幼なじみに助けられてみた。
「……ひ、……ヒナタ? な、なんでここに」
「…………」
走って来たのか息切れが激しく、答える余裕がないのか。俺よりも優先して矛先を向ける相手がいるからなのか。ヒナタは真泉くんを睨みつけ視線を逸らそうとはしない。
鋭い眼光には殺意さえにじみ出そうな怒りが含まれており、睨まれていない俺でさえ委縮してしまう。
やがて彼女の息が整い、口を開くだけの余裕ができると。
「………なんかが、………ないで」
「……え」
「っ……。——アンタなんかが! 咲人のこと語んないでって! 言ってんのよッ!!」
ビリビリと空気を振動させ、今日一番の絶叫が店内に轟く。
客も店員の迷惑も顧みず、ただ感情に任せて声を荒げるなど、俺の知っているヒナタとは思えない所業だった。
「不登校だからとか、引き籠りだからとか、そんな世間の尺度で咲人のこと測んないでよ! 咲人には咲人の良いとこがあるんだから! アンタなんかが知らない良いとこがいっぱいあるんだからッ!」
彼女の叫びは止まらない。
栓を忘れた水のように、言葉が流れて止まらない。
「っ! だ、だとしても、彼は人として——」
「だからそういうのやめろって言ってんのよ!」
反論しようとする真泉くんの言葉を遮り、抑えきれない情動に身を任せて、ヒナタは言葉を続けた。
「何が人よっ! 何が人間としてよっ! ふざけんなッ! よく知らないからそんなこと言えるだけでしょうが!!」
言葉遣いは荒く、正面に立つ真泉くんを責め立てるために言葉を発する。
「そりゃあ、ダメなとこなんてたくさんあるわよ! 考え無しだし!無鉄砲だし!無神経だし!なんも相談せずに行動するし!服は脱ぎっぱなしにするし!ご飯は好き嫌いばっかするし!人の気持ちに無頓着だし!めちゃくちゃ鈍感だし! とにかく大馬鹿野郎よ!!」
顔を真っ赤にし、本筋とは外れていると思われる俺への不平不満を次々と挙げる。
真泉くんへの罵声のはずなのに、俺の方が心は痛い。けど——。
「けどね! 咲人はすごい奴よ! 迷わず行動ができて!どんなに辛くてもちゃんと最後までやり遂げられて!周りにどう思われようと自分通して頑張ることができて!なによりッ! なにより、——ちゃんと人のこと見てくれるんだからッ!」
「……ヒナタ」
感情と思い出の詰まったその言葉は、聞いている俺に重みを与える。
「アンタはどれだけ咲人と一緒に居たわけ! アンタは……どれだけコイツのこと知ってんのよッ!」
侮辱に対する怒りに拳を震わせ、ヒナタはなおも糾弾を続けた。
「私は十年以上咲人と一緒にいて、コイツのダメなとこも良いとこもたくさん知ってるんだから! アンタはなんも知らないくせに、勝手に想像で物言って、気に入らないからって悪いこと吹聴してるだけでしょ! それだけでホントはもうぶっ飛ばしてやりたいくらい苛ついてるけどねェ……! っ! 何よりも……!
——アンタみたいな何も知らない奴が、私の幼馴染のこと語ってんのが許せないのよッ!
コイツのことどうこう言って良いのは私だけなんだからァアアッッ!!!」
「「……」」
俺も真泉くんも言葉を失った。きっと俺と真泉くんとでは思うところがいろいろ違うだろうけど、それでもお互い言葉は出なかった。
「ハァ……! ハァ……!」
ヒナタが叫び散らした後、店内に残ったのは水を打ったような静寂と彼女の激しい息切れのみだった。
誰も何も言えないし何もできない。空間そのものが凍り付いてしまったように張り詰めた空気感に店内全員が支配される。
その支配を唯一受けない人間がいるとすれば、
「っ! 行くよ!」
この空気を作り上げた張本人のヒナタくらいだ。
彼女は声を張り上げ、俺の腕を引いて店内を出る。
「え、ちょ——会計まだ……」
「そんなのあのデカ男に払わせときなさい!」
「で、デカ……男……」
遠退く彼がその奇抜過ぎる呼び名にショックを受けていた。俺も流石にデカ男は酷いと思う。
しかし、ヒナタがそんなことに構うはずもなく、ズカズカと真泉くんに会計を押し付けて喫茶店を出ようとする。
「ちょ、ヒナタ——……っ」
強引過ぎる言動に流石の俺も止めに入ろうとした。しかし、それに気づいたときには、彼女を止めようという気にはならなかった。
……そうだよ。今の俺にならわかることだ。
もしかしたら、違う理由かもしれない。散々あんな風に怒鳴っていたのだから、ただ怒りでそうなっているだけかもしれない。
——けど、俺が逆の立場なら、きっとそうなっていた。
例えアドレナリンが体内をめぐっていても、見ず知らずの男に歯向かうということへ、恐怖を覚えないわけない。
「……」
俺の腕を引くヒナタの手は、確かに震えていた。




