うぅぅ!! 恥ずかしすぎて死にたい! というか死ぬ!)」
なにやらヒナタが頭を抱えながら悶絶している。やはりまだ彼女も頭の整理がついていないのだろう。
「——というか咲人さ。あんた、私が部屋に入った時服脱ごうとしてたよね?」
「ぎくっ!?」
漫画的擬音みたいなのが口から洩れる。
「しかもなんかずっと一人で喋ってなかった? 一枚ずつ脱ぐだのなんだの」
「そっ、そそ、それは……」
ダラダラと冷や汗を掻く。
説明してよいものか。というか人としての恥というか、少々血迷って行ってしまった行動が故、それを包み隠さず幼馴染に話すというのは抵抗が——。
「まさか体が女の子になったからって部屋で変なこと——」
「話しますのでそういう誤解だけはしないでください」
◆
「服脱ぐ動画をミーチューブに投稿しようとしたぁ!?」
全てを隠さず話した結果、俺の突飛もない行動に驚いたヒナタが声を荒げる。
「し、しぃー! 声大きい声大きい!」
こんなこと母さんにでも知られたら家に居られなくなる、いろんな意味で。
「一体どうしてそんな動画投稿しようとしたのよ」
「いやなんと言いますか、ムカついて血迷ったというか、反骨精神の過ちというか……」
言い渋りながらも言い訳をする。
我ながら恥ずかしい話だ。アンチにカッとなってストリップ動画、基ミーチューブの規制対象になりかねない動画を挙げてしまうところだった。
「というかどうしてミーチューブに動画投稿なんかしようと思ったの?」
「そりゃあもちろん俺の美少女さを世に自慢するため——」
「おばさーん! 咲人が動画サイトに服を脱ぐ動画を——」
「すいません嘘です! 半分くらいは!」
「そこは全部嘘であって欲しかったわ」
ヒナタは呆れたように溜息を吐く。無理もない、彼女の目には奇々怪々な現象に巻き込まれて尚己惚れた幼馴染が映っているのだから。
「実を言うと、楽をして稼げると思いました」
「その理由もその理由でどうかと思うけど……」
確かに全国の動画投稿者に喧嘩を売るような発言だったと反省している。その軽率な行動による洗礼も、炎上という形で痛感した。
「けどそれができなさそうだから視聴者をエロで釣ろうと思った」
「その理由はもっとどうかと思う」
「だよね」
我ながらどうかしていたと思う。今思えば、あの時ヒナタと鉢合わせたのはむしろ救いかもしれない。
だがヒナタにとっては俺の無謀な動画投稿自体反対だろうな。
顔出しでしかもボイスチェンジャーもなしの動画投稿には必ずリスクが伴う。ネット社会の現代では、このような知識など義務教育時点で習うことだ。
だからヒナタにどんなことを言われても仕方な——。
「やるならせめて健全な動画にしなさいよ」
「……ん?」
「美容系……は咲人には無理だとしても、ゲーム実況とか大食いチャレンジとか、もっと他にもあるでしょ。せめてそっちの方に——」
「いや、あの、ヒナタ?」
「ん? どうかした?」
「その、だな。…………反対しないの?」
存外にも肯定的な言葉に驚きを禁じ得ない。
幼少期の馬鹿な俺の抑止力となっていたのは、間違いなくヒナタだ。幼少期でよく二人で遊んでいた俺たち二人は、俺がアクセルでヒナタがブレーキのような関係だった。
突っ走るわんぱく小僧の俺をヒナタが制止することによって、俺らの関係は成り立っていたのだ。
その役割分担は俺のわんぱくさがなくなっても尚、継続しているものだと思っていた。
無茶をすればヒナタに止められる、というのが常識として染みついていた俺にとって、この動画投稿に後押しをくれたというのは意外としか言いようがない。
「んぅ、まあ、全面的に肯定するとは言い切れないわよ。ネットなんて誰にどう見られてるかもわかんないわけだし。けど……」
もっともな言い分。
だが、ヒナタはその言い分とは反対に言葉を続ける。
「あんたが少しでも前向きになってくれたのは、その、……ずっと見てきた私にとっては嬉しいのよ」
照れくさそうに、ヒナタはポリポリ頬を掻く。
「そ、……そっか」
面と向かってそんなことを言われると、俺にまで照れが伝染してしまう。
「あっ、ず、ずっと見て来たとかそういう意味じゃないから! あ、あくまで幼馴染としてね!」
「お、おう……?」
何かの予防線を張るヒナタ。別に言われずともわかっていたのだけど。
「と、とにかく! 動画投稿に関しては私が協力してあげる」
「え、いいのか?」
「あんた一人に任したらまた変な動画とか上げそうだし」
「そ、そうですね」
なんか親同伴で動画投稿している気分だ。
——こうして、俺は協力者(幼馴染)を得た。
隣にヒナタがいるだけだが、それだけで心強い気がする。