最高の幼なじみだった。
「…………」
「…………」
店を飛び出て数分。人波に逆らいながら大通りで腕を引かれ歩く。
その間、俺もヒナタも何も言葉を交わせなかった。
何を言っていいのかわからない。気を置ける幼馴染にこんな居心地の悪さを感じたのは初めてだった。
「……」
未だに、ヒナタの手は震えていた。
……やっぱり、怖かったのだろうか。
誰とも知らない、自分よりも力が強いであろう人間に歯向かう恐怖を、俺はデパートで味わったはずだ。
相手の逆鱗に触れる恐怖、暴力を振るわれる恐怖、そんなリスクの中でヒナタは果敢に声を荒げ続けた。
……けど、果敢だろうが勇敢だろうが、怖いものは怖い。
手が震えるほど怖くたって当然だ。
子供の頃から一緒に居たヒナタの手。
小学生の頃、怖いことがあったら手を繋いでくれた手。中学生の頃、辛いことがあったら背中を叩き励ましてくれた手。高校生の頃、ダメな俺を引っ張ってくれた手。
ずっと頼もしくて、いざとなったら何とかしてくれる安心感を与えてくれた彼女の手。
——その手は存外、小さかった。
指が細く華奢で、女の子の手だった。
俺はずっと、こんな小さな手に頼りっきりだったのか。
情けなかった。
自分の無力さが恥ずかしかった。
そして何よりも、自分が今もこうしてヒナタに頼りっぱなしなのが申し訳なかった。
——……俺のせいだ。
俺が今日黙って部屋を出なければ、俺が今日部屋を出ようなんてしなければ、俺がもっと頼りになる人間だったら、……俺がそもそもヒナタと関わらなければ。
俺は、ヒナタに迷惑をかけずに済んだ。
「………っ、あぁ~もぉ~~~! やっちゃったぁあああ!?!?」
あまりに突然、ヒナタは地面にしゃがみ込み、自責の念がしみ込んだ悲鳴を上げる。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……。お店の中であんなに叫んじゃって、ホントに最悪ぅ……。もう死にたい……。いっそ死にたいぃ……」
「どっちも死にたいになってるんだけど……」
「わかって言ってるの!」
「で、ですよねすいませんすいませんッ!」
蛇に睨まれた鼠のようにすぐに食い下がる。
「ホントに最悪よぉ……。絶対周りの人にはやばい奴って思われたし……、勢いに任せて変なことまでいっちゃったし……。ホント、最悪ぅ……」
「……なんか、その、…………ごめん」
どの励ましの言葉より先行して謝罪が口から出た。
「——なんでアンタが謝んのよ」
「いや、だって、こうなっちゃった原因の一端は俺にあるわけだし……。それに、ヒナタに迷惑かけちゃったっていうか……」
「……」
俺がこんなことしなければ迷惑はかけなかったはずだ。
ヒナタにも——真泉くんにも、嫌な思いをさせることなんてなかった。
だから、全部俺の——。
「全部俺のせい、とか思ってんでしょ」
「っ!?」
的を射過ぎた図星に肩がビクッと跳ね上がる。
「ったく、なんでいつもポジティブなくせにこういう時に限ってはネガティブ拗らせんのよ」
「だ、だって俺のせいで——」
迷惑をかけている。そう言い終わる前に、ヒナタは機敏に立ち上がり俺の進行方向を立ち塞ぐように立った。
そして、元も子もないことを一言。
「迷惑なんていつもかけられてるわよッ」
怒りの表情で強めの一喝。
俺の思い悩みが今更なことになるほど、根本的な事実を突きつけられた。
「今回みたいに周りを大きく巻き込んじゃうのはなかなかないけど、でもあんたが私に迷惑をかけるなんていつものことでしょ。むしろ迷惑かけられてない日の方が少ないレベルよ」
「そ、それほどですか」
「それ以上よ。アンタが今想像している迷惑の十倍以上は迷惑被ってるわ」
十倍って、マジか……。迷惑かけている自覚はあったけど、こんなに被害が甚大だとは思いもよらなかった。
「まあ正直なとこ、迷惑の責任は全部咲人にあるわよね」
「ぐっ!」
「何をするにも考え無しだし、ミーチューブのことだって私がいなきゃ大変なことになっていたでしょうね」
「ぐぅっ!?」
「今回のことだって、咲人が何処に行くか伝えてくれればすぐに駆け付けることができて、店内で叫ぶやばい人にならずに済んだし、そもそも私が一緒にいればあのデカ男とお茶することなんてなかったわよ」
「ぐうぅッ!?!?」
「つまりは全部アンタのせい。アンタがもうちょっと考えていればこんなことにはならなかったのよ」
「ぐはぁああッッ!!??」
思い当たる節しかない。ライフ0にされたどころか死体蹴りをされたようなものだ。
真新しい傷を抉り返された苦痛に悶え苦しむ俺。
刺々しい言葉が体中に突き刺さり、弱り切った俺のメンタルは完膚なきまでに粉砕された。ショックの反動で立ってられず、地面に膝をつく。
このまま縁を切られたっておかしくないほどの言葉だ。まず今まで幼馴染をしてくれていたのが不思議なくらいだ。けど、それも今日で流石に終わりかもしれない。
——そう思った時に、
「——まあでもね」
柔らかな口調で、ヒナタは言葉を切り返す。
そして続けた。
温かく、優しい瞳で、俺を見て、
「咲人のそういうとこが好きよ」
「っ……」
包み込むような微笑み。
それには確信たる既視感があった。
なんで今の今まで忘れてしまっていたのか不思議で、そして自分の不義理さに嫌気がさす。
——俺は引き籠っている時に、何もかもを拒絶していた時があった。
外出も他者も自分も、全てを拒否していた。そうして狭く居心地の悪い自室に籠り続けた。わからない自分が怖くて塞ぎ込んでいた自分。
それを克服したのは、……ある日突然なんかじゃない。
ちゃんと明確で、目に見えるきっかけがあった。
『咲人がどんなに周りを拒絶しても、私は絶対に咲人を拒絶しない』
あの日、引き籠った俺の部屋にヒナタは押しかけた。
ドアを蹴破らんという勢いで部屋へ入って来て、恫喝まがいの説教をしてきた。
……けど最後には、優しくそう言って俺を受け止めた。
いつもはあんなに厳しい癖に、俺が本気で落ち込んでる時だけは優しいんだよな。
……なんつうか、ズルいよな。こんな時ばっかり優しくするとか、少女漫画の俺様キャラかよ。俺が女だったら惚れている……って今俺女か。
拭いきれない小恥ずかしさから少しそっぽを向く。それと胸にじんわりと伝わる優しさから頬を赤らめた。
本当に、ズルくて、——……最高の幼馴染だ。




