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初動画投稿してみた結果。

というわけで動画を撮ってみよう。

 どうせ難しいことを考えたって空回りに終わるだけだ。

 善は急げ、急がば近道全力疾走の精神でなんとなく動画を撮ってみた。


 もちろん、本格的な動画を撮る予定も取ったこともない俺が立派なビデオカメラなんて持っているわけもないので、スマホで撮ることにした。

 人気投稿者にはスマホで撮影している人もいるらしいし、まあいいでしょ。

 カメラアプリを開き内レンズにして、俺の姿が映るように机に置いた。


「…………」

 それでこれからどうすればいいんだろう?

 俺の脳みその如く計画は空っぽ。無計画そのものだ。

 流石に俺がいくら可愛くてもただ座ってるだけの動画じゃ伸びないよね。

 まあ最初だし、自己紹介とかでいっか。


「あっ、名前どうしよ」

 動画投稿をする上で、本名で活動するのはまずいよな。特定されたりとかするらしいし。まあ、女体化している俺にはそこら辺の心配はないかもだけど、でも相性的なものは必要か……。

 天谷あまやを訓読みして「てんたに」とか? うぅ~ん、ゴロが悪いな。

 いっそ英語にしてみるか。天はスカイで、えっと谷は………………、——やめよう。

 もういっそ全く新しい名前にしちゃうのもアリだな。好きなアニメキャラの名前とか。——けど、自分である感じは残したいからなぁ……。


「………………もうめんどいし、サッキーとかでいっか」

 咲人さきとだからサッキー。

 小学生の頃のあだ名として定着していたが、中学に上がってからはめっきり呼ばれなくなった愛称だ。

 これなら俺の名前の名残は残るし、シンプルで覚えやすい。……在り来たりなのが欠点だけど。

「名前決まったし、始めるか」

 俺は考え無しに、録画ボタンを押してカメラを回した。


「あっ、えっ、始まってるのかなこれ? え、えっと、初めまして。あま、サッキーです。あ、その、これ、自己紹介動画です。はい。…………」

 開始10秒経たずに話すネタがなくなった。

 カメラの前に一人で喋るのって、結構緊張するな……。

 しかしこのまま沈黙続きの動画を流し続けるわけにはいかない。何でもいいから喋らなくては。


「え、えっと、好きな食べ物は、お菓子とかです。しゅ、趣味はアニメ見たり、あと、寝ることです。…………」

 …………何してんだろ、俺。

 誰もいない空間で一人スマホのカメラに向かって自己紹介とか、なんかの羞恥プレイとしか思えない。いや羞恥プレイのほうがマシだ。これをしたって残るのは虚しさだけだ。

 虚無感で今すぐやめたくなった。

 

 ——しかし、ここでやめる気にはなれなかった。

 ここで録画終了ボタンを押したら、初動画投稿の前に諦めてしまう自分が目に浮かぶ。

 何事も最初が肝心なんだってテレビだったか違う媒体だったかで、どっかの誰かが言っていたような言っていなかったような気がする。

なので、もう少しだけ頑張ることにした。


 薄っぺらい覚悟と決意だが、それでも何とか意味もない好き嫌いの話をしたり、オチも無いようなくだらない話をしたりなどをして10分ぐらい尺を伸ばした。

 話す度に「あっ」や「えっと」などのノイズが毎回のように入ってしまっていたが、もうそういう喋り方ってことにして諦めた。

 そして、遂にどうでもいいことすら話す内容がなくなり——。

「えっと、以上で終わりにしたいと思います。こ、これからも動画投稿していくつもりですので、その、よかったら見てください。あ、あの、さよなら」

 録画終了ボタンを押し、俺の初動画撮影は幕を閉じた。


 その後、動画を見返してみた。美少女が延々つまらない話をしている動画だった。

 ……これを世に出していいものか。正直悩んだ。

 けど、ここでこの動画出さなかったら、俺の苦労の十分間が報われずに終わることとなる。それは気持ち的にNGだ。


「……ええい! もうこうなりゃ黒歴史になる覚悟で投稿してやる!」

 俺はヤケクソ気味にミーチューブを開き、真っ新なチャンネルを開設して、動画をアップロードした。

 読み込みが終了すると同時に、俺の黒歴史半確定動画は世に解き放たれた。

 ……やべえ、……本当に投稿しちゃった。

 投稿した後で後悔した。

けど、どうせ投稿せずに動画を消しても後悔してたんだ。

 やらない後悔よりやった後悔。俺は綺麗事に準じてやってやったのだ。


「ハァあああ……」

 やり遂げた気持ちが込み上げてきたせいか、体にドッと疲れが覆いかぶさる。

 これを達成感と呼んでいいのかはわからない。達成と呼べるほど何かをやってはいない。

 だがこれは、間違いなく俺の第一歩となった。失敗の道でも、成功の道でも。


「……寝よ」

 久々の外出に初動画撮影。疲労困憊だ。

 ベッドに潜り込み、俺はすぐさま眠りに落ちた。


                     ◆


「…………。…………ぐがっ」

 相変わらず、ベッドから転落して起床する。

 なんとかその場に立ち上がった俺は、大きな欠伸をしながらグワシグワシと腹を掻く。

 まだ眠気眼で、頭もまともに機能していない。

 時刻は10時半。一般人ならとっくに起きて会社なり学校なりに行っている時間だが、引き籠りの俺にそんなことは関係ない。

 

二度寝をしようかと一瞬考えたが、せめて眠りの世界へリスタートする前にチェックしておこう。

 何をチェックするかって? もちろん動画だ。俺が汗と涙を流して作った十分の黒歴史動画。ノーカットノー編集の手抜き動画な上、内容はゼロ。あるのは俺の可愛さだけ。

 あまり期待していない、というのが本音だ。

 確かに俺は可愛いよ。自他ともに認める美少女っぷりだ。正直そんじょそこらのアイドルなら余裕で超えるくらいには可愛い。これだけは絶対に間違いない。

 しかし、それと動画が伸びるかでは別だ。


 ミーチューブには可愛い上に動画も面白くて話も上手な投稿者がごまんといる。俺がよく見ている「ツクヨミちゃん」という投稿者もまさにそんな感じだ。

 そんな中で超絶美少女というステータスしか持っていない俺では到底太刀打ちできない。

 超絶美少女というアドバンテージもミーチューブという戦場では小刀程度の武器にしかならない。

 だからあんまり期待し過ぎるのは……。


「…………に、…………2万、……再生」


 自身の動画にある再生数を表す表示。

 そこには、はっきりと「2万view」の文字があった。

 2万再生。つまり、2万人近い人間が俺の動画を見てくれた。

あんなよくわからない自己紹介動画を2万人もの人が……。


「…………ま、マジか」

 驚きと嬉しさ。混在した二つの感情は、俺の中で混沌を巻き起こす。

 自分のちっぽけな人生の中で、こんなにも人に認められた瞬間などなかった。

 得も言えぬ高揚感に心臓の鼓動が治まらない。

 満たされていく承認欲求。そこに得る満足感を感じれば、世の人間がなぜSNS中毒に陥るかも納得できる。

 しかもこの動画のバズりのおかげで、登録者が100人くらいになっている。

 幸先良いとはまさにこのこと。順調快調である。

 恐るべし美少女の力……。


「あっ、コメントもついてる」

 コメントも50件くらい来てるな。

 これだけバズっているんだ、さぞかしいいコメントが——。


『視聴者に媚びすぎてて引く』


 …………ん?


『明らかなキャラ作りで草』

 ……おや?

『同じ女として恥ずかしい』

 …………。

『ぶりっこムーブキモイ』

 ………………。

『サッキーたんマジカワユス(^ω^)ペロペロ』

 ……………………。


「…………」

 ——俺は、そっとパソコンを閉じた。

 そして机に両肘をつき、頭を抱える。


 …………世の中は、そんなに甘くなかった。

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